32 それから
ここは――。
ワンピースを着たちっこい美少女は紅茶を飲むところ。
制服がよく似合っている先輩美少女はサンルームと呼ぶ。
その多角形の部屋には、格子状の枠を持つ大きな窓ガラスがある。
そこからの陽射しが、テーブルの光沢を映えさせた。
円卓には、紅茶が注がれたお洒落なティーカップが四つ。
今回は『キャンディ』なる銘柄の紅茶だそうだ。
はて、耳にしたことがあるような……ないような。
「ユイ姉とでは、部屋は繋がらないのだな」
「うん。無理だったのだ」
「スバルさんの仰る通りにやってみたのですが、私では何も起こりませんでした。残念ですぅ」
以前、桜子と先輩とで円卓を囲んだ時には、椅子が一つ空いていた。しかし、本日は、右隣に座る凛々しい美少女の参加で、満席である。
「実はなんだかんだで俺、やっぱり”あてられ”ていた。なーんてオチだったりして。ハハ、……ごめんなさい」
右方から、キッ、と睨まれ、つい謝ってしまった。
「心配せずとも、池上スバル殿が”あてられ”ているなど、ペンギンが空を飛ぶぐらい在り得ない事だ」
「京。テレビで、ペンギンは空を飛んでいた。いっぱい飛んでいた」
「桜子ちゃん、私も見たことがありますぅ。フフ、ペンギンさんがお空で羽ばたいていましたね」
どことなくしたり顔の桜子と、両手をパタパタさせる先輩。
俺も、その空飛ぶペンギンを知っている。
でも、確かあれって外国のテレビ局が、エイプリールフール用に制作した、ドッキリだったはず。映像はCG処理を施した作り物で、実際にペンギンは飛行なんかしていない。
「……出来れば、電話によって部屋が繋がる件も、私に教えて欲しかったが。今更、責め立ててもどうもなるまいし、池上殿の処遇を、前向きに検討するべきだろう」
和傘美人こと、御子神の京華”ちゃん”は桜子に溜息を投げかけ、話を続けた。
ペンギンの話を完全スルーした彼女の判断は、正しいものだと俺は思う。
「その、京華……さん。結局、俺ってどうなるんでしょうか」
登城先輩に習い、俺も彼女を京華『ちゃん』と呼ぼう――と試みるが、口は『さん』と言ってしまう。聞いた話では、同い年なんだけれどね……。
「今回は、ユイ姉がどうしてもと云うので目を瞑ったが、本来、無関係な池上殿が桜子に接触するなど、由々しき事である。故に、以後は」
「京華ちゃん、ありがとうございますぅ」
「いえ、結論から云うなら、池上スバル殿とはこうして、話し合いの場を設けねばならぬようでしたので。結果、良かったのかも知れません」
強行突破して桜子に会いに行った俺だったが、後にやって来た京華ちゃんから有無も言わさず連行され、今に至るのであった。
彼女が話をする中、左隣からは『スバル、本当なのだ。ペンギンは空を飛んでいた』との訴えが、繰り返されていた。
「ユイ姉だけではなんとも云えぬが、どうやら貴方は、桜子の”あてられ”の条件となっているようだ」
「条件? スか」
「”あてられ”にも、条件を満たさぬと発現しないものがある。それを、池上殿はご存知か」
「知ってます……と言うか、そう考えて”電話で部屋を繋ぐ”に行き着いたんだけど……俺の”アテラレ”ではなかった、という結末でした」
せっかく、ゲートオブリンク《繋がる部屋》って、名前まで付けたのに。
「その”電話で部屋を繋ぐ”項目に、池上スバル殿自身が含まれると云う事だ。道具を必要とする”あてられ”は少なからずあるが、それが人とは……この手の事は宗司様がお詳しいと思うが」
「そうし様?」
これが言葉をなぞる相手の目は、俺ではなく登城先輩へ。
そして、戻ってくる。
「とにかくは、珍事の部類と云っても差し支えなかろう」
「京弥の”アテラレ”がそうだ」
と桜子が発言――
「兄様の在れは、また違うものだ」
さらりと否定されていた。
京華ちゃんの強い眼差しが、俺を捉える。
「現状、間接的とは云え桜子の”あてられ”の影響を受ける池上殿を、このまま放って置く訳にもいかぬ。ならば、桜子と一緒に隔離すべきと」
――へ? 一緒に隔離!?
「ちょっと、え、隔離って何っ、じょ、冗談っスよね、ねっ」
がばっと椅子から立ち上がり、右から左へと見回す。
お戯れなどではありませんとばかりの、堂々な身構えたる少女。ティーカップに両手を添え、美味しそうに紅茶を味わっている少女。最後は……省略。
「座られよ、池上殿。話は最後まで聞くものだ。隔離すべきと思いはするが、そのような短絡的手立てを講じる程、私もうつけでは無いつもりだ。それに、御子神家当主の判断を仰がねば、私の一存でどうこう出来る事でもない」
「じゃあ」
「”あてられ”に関する事を忘れるか、秘密にして頂けるなら、一先ず”この件”は保留としよう」
自分に責があるような覚えはないが、ほっと胸を撫で下ろし、一緒に腰を椅子へ下ろした。
隔離なんてされてたまるか、と思うし、実際にそんなことできる訳が……ないと信じたい。
「良かったのだ、スバル。京はたまに優しいのだ」
「京華ちゃんは、思いやりのある人ですから」
引き締まった面立ちに、赤みを帯びさせる京華ちゃんを見るも、登城先輩の言う思いやり――どの辺りで感じて良いものやら。
咳払いが一つ聞こえ、
「保留としたところで、私が気に掛けている話に移ろうと思う。直接、池上スバル殿に伺えるなら尚の事、聞かねばならぬのでな」
「はい? 俺にっスか」
「池上殿が通う学び舎には、何やら、姿を透明に出来る破廉恥な賊がいるとか」
「おおっ。……と、すいません。すっかり奴のこと忘れていたもんで、つい」
大きな声を、上げてしまった。
女子生徒の服を盗む犯人の名は怪盗X。男子たるこの俺が、被害者になることなど無いはずなのだが、被害を受けた。
偶然、怪盗Xと遭遇した時に、奴の透明になれる能力を知ってしまい、それを”アテラレ”によるものだと考えている。
「怪盗Xは間違いなく”アテラレ”使いって思う。だって消えたんっスよ、目の前でっ。俺があの怪盗野郎のお陰でどんなに――――」
俺は再び椅子から立ち上がり、美少女達にあの時の思いを込めて、身振り手振りを交え熱弁するのだった。




