36 アテラレ講座①
柳邸の二階にある一室。
俺、登城先輩、桜子、京華ちゃん、そして、椅子に座る小男を含めた五人が集まっていた。
元々空き部屋なのだろう。
怪盗武田が座る椅子以外に家具などは無く、えらく殺風景な部屋である。
桜子が暮らすこの大きな洋館には、まだまだこんな使われていない部屋が沢山ありそうだ。ほんと、勿体ないよな……。
「初めまして、桜子だ」
「あの、初めまして武田学です」
俺の学校ジャージに着替えた桜子が、怪盗武田と接触を試みている。
ぺこりとお辞儀をする座敷童に、小男は椅子から立ち上がり、さらさらした髪を揺らして丁寧に応えるのであった。
「桜子挨拶などは良い。私はこれから武田学殿と話がある。邪魔をするな」
「おい桜子。そいつに近づくと、変態がうつるぞ」
「あの先輩、僕……変態なんかじゃありません」
「馴れ馴れしく、先輩とか呼ぶなっ」
「スバル、変態はうつるのか」
「桜子ちゃん、うがいをすると予防できますよ」
いや先輩、風邪じゃないんですから……あっ、まさか、登城先輩のボケなのか。
「ユイちゃん、後で一緒にうがいするのだ」
「はい、そうしましょう」
「……」
わからん……。が、皆の衆気付いてくれ。怪盗武田を取り囲む俺達の中、一人だけ目をつむり、じっと立ち尽くし、殺気を放つお方の存在を。
「桜子。主は己の立場がわかっておるのか。人との関わりを控えるよう、云いつけられているであろう。何故此処に居る」
「この変態さんは”アテラレ”だ。だから、私は京のお仕事の代わりをしている」
「その代わりを頼んだ、御子神家の者が此処におる」
「うん、いる」
「……何故、兄様は柳家の者にまで……」
京華ちゃんは嘆息し、小さく言葉を漏らした。彼女でも、ぼやくことがあるようだ。
「あの……僕、変態じゃ――」
「でも京華ちゃん。こちらの泥棒さんに時間を割いて大丈夫なのですか?」
「それなのですが……宗司様はやはり憤懣なのでしょうか」
「いえ、お祖父様からは何も。ごめんなさい。そんなつもりではなかったのですぅ。京華ちゃんのことだから、怪我が治ったら直ぐにでも、獅童さんのところへ向かわれるとばかり思っていたものですから」
聞きなれない名前が、登城先輩と京華ちゃんとの間で飛び交っていた。
「まなブンは、ソリティアは好きか?」
「あの……まなブンって僕のことですか? あの、そのジャージの色……桜子さんは僕の先輩でいいのでしょうか?」
椅子に座る怪盗武田と、その小男に変なアダ名を付けた桜子は、放っておく。
俺の耳は、登城先輩らの話に興味津々だからだ。
「兄様は……。私の怪我は完治してはいません。しかれど、動けるぐらいには回復しています。それでも、兄様は足手まといになるからと云って、私があの者達に関わるのを、良しとしてくれません」
「そうだったのですね。フフ、きっと獅童さんの優しさですよ。京華ちゃんが危ない目に遭わないように――」
「そんな事はありませんっ。私の力が及ばぬだけで……戦力外通告を受けただけです」
話の内容は全然理解できないが、ぎりっと奥歯を噛み締めている京華ちゃんからは、悔しさが伝わる。
「みんな同じ学校の制服を着ている。仲間はずれは嫌だと思った私は、考えた。そうしたら、スバルのジャージがあったのだ。だから、着ているのだ」
「あの……説明はありがたいのですが……あの、よく分かりません」
ふと見やった先の怪盗武田は、おろおろしていた。
まあ、桜子と会話するには、そこそこ経験値がいるからな……。
それより桜子の奴、俺にジャージを返す気はあるのだろうか。
「ユイ姉。私はこのような状態ですが、兄様始め、御子神家は身命を賭して、あの者達を追っています。宗司様にはそのようにお伝え願いたい」
「京華ちゃんが頭を下げることはないのですぅ。悪いのは、泥棒さんなのですから。お祖父様は相変わらずですけれど、お父様は登城家の責任だと言って、それはそれは大騒動でしたよ、フフ」
くすくすと笑う登城先輩は、申し訳なさそうな京華ちゃんを、気にしない気にしないとばかりに、優しい笑顔で包み込んでいた。
「あの先輩。今の話って、いつか俺が電話した時の、泥棒で家族会議のことですか?」
「はい、そうですぅ。スバルさんがお電話して下さった前日になりますが、みやと美術館に泥棒さんが――」
「池上スバル殿っ」
「は、はい、なんスか!?」
「私は武田学殿と話をしたい。すまぬが桜子をどこぞに連れ出してくれぬか」
京華ちゃんが桜子を邪魔だと思っているのは、間違いないだろう。
それに加えて、俺が登城先輩の話す泥棒のことに触れるのを、嫌ったようだった。
変態怪盗野郎と女子二人を、この部屋に残すのは心配である。けれど、俺が何か言ったところで聞いちゃくれんだろうな、京華ちゃんは……。
俺のシックスセンスが怒られると、暗示してくるのだ。
「了解です。おい桜子、いくぞ」
「待つのだスバル。私はまだ、まなブンに”あてられ”とソリティアの楽しさを伝えていな――はう」
「ソリティアは知らんが、”アテラレ”は京華ちゃんがあの野郎に説明してくれるさ」
後ろから桜子の首へ腕を回し、引きずるようにして、部屋から去る。
なぜ、俺がこんな少々強引とも取れる行動に出たか。
――ひとえに京華ちゃんが、怖いからです。




