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出会ったあいつは『箱入り』なヤツでした。  作者: かえる
【 箱入り娘をかく語りき。~は~ 】区切り(バトル)
35/114

35 お縄を頂戴します③


「んぐ……」


 張り詰めた空気が、言葉を飲み込ませる。

 見えてはいないけれど、京華ちゃんが見つめる虚空を睨――


「池上殿っ、そちらに行ったぞっ」


「え、何。ちょ、そっちってどっち!?」


 教壇の傍でキョロキョロ、オドオドしながら、腰を低くして身構える。

 言葉通り、見えない恐怖が俺を加速度的に侵食した。


「ちっ」


 大きな舌打ちが聞こえたと思ったら、京華ちゃんが机を足場に、タンタンと飛び渡り、物凄い勢いで、


「うおっマジかっ」


 俺の方に、やって来くる。

 八艘飛びとまではいかないにしても、現代の牛若丸、義経がここにいた。

 刹那――教室に、低く短い衝撃音が走る。床と俺のお尻がぶつかった音ではない。


「――っ」


 声にならない声を出し、尻もちをつく俺の目の前には、包帯を巻く腕。そして、鈍い光を放つ金属のやいばが、黒板を穿うがっていた。

 黒板の下の辺りに、突き刺さる日本刀。その側では、腰を抜かし、口をパクパクさせ呻く『あのあの男』の顔があった。


「……特定の仕草……感情の変化……否、声か……」


 男どもが互いに、座り込んでしまっている中、京華ちゃんは一人ぶつぶつ喋る。


「まあ良い。透明化が解かれた理由はのちに探るとして、まずは、確認するとしよう。池上殿」


「は、はいぃ!?」


「この者が、貴方の云う、怪盗Xで間違いないか」


「はい、ま、間違いございません。こいつ、こやつめでございます」


「うむ。承知した。ならば池上殿、この者の名は生徒名簿にあったはず。わかるか」


 泣きそうな――泣いている『あのあの男』から視線を外すとこなく、平然と俺とのやり取りをする日本刀少女、京華ちゃんであった。


「この学校の一年で、武田学まなぶって名前です、そいつは」


「あの……あの、ごめ、ごめんなさい。僕、ごめんなさい。あの……シャランにここへ来るように書き込んであって、それで……」


「武田学だな……。武田学殿、私の質問に答えてもらう。それ以外の話は必要としない」


 京華ちゃんは刀を黒板から抜き、切っ先を座り込む小男の顎に突き付ける。

 これでもかと言うぐらい、うんうん頷く怪盗Xこと武田学。


「怪盗を名乗る其方に問う。先月賊が押し入った、みやと銀行の件に関与しているか」


「あの……僕、その……怪盗なんて名乗って――」


「無駄口はいらぬ。首を縦に振るか、横に振れば事足りる」


 尋問、責問。確かに質問で間違いはないが……日本語って難しい。

 京華ちゃんの言葉に従うしかない怪盗武田は、ぶんぶん横に首を振り、涙を飛ばす。

 少なからず、憐れだと思った。


「では、先日のみやと美術館はどうだ」


 武田の首は、横に振り続けられる。


「枯草色の外套がいとうを羽織る男、もしくは、歳の頃は其方と変わらぬ、派手な女を知っているか」


「あの……あの」


 ぴたりと頭を止めた武田が、京華ちゃんに言いかけ、口ごもる。

 わからなくもない。京華ちゃんの指す人物が、あまりにアバウト過ぎだ。

 この時期になら、目立つけれど、カーキ色のコートを着た男なんて、最近では刑事でも着ているのに。それに派手な女って……具体性に欠けまくっている。

 しかし、京華ちゃんの質問……”あてられ”と関係なくないか?


「知っておるのか」


 口調は変わらないが、京華ちゃんの目は更に大きく見開かれた。

 たぶんそれ……余計、話辛くなると思います。


「しゃ、喋っていいですか?」


「構わぬ」


「ガイトウって言うのがわからなくて、あの……すみません」


――こりゃ、切られるな。


 怪盗武田の言葉を聞き、俺は心の中で、ご愁傷様と手を合わせる。


「……外套とは、上着、コートの事だ」


「教えて、あの、ありがとうございます」


「礼はよい。それで、知っているのか、どうなのだ」


 京華ちゃんの再三の問いに、無傷の武田は、またお決まりのぶんぶんを、横に展開させた。


「池上スバル殿っ」


 抜身の日本刀をさやに戻し、京華ちゃんが一声、俺の名前を発した。


「はい、なんでしょう」


「此処と柳邸を繋ぐよう、桜子に連絡をしてくれ」


 怒られるのかと思ってヒヤヒヤしていたが……もう少し、優しく名前を呼んで欲しいっス。

 ゲートオブリンク《繋がる部屋》を発動して欲しいとのことなので、むくりと起き上がり、ズボンからスマートフォンを――ちょっと待った。


「京華ちゃん、そいつ、桜子ん家に連れて行くつもりですか?」


「そのつもりだが。……ちゃんか」


「あっ。……ちゃんは、その、すみません――それより、なんでこんな奴……行き先が桜子ん家じゃなくて、警察ならわかるんスけれどねっ」


 カッ、と怪盗武田を睨む。

 警察は言い過ぎかもだが、かと言って、桜子ん家に連れて行く理由はない。

 ここでこれから俺は、いつぞやの恨みを晴らそうと思っているのだ。


「あ、あの……先輩は……この前の先輩ですよね。あの、助けて下さい」


「はあ!? 何言ってんだお前っ。てか、今頃気付いたのかよ。あのな、こちとらお前に言いたいことが、山程あんだよっ。覚悟しろよな」


 あの日の想いが、沸々と蘇ってくる。


「池上殿。武田学殿とは、まだ話さねばならぬ事が多くある。此処では人目に付く恐れがあるのでな、柳邸へ連れて行く。そして、おかみ、警察に引き渡すのであれば尚の事、”還し”を行う必要もでてくる。なんにせよ、此処では都合が悪い」


「かえし?」


「ふぅ……池上殿。私は桜子に連絡してくれと、頼んでいる」


 一息漏らし日本刀を携え、頑然たる態度でお願いと言う名の命令をしてくる少女。俺はそれを断るすべを知らないし、この先、学ぶこともないだろう。


「あの……先輩、僕、僕、あの……あの、どうなるんですか」


 俺にすがるような顔を向け、あのあの言ってくる怪盗武田であるが、相手を間違っている。


「さあな、俺にもわからん」


 涙目の怪盗に、正直な言葉を送った。




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