18 ツイていない日①
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「早起きは三文の得ねえ……」
ダイニングテーブルにある目玉焼きに醤油をちょろちょろっと掛け、箸で摘むと、半熟の黄身がとろりと流れだしたので、慌てて口の中へ放り込んだ。ベーコンをかじり、更に白いご飯をかきこむ。
「うぐ……得どころか、出費、なんだけれどな」
いつもより早く起床した俺は、こっそりコンビニに行ってサンドイッチとお茶、お菓子と、桜子の為に買い物をしてきた。
「……お陰様で財布が軽くなったよ……連休前なのにさ」
「さっきから、何ぶつぶつ言ってるの?」
うが――隣からシズクが、目を細めて尋ねてくる。
「……そ、そういやお前居たんだっけ」
「シズクが居ちゃいけないんですかっ」
「いやいや、そう言う意味じゃなくて、ほら、いつも俺、一人で朝飯食ってるからさ」
「それはお兄ちゃんがいつも、ぎりぎりまで寝てるからいけないんでしょっ」
はい、その通りでございます。
買い出しだけではなく、寝ている俺をシズクが起こしに来ないようにする理由もあって珍しく早起きしたのだが、こうして妹と一緒に朝食を口にするおまけが付いてきた。
「お前の方こそ、今日休みなんだし、ゆっくり寝てればいいのに……」
「お兄ちゃんと一緒にしないでよ」
小言を言うシズクに反論してみたら、ばっさり切られてしまった。
今日は土曜日で、シズクの中学校は週休二日制で休みである。俺もそうしたところではあるのだが、あいにく俺が通っている高校はそうではないので、午前中だけ、みんなが休日をエンジョイしている間も勉学に勤しまなくてはならない。
「ったく、いいよなー休みの奴は」
私服のシズクに制服を来た俺は、恨めしい眼差しを向ける。
桜子のこともあるし、仮病を使ってズル休みをしようかなと思ったりもしたが、そうすると、余計俺の部屋に家族が入ってくる気がした。なので、学校に行くことを選択したんだけれど、休みの奴が隣に居ては、どうも損した気分になる。
「あらやだ、まだ犯人捕まってないのね」
朝食を食べ終わりごちそうさまをすると、リビングのテレビに喋りかけるお袋の声が。
俺の座っている場所からテレビは見えないが、音声は届いていた。ニュース番組のようで、みやと市やら、みやと銀行って言葉が聞こえていたから、最近騒がれた銀行強盗事件の報道だろう。
「シズク最近事件とか多いみたいだから、気をつけるのよ」
「大丈夫だって、お母さん心配し過ぎ。シズクはお兄ちゃんと違って真面目っ子だから問題なし」
お袋はテレビのリモコン片手に、こっちへ寄ってきてシズクに話かける。
それに応える妹の、まるで俺が問題ありのごとき台詞はスルーするとして、
「お袋、リモコンっ」
「あらやだ、また持ってきちゃった」
我が家ではリビングにあるテレビのリモコンが、度々行方不明になる。大概、流し台にあったりと所在は明らかな場合が多いので、目くじらを立てて言うことでもないが、未然に防げるならそれに越したことはない。
「お兄ちゃんは自分が心配されなかったから、お母さんに当たってるんだよね。ほんと、子供だね」
ふるふると首を振り肩を竦めるシズクの戯言に、大人な俺は静観を決め込んだ。
お袋が俺に何も言わないのは、信頼だと受け取っている。子供な妹にはそれがわからんのだ。うんうん。
「ねえ、ねえお兄ちゃんの学校って怪盗がいるんだよね」
「なんだよいきなり」
「友達がお姉ちゃんから聞いたって昨日話してくれたの。そしたらそのお姉ちゃん、お兄ちゃんと同じ学校みたいだから。ねえ、ねえどんなの? 変態なの?」
ニュースの強盗がきっかけだったのか、意外な名前が話題に上がった。
怪盗Xがこうも有名だったとは、恐れ入る。
「知らねーよ。たぶん変態なんじゃね」
「ふーん」
「なんだよその反応。……一応聞いとくけれど、お前なんか俺のこと疑ってない?」
「何、お兄ちゃん変態なの」
「ちげーよっ」
けらけらと笑うシズクを尻目に俺は食器を重ねて、流し台へ持っていく。
怪盗Xねえ……どんな奴なのか興味はある。そういや、登城先輩も泥棒の被害に遭ったみたいだし……ニュースの銀行強盗といい、最近は泥棒が流行りなのかね、俺の街では。
世間を騒がす事件とか、俺には関係ないものだと思っていたけれど、身近なところでの話となればさすがに別だ。けれど――先輩には申し訳ないが、今、俺の関心は別にある。
天井を見上げ、俺の部屋に居る桜子のことに想いを馳せた。
「ほんと……どうしたもんかね……」
「事件は、俺の机の中で起きている!」
誰に報告したいのかは謎だが、俺の混乱が事件と認定しそうさせた。
教室にある机の中に両手を突っ込んだまま、思考を放棄しようとしている自分を、踏み
とどませる。
ここでの逃避は、致命傷になりかねないからだ。
「……だから、教科書が机の上にあったんだな……」
今更疑問が解けたところで、なんの足しにもならないが、
「入らなかったんだな……そう考えると納得だな」
いつもより余裕を持って登校した俺は、自分の席に教科書が乗せてあるのに気付いた。それは誰かの物ではなくいつも持って帰らずにいた教材だ。
いたずらか? と思いつつ机の中をのぞくと、何やら見覚えのない物があったので引っ張り出してみたら、オレンジ色をした服、スポーツ競技とかで選手が着ていそうなタンクトップと短パンのセットだった。
右手に上着、左手に下着を持ち、束の間それを眺めいた俺は、はっとした刹那、それを両手ごと机の中に押し込んだ。
「ユニフォームだよな……てか、もうそれ以外の物に見えないし、考えられない」
ぼそぼそ言いながら、押し込んでいたブツをそろりそろりと手前に動かし、人知れず再
確認。
既に頭の中には、これの持ち主の名前が浮かんでいる。だからこそ背中を始め、体の各部位の毛穴が開いているんですがね。
”ただの”ユニフォームなら別段焦りもしないし、なんだコレ? で終わっていただったろう。
しかし脳裏を過った怪盗Xのワードが、それを特別な物に変えてしまったのだ。