23 アテラレの条件②
自宅のトイレ前にて、スマホ片手に能力発動に際しスタンバる俺。
『スバル、いつでもいいぞ』
「んじゃ、いくからな」
『おう』
なんか知らんが、楽しそうだな……まあ、いいや。
俺はトイレのドアを開ける。
「よしっ」
「『おお』」
「なっなっ、言った通りだろ。電話なんだよ。で、ん、わ」
間違いない。俺の”アテラレ”の発現条件は『電話』だ。
「ダジャレでもなんでもねーって言ったろ。電話が繋がると部屋が繋がるんだよ」
得意気に桜子へ言い放ち、おかしな言い方だがトイレの入口から、桜子の居る自分の部
屋に入った。
「私はダジャレ、好きだぞ」
「そ、そうか。俺としてはそんな感想じゃなくて、すげーとか、わかって良かったねって
のを期待してたんだけどな」
「うん。良かったとは思っている」
俺の浮かれっぷりがいけないのか……どうも桜子との間に、温度差を感じるな。楽しそうにしてたから、桜子にも感動が伝わっているものだと思っていたのに。
まあ、こいつからすれば不思議現象なんて日常にある感覚だろうから、俺の”実感”から得た、今の興奮はわからないかもな。
「これで俺も晴れて”アテラレ使い”だな」
「なんだ? アテラレ使いとは」
「お前、漫画とかあんまり読まねーだろ」
「うん。漫画は読まない」
「だろうな。まあ気にすんな。それより桜子。セバスチャっ、瀬良さんに迎えに来てもらえるように、連絡してくれねーか」
「スバル、電話するのはいい。けれども、私はこのお家から出られないぞ?」
女の子座りをしていた桜子は、きょとんとした眼差しで俺を見上げている。
そんな桜子に人差し指を立て、チッチッチッと舌を鳴らし、指を振った。
「お前じゃねーよ。迎えに来てもらうのは。桜子ん家に俺が行くんだよ」
「どうしてスバルが、私のお家に行くのだ」
「決まってるだろ。お前を家に帰すためさ」
”アテラレ”が任意で発現できるとわかれば、やることは一つ。桜子を帰宅させなくてはならない。
昨日は逃避しまくった”池上家の箱入り少女”問題も、今の俺にはノープロブレムだ。
柳邸から桜子に電話するだけで良いのである。
「初めと二回目の時って、桜子の部屋だったから、それが何かしらの条件かなーと考えたりしたけどさ、実際は場所じゃなくて人、電話の相手だったんだよな」
「……うん」
「影響する対象が、”電話している相手の部屋”ってわかったんだ。俺が桜子ん家に行って桜子が居るこの部屋を繋げば、お前は帰れるって寸法さ」
説明し終えると、桜子は持っていた林檎を手の平と床の間で、ごろごろ転がす。
「なんだよ、お前そんなに林檎食べたいのか」
「……林檎は食べたい。けれども、そうではない」
とんちじみた台詞を吐く桜子の顔は、曇っていた。
「ああ……もしかしてお前も気付いたか」
「何がだ?」
「何って、アレだよ、一番初め、玄関と桜子の部屋を繋いだ時って、電話してなかっただろ。それを懸念してるんじゃないのか?」
「……」
「大丈夫だって。今試して問題なかったんだし。最初のは……ほら、電波なんて日本中飛び交っているから、なんだかんだで、影響したんじゃねーの? 心配すんなって」
唇を一文字に閉じ、眉間にしわを寄せる桜子を見て、元気付けようとした。
たぶん、俺の”あてられ”の不確かな部分に、不安を感じているんだと思う。
「桜子、Don't think, feel、だ」
「どんと・しんく・ふぃーる?」
元ネタであるアクションスターの真似――親指で鼻をこする仕草付きだったから、桜子には、さぞ滑稽に映ったかも知れない。
「そう、考えるな、感じろだ。俺の感覚だと間違いなく電話で成功するな」
「そうか。うん。成功だ、スバル」
はにかむ俺に桜子が、両手で持った林檎を突き付けてくる。
その表情は明るいものへと変わっていたのだけれど、なんだろう。黒い瞳だけが哀しそうに見える……気がした。
「うーんと、まだ成功はしていないんだけどな」
流れで林檎を受け取ってしまった俺は、苦笑いで応えるのであった。
窓際には、俺が使っているのより一回り大きなベットがあり、悔しいかな、手で押してみたら見た目通りのフカフカだった。水色のアンティーク調のクローゼットに関しては、中身を知りたい衝動がなきにしもあらず……だが、人としての大切な何かを失う気がするので、それはやめておこう。
「別に桜子の部屋じゃなくても良かったが……。いい部屋に住んでるよな、あいつ。俺の部屋より全然広いし」
一人用のソファには、クマのぬいぐるみがちょこんと座っている。そいつに愚痴を聞いてもらった。お礼に頭をぽんぽんと撫でてやる。
セバスチャンさんの案内で通された、桜子の部屋。
女の子らしい装いも然ることながら、西洋風のインテリアに興味を惹かれてしまう。それらは木製のアンティークな物が多く、俺の心をくすぐるのだ。好きなんだよね、こういう古めかしい物って。
「げっ、パソコンのモニター、フレームが木目じゃん。オシャレだけどさ、高けーんだろうなこれ」
もっとあれこれ物色したい……が、気持ちをぐっと堪える。
部屋の主がいない状況だし、そこは自重しないとだな。
それに俺は羨ましがりたくてここに来ているんじゃない。果たすべき、果たさなければならない使命があるのだ。
「……これって階段に落とした時のやつだろうな……」
最近、新たに増えたスマートフォンの傷に軽く心を痛め、画面をフリックする。
大丈夫、きっと上手くいく。
想いを乗せて、電波は駆けるのであった。