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出会ったあいつは『箱入り』なヤツでした。  作者: かえる
【 箱入り娘をかく語りき。~い~ 】
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2 こうして学校 ①



 朝からすてきな体験を提供して下さった池上家の玄関さん。

 再び扉を開けてみると、不快な音を鳴らしいつも通りの風景を見せてくれる。お陰様で俺は、こんこんと鳴くらしい狐さんにつままれながら登校したのであった。


「白昼夢ってやつか……。やっぱアレ幻覚だよな……」


 教室の窓際にある机には誰が刻んだのやら『rock』の文字があり、腰掛けた椅子はどこか座りが悪い。俺はそんな自分の席で腕を組み、今朝のことをそう結論づける。

 クラスのがやがやとした雰囲気へ身を置くうちに、夢か幻を見たのだろう、との思いが強くなったからだ。


「よう、スバル~。おはようさんっ」


「……なんだ向島か。おはようさん」


「なんだってなんだよ~。向島さんが挨拶してやったんだぜ、もっとハッピ~な顔しろって~の」


 俺のメンタル状態お構いなく、相変わらずかる~い感じで話しかけてくる向島。

 少し茶色がかっている真っ直ぐな毛質の短い髪が、今日も元気に空を仰いでいる。

 野球部で汗を流す様だけ見れば爽やか好青年だが、中学時代からの友達としては、中身はそうではないよと声を大きくして主張したいところだ。


「別にお前だから、こんな顔をしてるんじゃないんだって。今朝はちょっと……さ。その……きっと俺……疲れてんだよ」


 明るく声を掛けてくれた友に気遣ってはみたものの、お前の挨拶に”ハッピ~”を感じられる人間なんてのは……そう多くないと思うぞ。


「おいおいスバル~元気ないな~。シズクちゃんと喧嘩でもしたのか? おおっ、わかったわかった。かーちゃんにヤバいやつ見つけられた系か、うわ~最悪だなっ」


「喧嘩もしてねーし、見つかってもねーよ」


 ……念のため、帰ったらベットの下を確認してみよう。


「なんだよ~違うのかよっ。じゃあ仕方がない、何があったか向島さんに話してみっ」


 何をもって仕方がないのかわからないが、そう言って向島は、俺の前……武田って名前の女子が使ってる椅子に、どっしりと腰をおろして聞く気満々の態度と瞳を向けてくる。


「さあ~さあっ」


 急かして来やがった。しかもなぜか楽しそうに。


「……ええと。……朝、玄関開けたらさ……。いや、たぶん白昼夢ってやつなんだろうけどさ……」


 俺は観念して、血色が良さそうな顔をぐっと近づけてくる向島へ、今朝の出来事を渋々話し始める。ただ、喋っている本人が半信半疑なので、どうしても歯切れが悪くなってしまう。






「ヒャハはは~っ」


 これは事の顛末てんまつを聞き終えた、我が友の笑い声である。

 教室に響いた少し高い声色のそれは、普段部活で声帯も鍛えているのだろう、クラスメイト達の注目を集めるのに十分過ぎるボリュームであった。


「マジかマ~ジかっ。おまえっヒャハはは、その妄想~真面目にっヒャハはは」


 喋るか笑うか、どちらかにして欲しい。


「玄関開けたら、裸の美少女が居たって!? っヒャハはは、いや~わかるぜっ、俺も似たような妄想することもあっから~。ただ、深刻な顔してっヒャハ、しかも玄関先か~マニアックだなっ」


「裸じゃなかった、下着は着けてた」


「ヒャハはは、わかってるわかってるって。そっちがスバルの好み~ってことだろっ」


 向島くん。俺には君の笑いの好みがわからんよ。


「そんな顔するなって~。今度、すんごいD∨D貸してやっからよ~それ観たら妄想しなくて済むかもなっ」


 彼とは対照的に無表情の俺だったが、D∨Dに対する期待で顔がほころぶ。

 しかし、このままこの話を続ける気にはなれなかった。だって、大笑いされたうえに、施しの品まで……情けないったらありゃしない。まあ、貸してくれるなら借りるけどさ。


「そういや、お前怪盗Xエックスの話って知ってるか?」


 最近この学校に出没するらしい怪盗X。ネーミングセンスはさておき、一昨日の帰り道にて、同級生の鮫嶋君に聞いたなかなかの鮮度の噂話である。


「ん、ああ~」


 唐突に話題を変えられて釈然としないのか、向島は気のない返事。けど構わうものか。


「なんでも、最近女子の服。聞いた話だと制服じゃなくて体育着とかみたいだけど。それの盗難が学校で起きてて、その犯人が怪盗Xって名前だそうだ。ちなみに怪盗Xは、可愛い子ばかり狙うんだってさ」


 噂の噂になるが、狙われるのにも法則があって”可愛い子ランキング順”だそうだ。

 それを誰がどのように決めているのかなんて、知る由もないが。


「スバル~詳しく、詳しくっ」


 簡単に食らいついてしまった。よほど”体育着”と”可愛い子”のワードは強力だったとみえる。


「んで面白いのが、盗品はしばらくすると持ち主の元へ戻っくるって話だ。教室に置いていた鞄や机の中に入って……」


「す、すいません。向島ナ、ナオト君。あの……せ、席……ごめんなさい……」


 話題が変わり流暢りゅうちょうに喋っていた俺のトークは、女子生徒によるこの申し入れで終了を迎えた。いつからそこに居たのか……本来、向島が座っている椅子を使うべき人物のご登場である。


「お、わり~わりっ」


 そう言って飛び退く向島に、ごめんなさい、ごめんなさい、としきりに謝る大きめの眼鏡をかけた素朴な面立ちの武田は、恥ずかしいからなのか頬に赤みをさしている。


 そんな彼女の先に視線を向けると、教壇にて担任が何やらゴソゴソと準備しているのが見えた。どうやら、このまま話を続けるのは難しそうである。


 この担任で思い出されるのが、進級しクラスメイトも様変わりした初日のことだ。

 彼女の”なんかつまんわねぇ”の一言で突如くじ引き席替えが行なわれ、その結果、俺はこのご機嫌な窓際の席に。自分のくじ運も褒めてあげたいところだが、先生への感謝も忘れませんよ。

 だから、


――ありがとう先生。



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