25 雲行き①
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今日は日曜日であり、五月の連休初日でもある。圧倒的開放感に包まれ、朝を迎えた――とは言っても、朝日と呼べるような太陽を拝める時間ではないのだが。
黒いテーラードジャケット、インナーに着心地の良いカットソー。俺の中ではそこそこのオシャレな格好にあたるそれで、身を飾り、玄関にてスニーカーを履きつつ、ネーミングを思案していた。
「繋がるでルームだから、ルームトゥコネクト……なんか、いまいちだな。リンクの方が合ってるのかな……」
自分の”アテラレ”にどうしても名前を付けたい。特殊能力に呼び名は必須だからだ。
高二で厨二かよと思うなかれ、命名というのは大切なのである。愛着湧くしさ。
以前はまったくだった、俺の能力も、桜子と試すことで具体的なことがわかった。
電話による通話が欠かせないが、それを媒介に電話の相手が居る部屋と、自分が居る部屋を扉を介して繋げることができる。
一度繋がった部屋は、電話が切れても扉さえ閉めなければ維持できるのだが、その状態で、他の誰かが部屋に入ってきたらどうなる? って疑問は残ったままだ。
そして、外からのアプローチはできないのか、繋げようとしたら上手くいかなかった。
どうやら、囲まれた一定の空間同士じゃないと発現しない力のようだ。
「ルームがな……。なら、ゲート、ゲートオブリンクっ」
正面の玄関扉に向けて、手を突き出し吠える。
おお。なんか、しっくりきた。これにしよう。
俺の”アテラレ”はゲートオブリンク《繋がる部屋》に決定だ。
「……スバル。出かけるのか」
「う……。ちょっと、ミヤトレットに行ってこようかなって」
我が家では、後ろから声を掛けるのが流儀なのか。
俺は、そのまま相手に向き直ることはせず、返答した。
いつから見られていたかはわからないが、片手はポッケトに突っ込み、気取った様で、もう一方の手をかざす息子を、親父はどう思っただろう。
誰かスコップを用意して欲してくれ。俺は全力で穴を掘り潜るから。
「……そうか」
親父はぼそりと呟きサンダルを履いて、未だポージングを解いていない俺の横をすり抜けて行く。その手には、両方の側面に刃がある鋸があった。
「親父。日曜大工ってやつか?」
「……よくわかったな」
「鋸を持って頭にタオルを巻いて、ツナギだっけ? そんな格好してたら、誰だってわかるさ」
「そうだな……」
「まあ、それで釣り行くって言ったら驚くけれどさ、ハハ」
「…………」
親父は魚釣りが趣味だ。親子のコミュニケーションにそれを取り入れた、気が利く息子に無言で応える父親。
玄関を開扉し、外へ向かおうとしていた親父と俺の間に、沈黙が訪れた。
俺が、くだらないことを言い放ったのがいけない、みたいな感じになっているのが釈然としない。
「……スバル。最近の座敷童はジャージを着ているな」
気まずかったんだろうな……親父は、静けさ漂う玄関に一石を投じてくれた。ただ、話題の選択に余地はなかったのだろうかと思う。
石ころが大きいです、お父上。
「あ、あのさ、さも当たり前のように言われても、その座敷童さんとやら、俺は見たことないし。たぶん近所の子供みたいに、お手軽に遭遇できるものじゃないと思うんだけど」
「そうか。……父さんが子供の頃は、たまに見かけたものだったよ。昔はいつも着物姿だったが。……久しぶりに見たら、ジャージだったな」
座敷童さんってのは伝承によると、現れた家に幸運や富をもたらしてくれる、妖精みたいな存在だ。
我が家に御利益があったかどうかを考えると、ますます怪しくなるが、親父曰く、昔は池上家に、その座敷童さんが現れていたらしい。
俺の知る限り親父が、霊感強いとかサブビジネスで妖怪ハンターしてるって話は聞いたことないんだけどな。
「時代なんじゃねえの。座敷童もジャージぐらい着るさ」
適当なコメントにて、親父の話に終止符を打つ――が、
「ジャージを着た座敷童って……」
頭の中に浮かんだ桜子の映像を、ぶるぶると首を振り、払拭した。
「……スバル」
「あ、え、何?」
親子の会話は終了した。そう思っていたが、相手は違ったようだ。
「……今更だが、ミヤトレットとはなんだ」
ほんと今更ですね、お父様。
ミヤトレット――去年、みやと市に進出してきた、大型アウトレットモールだ。
みやとアウトレットモールなんとかって、長ったらしい名前だからか、俺達の間では、『ミヤトレット』と略式呼称されていた。
オープン以来、俺みたいな高校生だけではなく、ファミリー、恋人たちと様々な人達で賑わう場所となっている施設で、本来はショッピングを楽しむところなのだが、買い物しなくても暇は潰せるし、何かと楽しめる。
向島なんかは、可愛い女の子を探すことで夢中になっていることが多い。てか、ほとんどだ。
そのミヤトレットに、俺は行かねばならない。なぜなら、友が首を長くして待っているからだ。
なので、
「悪い、親父。待ち合わせに遅れるから、今度説明する。決して、面倒だからとかじゃないから。強いて言うなら、俺は友人を大切にする良い子に育ったってことだ」
一方的に言葉を残して、玄関を塞いでいる親父を掻い潜る。
いざゆかん、向島が待つミヤトレットへ。




