22 アテラレの条件①
「その、何かあったのか……桜子」
『スバル。リビングに林檎がある』
「ふむ。リビングに林檎だな。理解した。それで」
『これは私が食べてもいいのだろうか』
「……好きなだけ、食べてくれ」
桜子よ、物事に全力で向き合うのは良いと思うが、時には力を抜こうぜ。
脱力した俺は、机に掛けていた鞄と呆れ返ろうとしている自分を掴んだ。
「てかお前さ、なんでリビングに居んの?」
『テレビを観ている』
「はあ、さいですか……」
慣れなのか諦めなのか。桜子の言動に苛つきは覚えなくなった俺である。
「なあ、桜子さん。もし妹が帰って来たらどうするんですか」
『スバルの妹さんが帰ってきたら、私は友達になる』
きっとこれは、桜子の笑えない冗談だよな……。
帰宅したシズクがリビングでテレビを観ている少女と出会って、あたふたする姿が目に浮かんだ。
妹の慌てた様を見てみたい気もするが、それはあってはならない。
「頼むから桜子。お願いだから俺の部屋にもど――」
俺は懇願しながら、がらっと戸を引き教室を後にしようとする。
当たり前だが、人は足を前に踏み出さないと先には進めないので、そうしないことには教室から出られない。けれど……逆に一歩後退した。
「三度目……だな」
「『何がだ?』」
桜子の声が重なって聞こえる。
目に飛び込んできたのは見慣れた47型の液晶テレビだった。数年前のデジタル放送化を機に親父が購入した物で、以前は大きな画面に心躍ったものだ。
その対面にはアイボリー色のソファーがあり、黒髪の少女が座っている。
「間違いなく、うちのリビングだな」
「『おお。……おかえりなさい』」
俺の”声”で、桜子がこっちに気付く。
「おう、ただいま――じゃなくて、だ。ちっとは驚けよっ」
「私は驚いているぞ」
本当か……そうは見ないが。
だぼだぼなジャージを着た桜子は、林檎を片手に目をきらきらさせて、ん、きらきら?
「おい桜子っ、動くな!」
「あうっ」
「お前今、”こっち”へ来るつもりだったろ」
返答は無し。だが、口を尖らしてる桜子を見るに、図星だったようだ。危ない危ない。これ以上、問題をややこしくしてたまるかよ。
「それにしても……」
驚き、閃いた。
意図せず、教室と自分ん家のリビングを繋げてしまい……そのこと驚いている。突然の発現だったからだ。
現象そのものには、いい加減免疫力がついたのだろう、大して動じなかった。
そして閃きだが、怪盗Xの時といい、どうやら本日の俺の思考回路は絶好調らしい。頭上に豆電球が点灯した。
ほんと、直感的なものだか、自分の”アテラレ”の発現条件がわかった気がする。
確証が欲しいので、何かと調べてみたいところではあるが、今は確実に試せることを優先させることにした。それに、
「このまま繋がった状態、って訳にはいかんしな……」
リビング――桜子の方への渡ろうと考え、ごくりと喉を鳴らす。
扉を介しての繋がった場所への移動。一種のテレポートだと、俺は考えていた。
実際、それを利用して池上家にやって来たのが、桜子になる訳だが。
気にはなっていたんだよね……”アテラレ”を発現させた俺自身も、それが可能なのではないかと。
しかし……この前観た名作映画がいけない。
内容は、ある科学者の男が自らの体を被験体にし、テレポーテーション、瞬間移動の実験を行う。結果、テレポートは成功する。ただ、実験の影響で後にハエ男になるという、なんとも悲惨な結末の物語だった。
俺は……ほんの少しだけ、ハエ程度にビビったのである。
「なあ桜子、俺はこのままここを通って、そっちに行けたりするって思うか? アレだ、お前みたいに通り抜けても大丈夫なのかな……ってさ。か、体とか平気なわけ?」
「体? スバルの言いたいことがよくわからない。けれども帰って来るなら、そこを通れば良いだけだ」
尋ねた相手が、間違いだったような気もしなくはない。
「けど、ある意味お前の行動力は見習うべかもな。……案ずるより産むが易して言うし。まあ、俺は男の子なんですが」
自分でツッコミ、正面に見える空間へ――飛び込んだ。
別にジャンプする必要性はないのだが、そうしてしまった。
空気が変わったのが肌に伝わってくる。匂いも全然違う。振り返ると教室が見える。
ほんと――変な感じだ。
でも、アレだ。
「便利だな、俺の”アテラレ”」