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出会ったあいつは『箱入り』なヤツでした。  作者: かえる
【 箱入り娘をかく語りき。~ろ~ 】
31/114

31 俺はその扉を開けた④



 柳邸の三階フロアには幾つもの部屋があり、桜子はその一室を使っている。


「余ってんなら、俺ん家にも分けて欲しいよな」


 まったくもって、現実的でないことを口にしてしまった。……部屋がいっぱいあって羨ましいんです。

 贅沢なやつめと思いながら、俺は濃い茶色の扉をノックする。


「おーい、桜子、俺だよ俺」


 返事がない。もう一度、こんこんと木目調の扉を叩いてみるも、反応なし。

 俺は――傍から見られたら誤解を受けそうだが、黄土色の金属製ドアノブ、真鍮しんちゅうってやつだったかな? その下部に、いかにも鍵穴ですよ、と言わんばかりの物を発見したので……そこから中をのぞき見る。


「……。よくわからんな」


 映画や漫画のようには、いかなかった。


「なんで。なんで、スバルが私のお家にいる」


「ふおっ」


 扉の向こうから聞こえた、突然の声に驚き、たちどころに背筋が伸びる。


「なんでって言われてもさ……」


 頬をぽりぽり掻いて、言葉を濁す。

 お前が電話に出ないから、苦情を訴えに来た……とは言えない。

 今の俺には、今朝、桜子が言ったさよならの意味や、なぜ先輩とも連絡が取れなかったのか、理解できているからだ。

 だから……文句は、勘弁してやろうではないか。

 恐らく、あの和傘美人――京華ちゃんは、俺が”あてられ”ではなかったと、彼女らに知らしめ、『関係ない者、池上スバルとは接触しないように』とでも勧告したのではなかろうか。


「京に怒られる」


 返答をこまねいていた俺に、桜子のくぐもった声は言う。


「アレか、その京っての、京華ちゃんのことか」


「うん。そうだ。私がスバルと会う。すると京が怒る」


「あっ。……ええと、お前が怒られることまで……。その、すまん」


 俺は駄目な男だ。……自分のことばかりで、桜子のこと考えてやれていなかった。


「私ではない。スバルが怒られる」


「ああ、そういうことね……」


 相変わらずな桜子との、扉越しでの会話を続ける。


「ええと、怒られるっていうか、なんつーか……俺が怒鳴って……。まあアレだ。ともかく、和傘、京華ちゃんのことは気にするな。俺が好きで会いに来たんだからよ」


「……わかった」


「なら、桜子。いい加減ドア開けるけど、いいか?」


 扉を隔てていては、桜子がどんな気持ちでいるのか推し量れない。

 今更だが、俺が会いに来たことを、こいつはどう思ってるんだ? と気になった。


「――は、――だ」


 桜子の声が遠くなったので、返事が上手く聞き取れなかった。

 まあいいや、とノブを回して扉を引いてみたら、手前にすぅーと動く。

 嫌なら、鍵をかけるだろうから……問題ないよな。

 ゆっくり――扉を開け放つ。


 この光景を目に映すのは、何度目だろうか。

 水色のアンティーク調のクローゼット。その奥にはフカフカ感満載のベットがあり、向かい側に配置されたソファには、ちょこんとクマのぬいぐるみが居座っている。言うまでもなく、そこには、丈が長い若葉色のワンピースに身を包む、箱入り少女こと桜子の姿もあった。


 桜子は、羽織っている編み目が大きいカーディガンの、襟よりやや下辺りを両手でしっかり握りしめ、俺をじっと見据えてくる……。


「なんかお前、変な顔してんな」


 俺の素直な感想は、桜子の唇をきゅっと結ばせてしまう。

 喜怒哀楽を一度に表現したいのか、向けられていた顔には、いろんな表情が混在しており、それは総じて”変”が妥当だと思ったんだからしょうがない。


「あうう」


 美少女が台無しの顔で、唸る桜子。その後、俯き、だんまりになってしまった。

 そ、そんなに、ヘコまれたら……困るだろうが。


――どうしよう。


 自責の念に駆られ、なんとかしなくちゃいかんな、と焦り、脳みそをフル回転させる。


「……あのさ、こういう時、元気してたか? とか挨拶の一つでもかけるのが、セオリーってやつなのか」


 いつも通り、気の利いた台詞を言えた気はしない。全然しない。

 そればかりか、返事がないので、空気を読み違えたのかも知れない。

 果たして、言葉が正解だったのか、不正解だったのかすらも、わからない。

 わからないけれど――


 桜子は、潤む瞳ながらも、俺へ笑う顔を見せてくれた。

 だから――――これで良しとしよう。




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