19 ツイていない日②
「うちの陸上部ってこんな色のやつ、着ていた気がする……やっぱ吉野の……ああ、マジかよ……やべよ、うぬぬ」
嘆いたところでどうにもならないが、そうせずにはいられない。
確証はないが、俺が手にしているブツは……恐らく、最近怪盗Xに盗まれた吉野ハルカの陸上用ユニフォームに違いないだろう。
そもそも、知らない奴の服が机の中にあることが不自然だし、それが盗まれたとされる種類の衣類ときたもんだ。
「間違いであって欲しい……」
もうこれは希望だ。
このままだと、俺は泥棒認定はおろか変態の称号を受けかねない。
しかし、同級生の鮫嶋君は言っていた。怪盗Xは盗品を机の中や鞄に戻すと。
実際、机の中にあったし……どうやら、それに間違いはなさそう。
「ぐ、くぬそ……」
呻いて――怒りが込み上げてくる。
だとしたらだ、怪盗Xよ。なぜ俺の机の中に入れた。ちゃんと本人、吉野のとこに返せよっ。
俺に恨みでもあんのかっ。勝手にこんな、こんな……一発で人生が終わりそうな超弩級の危険物を放り込みやがって。
日本の法律じゃなっ、もたず、つくらず、もちこませずなんだよっ!
歯ぎしりをしながら、非核三原則を主張する。
「よっ、スバル~おはようさん」
「ぬおっ。向島か」
怪盗Xに憤怒の抗議中だった俺は、驚きから座っていた椅子の足をガッと鳴らす。
向島の何気ない挨拶で、大袈裟な反応をしてしまった。
「何びっくりしてんだよっ。そんな~に、向島さんのおはようは刺激的だったかっ」
「ある意味な。ったく、なんで俺がこんな目に……くそっ。……あ、お前に言ってんじゃないからな」
「おーけーおーけー、わかってるって」
向島は俺の肩を、ぽんぽんと軽く叩いた。
「ちょっと今、イラついててよ。怒り心頭ってやつだ」
「なんだなんだ、またなんかあったのかっ。ああスバルっ、仕方がないな~仕方がない。何があったのか、この向島さんが聞いてあげようっ」
武田の椅子をぐんと引き、それに股がる向島。相変わらす何が仕方がないのか疑問が残るけれど、今朝はその申し出がありがたい。
怒りをぶちまけたかったし、何よりこの危機的状況を共有してもらいたかった。
そうすれば、多少なりとも俺は救われるのである。
「あのさ、机の中に――」
「あっ、わっり~スバルっ。そういや、例のすんご~いDVD持ってくるの忘れたわっ。ヒャハ、すまんすまん。家出る前は覚えてたんだけどな~」
俺の言葉を遮ってまで、何がそうさせたのかは不明だ。ただ、向島のボリューミーな声
量のお陰だろう、周りから注目を浴びているのは明白である。
ついでに抽象的な品物の表現がいけなかった。どことなく女子からの視線が痛々しい。
それに……クラスの連中がいつの間にか増えいる。
「そんで、何があったんだ~スバルっ」
「あ、いや。ええと……D∨D今度でいいよ。……んでアレだ。そうアレだ、ほら、最近事件とか多いじゃん。迷惑って言うかさ、世の中に怒ってるんだわ俺、ハハ――」
俺は……話を濁した。
すまんな友よ。相談するかどうか再考させて……いや、遠慮します。
だってお前、声がデケーんだもんよ。
そして、うんうんと相槌を打つ向島に社会へ対する不満をぶつけてみるも、当然、今机の中にある問題は解決しない。だから、
――俺は覚悟を決める。
吉野にユニフォームを返そう。そう返すんだ。
しかしながら、直接本人に渡すのではない。てか、それができれば困ってはいないのである。なので選ぶべき道は、ただ一つ。
……隠密にてこっそり返すのだ。