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出会ったあいつは『箱入り』なヤツでした。  作者: かえる
【 箱入り娘をかく語りき。~い~ 】
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17 来訪者④



 横には、お世辞にもフカフカとは言い難いベットがあり、向かいの壁側にはテレビがある。あと、ノートパソコンもある。ただ、おんぼろなので激しい使い方はできない。DVDデッキがないので、それを観たりする専用になってるかな。


 大して広くもない俺の部屋には、他に、物置きと化してしまった勉強机や漫画で埋め尽くされた細長い本棚、小学校の時から愛用してきたタンスなどもある。

 そんな自分の部屋で俺は、誰かのようにして膝から崩れ落ちた。


「スバル。大丈夫か」


「……ちょっと前に良いお手本を見たからな。割かし上手く崩れ落ちたんじゃないかな」


「そうか。それは良かった」


 我が家に訪れた時とは違い、えんじ色のジャージを纏った桜子は、精一杯冗談めかして吐いた俺の台詞に、真摯な態度で応えてくれる――には嬉しいが、桜子よ……察してくれ。


「……本当に俺ん家から出られない状態なのか……いやいや、そうだよな、嘘ついても意味ないし、現にシズクの部屋……”アテラレ”で戻されたんだよな……はあ」


 途中から桜子の頭上に見える、天井辺りに視点が合っていたような気がする。


「うん。出られない。スバルのお家からなら、外へ出られるかもと思って試した。でも駄目だった」


 嘆息する俺をだぼだぼな格好で見下ろす桜子。

 さすがに下着姿のままでは話もできないので、学校の体育で使うジャージを貸してやったのはいいが、伸縮性、特に”縮”は限度がある。小柄な少女には大き過ぎたようだ。

 シズクの洋服辺りが丁度いいのだろうけれど、妹の服を借りるような兄にはなりたくない。


 しかし、一難去ってまた一難とはこのことだ。

 現在、正面に居る少女はどういう訳か、”池上家の箱入り少女”になってしまっている。

 桜子からこの事実を聞かされて起こしたリアクション、それが膝から崩れ落ちる、だ。


「私は家の外に出られない。でも部屋から出ることはできる。だから、スバルの方へ行けるかもと思った」


 桜子は一生懸命な口調で経緯を説明してくれようとしている。ぼーっとしている俺への気遣いなんだろう……気持ちはありがたい。が、その話は二回目なんだけれどな。


「あの時、スバルにのぞかれてその考えが閃いた。さっきは試してみるチャンスだった。私は走った。とにかく走った……ありがとうっ」


 最後のお礼の意味するところは難解だ。そして、理由はわからないが高揚気味な様子の桜子に、このまま喋らせていても埒が明かない。


「だっ、その話はもういい。結局、俺ん家に来ることは出来たが外に出られなかったんだろ。そればかりかお前の部屋がなくなってて……ぐっ、帰れないんだよな」


「その通りだ。あの時部屋が消えていた光景を見た私は、まさに青天の霹靂へきれきだった」


 桜子の黒い瞳は、昔はあんなことがあったな~みたいな感じで、どこか遠くを見つめていた。言っとおくが、今しがたのことだかんな桜子よ。

 しかもその霹靂とやらは、俺にこそ相応しいのではなかろうか。


「なんだろうな……気にしてたら、たぶん負けなんだろうな……」


 本人には聞こえないように、嘆きをぼそり。

 それにしたって。


「お前、状況わかってんのか? 家に帰れないんだぞ。これからどうすんだよ、そして、俺はどうしたらいいんだよ」


 そうなのだ。今置かれている状況は、俺にとってかなり好ましくない。それは桜子も同じだろうに……。

 さっきは悄然しょうぜんとしていたくせして、もう平常運転に移行した様子だ。

 なんつーか、それを見て器が小さい男の俺は……ちょっぴりだけ、ほんとグリンピースをあえたご飯が出てきた時程度のささやかなものだが、イラっとした。

 俺のご飯には、緑はいらない。そう常日頃から思っているんでね。


「スバル。くよくよしても、どうにもならない」


「んなことはわかってるよっ。お前だってさっきヘコんでたじゃねーか。立ち直るの早過ぎねーか」


「私はもう大丈夫だ。……上手く言えないけれども、私は生きている。それにスバルも生きているから大丈夫だ」


 意味不明だったが、桜子の言葉に力強さだけではなく……優しさも感じてしまった。

 俺は自分の八つ当たりを反省する。

 こうなってしまった以上、原因が誰なのか詮索するような考えは起こさず、現状を前向きに捉えようではないか。


「……なんか、すまん桜子」


「どうかしたか?」


「いや、なんでもない」


 俺の口から漏れた声に反応した桜子へ対して、そっけなく返した。


「それに私は、スバルの部屋を見れて楽しい」


 桜子は手狭な俺の部屋を、まるでおもちゃ屋に訪れた子供のように、目をきらきら輝かせ、あちらこちらと見回している。


「こんな部屋のどこが楽しいんだ?」


「全部だ。私はずっと自分のお家から出られなかったから、もう探検する場所がなくなった。新しい冒険の始まりだ」


「ああ、そうなんだ……。でもさ桜子、水を差すようで悪いんだけど、とりあえずこの部屋で大人しくしてような。俺の家族に見つかったりすると、間違いなくいろいろ面倒なことになるからさ」


 桜子を家に連れ込んだ――結果そうなってしまっただけなのだが、このことが家族に発覚したとして、うちの親に年頃の女子を家に泊めるなんて考えはないだろうから、必然的に桜子の”アテラレ”が明るみに出る可能性が高くなる。

 そうなった場合、家族を誤魔化せるとは思えない訳で……やっぱり、厄介なことになりそうだ。


「……。うん、わかった」


 俺のお願いを聞い入れた桜子は、さっきまで見せていてくれた表情はどこへ行ったのやら、口をへの字にして不満そうな顔になっている。


 わからなくもない。


 大きな家とは言え、五年間も同じ空間での生活が続いたのだ。さぞかし、今は我が家を探索したい気持ちでいっぱいだろう。けれどそれは駄目だ。


「今から俺は部屋のドアを開け閉めしてみようと思う。また桜子の部屋に繋が」


 よっこらせ、と立ち上がり、今後のプランを桜子に伝えようと喋っていた時だった。あの音が聞こえたので俺は言葉を切る。アレだ、お腹が空いた時の『ぎゅるぅぅ~』だ。

 夕飯にはまだ全然な時間であるが、育ち盛りの高校生たるものは常に空腹なので、いつ腹が鳴ってもおかしくないのである。ただ、今回も俺ではなかったけれど。


「……その、気にするな。別に恥ずかしいことではないからさ」


「スバルはお腹が空くと恥ずかしいのか。変わっているのだ。お腹が減るのは生きている証だから、当たり前のこと。私は恥ずかしくもなんともないのだ」


 お腹を擦る桜子は、ごもっともな意見を述べてくる。確かにそうだ。すこぶるごもっともだ。

 どうやら俺の優しさってのは、美少女に届かないもののようだ。


「んじゃ、こうスっか。俺が今からコンビニに行って弁当買って来るからさ、その間に桜子、家に連絡しとけよ。親とか心配するだろうから。家族同士なら”アテラレ”の話しても大丈夫なんだろ? 同じ柳家なんだし。あ、後、登城先輩にも相談してみろよ」


「お父さんとお母さんは、私のお家にいない。今は私と瀬良爺で住んでいる」


「……そうか。桜子お前、両親いないのか」


「うん。今私が住んでいるおばあちゃんのお家にはいない。別のお家にいる」


「あーね。家にいないってことのいないね。その……亡くなられたんじゃないかと勘違いしたじゃねーか」


 まったく、紛らわしい言い方しやがって。


「お祖母ちゃんは五年前に亡くなった」


「……。そうか、それはそれでなんかアレだな……。だから、せらじい? お祖父ちゃんと二人暮らしなんだな」


「瀬良爺は執事さんだ」


「執事、ああ! セバスチャ、あの人のことかっ」


 へえ、瀬良さんって名前だったんだ……と、それはそれとして、今は桜子のお腹を満たすことに専念しなければ。

 正直、このコンビニお使いは助かる。これからどうするかを考えないといけないのは、百も承知だが、俺の頭と胃は、休憩が必要な状態だったからだ――有り体に言えば、現実逃避ってやつだな。


「桜子んとこの家庭がどういう感じかわからないが、なんにしろお前に任すよ。じゃ、俺行って来るから。……ちゃんと大人しくしてろよ」


「……うん。行ってらっしゃい」


 俺に送り出しの言葉を掛けてくれた桜子だが、いつもの吸い込まれそうな黒い瞳は、こちらへ向けられていなかった。

 なんだろうな……すごく不安なんですが。

 気にしても仕方がないし、見なかったことにする。


「あっそうだ」


 部屋から出ようとして、大切なことを思い出した。そうとても大切だ。

 振り返ると、桜子は正座を崩した状態、両足を外にしてお尻を床にぺたんと付けて座っていた。


「そうそう桜子。言い忘れたことがあった」


「なんだ?」


 指で髪の毛先をくりくりしていた桜子が、俺を見上げる。

 黒い瞳と目が合う。よしよし。


「いいか桜子。部屋の物を使ったり、あちこち調べるのは構わない。ただ――」


 咳払いをして仰々しく喋り、持てるすべての力を目に集中させ次の台詞に魂を込める。


「ベッドだけには近づくな! これ絶対的約束かつ禁断的領域だからなっ」


 桜子は呆気に取られていた様子だったが、その黙る顔はこくりと頷いてくれた。


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