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出会ったあいつは『箱入り』なヤツでした。  作者: かえる
【 箱入り娘をかく語りき。~い~ 】
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3 こうして学校 ②



              ※



 ほぼ真上にある太陽が、春らしく暖かさのある柔らかい光を浴びせてくる。

 そんな日差しの中、年頃の男女が二人っきりで学校の屋上なる所にいるのだけれど……悲しいかな、告白やら一緒にお弁当などのイベントは発生しないよ、と予め宣言しておこう。


「俺、初めて屋上とか来ましたよ」


 前方を歩く美少女はどうか知らないが、率直な感想だ。なにぶんこんな場所に行く機会

なんてものとは、無縁だったから仕方がない。


 では、なぜそんな男が屋上に来ているのか。


 己に問うも、別段哲学的な答えは持ち合わせていない。ただこれだけは言えるかな。

 そもそも俺は、ここに来たかったのではなく”来るしかなかった”のである――――。





 お腹の時計はとっくに昼を告げているのに、まだ鐘の音は聞こえてこない。


 教室の黒板に白いチョークで数式を書いている先生の方へ、視線を送り続ける。

 傍から見れば熱心に勉学に勤んでいるか、はたまた、壇上にいる彼に好意を抱いていると勘違いする稀有な奴もいるかも。

 しかし、実際はそのどちらでもない。特に後者の方は絶対にないからな。


「あと三分……」


 つい、心の声を口に出してしまう。

 お世辞にもフサフサとは言いがたい、数学教師の頭上に見える丸い壁掛け時計は、こちらの意に介さずマイペースに時を刻む。


「まだかよ、腹減ったよ……」


 上体を前後に揺らしながら、幾度目かの呟やき時にそれはやってきた。

 待ちに待ち望んだチャイムの音である。


「なあなあスバル~。五月の連休、なんかしてっか?」


 早々に弁当箱を空にした向島が尋ねてきた。

 何かしらはやっていると思うが……要は暇なら一緒に遊ばないか? というお誘いなんだろう。


「そうだな……家族で旅行に行くとかの話も出てないし。俺は予定ないから、遊ぶなら全然大丈夫だと思うぞ」


 残り少ない弁当箱の中身をすべて口に放り込み、それをしまう。

 向島の机を相席する形で昼食をとっていたので、役目を終えたこの空箱を自分の席に置いてある鞄に戻さなくてはならない。

 椅子から立ち上がろうとした時だ、いつもとは違った周りのざわつきを感じたので、その理由を探すべく教室内を目で追う。


「申し訳ございません。人探しをしてます、お邪魔させて頂きますぅ」


 明るい晴れやかな声でそう言って、右手に持ったスケッチブックらしき物に視線を配っては、教室内を見回す。それを繰り返す女子生徒が見えた。


「可愛いなっ。しかも~デカいっ」


「ああ、確かに大きい……そして、可愛い」


 向島も女子生徒を見ていたようで、もらした感想に肯定の言葉で応える。

 たぶん、いや間違いなく彼の”デカい”は、身長を指してのことではないだろう。

 確認するのは野暮なので、そっとしておく。


 しかし、可愛い……。


 豊満な胸にかかる軽くウェーブした栗色の長い髪。全体的に整った容貌の中でも大きく愛らしい瞳は純朴さを感じさせ、それがすこぶる魅力的に感じる。

 そして、透明感のある雰囲気、均整のとれたスタイル。絶望的に美少女である。


「君なのかな……。君のような気がしますぅ」


 教室にいる生徒達の注目を集めまくっている訪問者は、その愛くるしい瞳から放つ視線で俺を捕捉すると、そう言ってこちらに歩いて来た。


「はい。間違いないですぅ。フフ、探しましたよ」


 俺の手前で歩みを止めた訪問者は、手に持っているスケッチブックと俺の顔を幾度か見返した後、そんな言葉を投げ掛けてきた。……一体なんなのでしょう、この美少女は。


「桜子ちゃんの裸をのぞいたのは、君だね」


「――っはい!?」


 な、なな何を言い出すんだこの人。驚きから、うわずった声で返事をしてしまう。


「そうですよね、ごめんなさい。名前を言われてもわからないですよね。フフ、桜子ちゃんは黒髪の可愛い女の子ですぅ。その桜子ちゃんの裸をのぞいたのは、君ですね」


 美少女による突然の告発を、頭の中で何度か確かめてみる。ほら、聞き間違えってあるだろ? けれども、疑う余地はなさそうだ。

 俺はこの方を”あなたは、女の子の裸をのぞいた変態さんです”と告げに参られた、どこぞの女神だと理解する。

 本当は悪魔と比喩したいところだが、彼女の可愛らしさがそれを許してくれない。


「…………」


 昼休み時間の教室ってのは、こんなに静かなものだったろうか。自意識過剰だけれど、クラスメイト達が俺の返答を心待ちにしているように思えた。


「ええと、ですね……その……」


 ここは断固、”違います、人違いです”と意思を示さなくてならない。なぜなら、女神の声を聞き入れてしまっては、俺の学園生活に明るい未来は望めないからだ。けれども、ふと脳裏に過る今朝の記憶がそれを濁してしまう。


「あ、ごめんなさい。突然失礼ですよね」


 そうこうしていると、女神は何かに気付いた様子で詫びの言葉を述べてくる。


「三年生の登城ユイと申しますぅ。お声掛けする前に言わないといけませんよね、ごめんなさい」


「いやいや、自己紹介じゃなくて、別のおかしなとこ気付いてっ」


 思わず声に出してツッコんでしまった。

 教室が先程と違って騒がしくなっているが、別に、俺のツッコミが波紋を呼んだのではないぞ。名乗りを上げた”登城”(とじょう)先輩が原因だ。

 もとよりこんな状況になっているのも、彼女のお陰ではあるのだが……このざわつきは別の意味でだろう。


『へぇ……この人が登城ユイなんだ……』


 誰の声か判らないぐらいあちこちから似たような囁きが聞こえる。俺も同じ気持ちなので、彼女を好奇の眼差しで見てしまう。


 ”登城”俺でも知っている名前である。この町、ひいては『みやと市』で知らぬ者などいないのではなかろうか。それほど有名かつ、影響力のある名だ。

 昔、親父に語り聞かされたが、なんでも登城家は古くはこの辺りを納めていた領主であり、現代でも市政の顔役であるとともに、多額の寄付金を収めたりと市の経済面にも大きく貢献しているらしい。確かこの学校もその恩恵を受けていたはず。


 そして、”登城ユイ”はもちろん登城家の人間である。聞くところによれば登校していることが稀らしく、出会えて話せたら願いが叶う、っていう噂があるほどの、レア度満載の有名人だ。

 ちなみにこれは、同級生の鮫嶋君からの情報だけどな。


「あ~俺っ、向島ナオトっす。高校二年、野球部っすっ」


 登城先輩に、聞かれたでもなく自己紹介するこの声がきっかけだった。


「あの、僕は、び、美術部で、な、名前は、藤木ト、トモハルっていいます」


「津川カオル。帰宅部。」


「私、西村ユカリでーす。趣味は――――」


 各々、自己紹介をする現象が起こり、次第にそれは教室全体に広がってちょっとしたパニック状態になっている。


――これはチャンスだ。


 人は時として困難から逃げることも大切なのである。

 俺はこの騒がしさに紛れ、教室を後にするのであった……。



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