20 ツイていない日③
放課後まで、机の中にある危険物の隠蔽に成功した俺は、教室から誰もいなくなった後に、問題のブツを吉野の机へ移そうと考えていた。
だから、自分の席で、じっとその時を待つ……のだが、同じく居残っていた数名のクラスメイトのプレッシャーに耐えかね、やむなく教室から離脱。本当は片時も離れたくはないけれど、変に勘ぐられでもしたら元も子もない。
怪しまれないよう、人気のない屋上に避難するのであった。
「ったく、用事がねーんなら、さっさと帰ればいいのに」
居残っていた生徒達への愚痴を漏らし、スマホを操作する。
ユニフォームのことも重要なのだが、俺にはもう一つ、同じぐらい大問題な案件があった。
箱入り少女こと、桜子のことだ。
「こっちとら、早く家に帰らなきゃいけねーってのによ……ああもう、最悪だ」
人生最悪の日、とかって耳にすることがあるが、俺のそれは今日なんだろうな。
胃袋は針でも飲み込んだかのようにチクチクしている。
『もしもし』
「桜子、俺だ。そっちはどうだ、大丈夫か」
『大丈夫? うん、私は元気だ』
俺は深く息をした。
桜子は悪くない。そういう子なのだ。頑張れ俺。
「元気か……それは何よりだ。あのさ、学校は終わったんだけど、ちょっと問題が起きてさ、少し帰りが遅くなりそうなんだ……が」
あれ、なんか声が響くな。
『そうなのか』
「おい桜子。お前……俺の部屋に居るよな?」
『……もうすぐしたら、居る』
「なんだよもうすぐしたらって! お前何してんだよっ。お袋――はパートか、シズク、シズクはどうなんだっ。妹に見つかったりしてないだろうな」
『落ち着くのだ、スバル』
「落ち着いてられるかっ」
『スバルの妹さんは朝から遊びに行っている。お母さんは先程出かけられた。今、スバルのお家には私しかいない』
「そ、そうか」
桜子から家の状況を聞いて、一旦安心はするが、
「でもさ桜子。頼むから俺が帰るまで、部屋で大人しくしててくんねーか」
『スバルの部屋。……退屈になった』
ううん、困った。
桜子のその正直さに悪気がないのは、よーくわかる。一晩あいつと過ごして、それとなく性格は理解
したつもりだからだ。
けれども、俺の感想はこうだ。
――なんてわがままなヤツなんだ。
「ソリティアがあるだろっ、あれで遊んでろよ」
今朝学校へ行く前に、桜子が退屈しないようにとパソコンの定番ゲームで遊べるようにしていた。
他にも映画を観れるようにと、準備してあげて……いたのにさ。
『ソリティアは、一日一時間だ』
「んなルール知らねーよ」
俺としては一日中、遊んでもらいたいんですがね。
ほんと桜子のことをどうにかしないと、俺の頭髪はその内、白髪になるのではなかろうか。
ただ、俺の”あてられ”の条件がわかっていない以上、この問題は見通しが悪い。
昨日、桜子と相談して出した答えなのだが、俺の”アテラレ”をもう一度発現させることが解決の糸口になる。
”アテラレ”には本人の意志とは関係なく常時影響するもの、制約、条件などがあるものなど、現象の発現には様々な特質があるみたいだ。
俺のは扉を介して部屋を繋ぐってのはわかっている。
だから昨日は家族の目を盗んで、ひたすら家中のドアをバッタンバッタンさせた。けどまあ、望んだ結果が得られなかったから、こうして、桜子に苦しめられているのだが。
つまり、そのことなどから、俺の”アテラレ”は条件付きで発現すると推測したのだ。
『スバル?』
「ああ、わりー、ちょっと考え込んでた。……やっぱ俺の”アテラレ”の条件って、わかんねーんだよな?」
『前にも言ったが、”アテラレ”は人によって違う。だから私にはわからない』
「だよな……」
俺の胃袋に穴が空くのも、そう遠くない未来かも知れない。
解決の目処が立たない桜子の問題は保留にして、学校で起きている問題の方へと、再び向き合う。
こっちは単純明快で、吉野のユニフォームを移動させてしまえば、俺の学園生活は安泰になる。
「いやー、教室に鞄忘れちゃったな」
桜子との問答を終え、屋上から舞い戻った俺は、小声でわざとらしい独り言を言って廊下側から、そっと教室の引き戸に手を掛けた。
ゆっくりと少しだけ戸を動かし、隙間から中をのぞく。
死角があり、全体を確認することはできないけれど、教室から流れ出る空気が静寂を伝えてくる。どうやら誰もいな――っ!?
「マジか……」
呟いた。と言うより、口だけ動いていただけかも。
お、奥の方に俺の席があるんだが、その側で……ええと、見えている、見てしまったまんまを述べるなら、
――吉野のユニフォームが、宙に浮いている。
付け加えるなら、吊っているとか錯覚とかでもなくだ。
「おっ、小さくなっていく……」
奇怪なユニフォームは、机よりやや高い位置にある空中で揺れており、折りたたまれていく?
とにかく、ひとりでに小さくまとまっていくのだ。
それから、浮いたままの状態でこっちへ――いや待て、そこは……吉野の席か? あ、くそっ死角で見えなくなった。
そこに――――電子音っ!?
「ぬおっ」
「うわっ」
ピロピロと鳴る、場違いなスマホからの音に喫驚し、声を上げてしまう。同時に、自分のそれとは違う声音が、教室から聞こえた。
ポケットから鳴る音に一瞬気を取られていたが、再び視線を教室へ向けると、うちの学校の制服を着た小男が……居た。手には、オレンジ色の衣類を持っている。
第一印象は『なよってる』がしっくりなそいつは、目を丸くして口をパクパクさせている顔を、こちらへ見せてくれていた。俺の表情も似たようなものだったろうが、感情が、驚きから怒りへ移るにつれて、それに合わせたものへ変わりつつある。
今日の俺は、胃が芳しくない。だが、頭はすこぶる調子が良いのか、状況を瞬時に理解できたのだ。
「お前だよな……絶対、お前が犯人だよな……」
わなわなとこみ上げてくる憤怒を抑えるそうにして自分に言い聞かせ、のぞいていた隙間に手を差し込み、大きく息を吸い込む。
そして、力まかせにバンっと教室の戸を引いた。
「変態野郎! そこを動くんじゃねーぞっ」