16 来訪者④
妹から声を掛けられる俺は、尻は廊下に付けたままの状態で、むくりと上体を起こす。
シズクの部屋があるのは廊下の奥。
顔を向けたそこには、部屋の入り口から体を乗り出し、短い髪を耳の後ろで二つ結びにした我が妹君がいらっしゃる。
「何してんのそんなとこで? 大きな音したし。それに~、女の人の声が聞こえたような気もしたんだけど?」
Tシャツにパーカー、ショートパンツのラフな出で立ちのシズクは、喋りながら俺の方へ歩いて……近づいてくる。どうしよう、本当にどうしよう。
素早く階段の方へ視線をやり、次に自分の部屋を見た。一階には下着姿の美少女がちらり。俺の部屋は……もう、そう呼べない物になっている。うう、何か吐きそうだ。
「えええと、えっと。アレだ、そうアレだ。ちょっと転んじゃってさっ。べ、別に大したことじゃないぞ。悪かったな、うるさくしてハハ」
俺は立ち上がり、誤魔化す。
引きつっていたであろう笑顔を妹に送りながらも、中途半端に開いて廊下にしゃしゃり出ている、自室の扉を足を使って閉めた。不自然だったろうが、一先ずこれで良し。
後は桜子をシズクに見られてしまったのか、どうなのかが今のところ問題なのだが。
「ふーん。そうなんだ。ふーん……」
「だから、転んだだけだって。怪我もしてないし、心配はいらないぞ」
「何それ。シズクはお兄ちゃんなんか心配してないしっ」
訝しげな表情のまま目前まで近づいてきたシズクだったが、今はタコが墨でも吐くかのように頬をふくらませていた。
「……それはそれとして~」
今度はふくれっ面が、ニヤリと不敵な笑みを浮かべたものへと変わる。
目まぐるしい表情の変化を見せる我が妹は、俺をすり抜けて、
「ちょ、ちょ、シズク」
「えいっ」
シズクが起こした突然の行動を制そうとするも、それは叶わず。閉じられていた部屋の扉は、掛け声とともに開け放たれてしまった。
「な~んだ、誰もいないじゃん。てっきりお兄ちゃんが彼女でも連れてきたのかな~って思ってたのに。つまんない」
俺の部屋を見回してから、シズクはぼやく。
「……。そんなもんいねーよ。ったく、いいからもう自分の部屋に戻れよ」
「言われなくたって戻ります~」
期待していた結果が得られなかったからだろうか、不満気な様子のシズクはくるりと身を返し、元居た部屋へ戻って行く。その後ろ姿を見つめながら、ほっと胸を撫で下ろす。
部屋が”俺の部屋”で本当に良かった。桜子のことも気付かれてなさそうだし……。
おおっと、そういやあいつ下で何してんだ――と思った瞬間だった。
「おふう――っ」
驚きのを声を飲み込む。
――おいおいっ、なんでそんなとこに居るんだよ?
シズクをずっと眺めていた俺だが、妹は自室に戻る時、後ろ手にドアノブを掴み扉を閉めながら部屋に入っていった。当然廊下に飛び出していた扉は、元の位置に収まっていくのだが、それと入れ代わる形で、階段を下りて行ったはずの桜子が現れたのだ。
わけがわからないが、とにかく下着少女の姿がそこにはあった。
「……駄目だった」
うなだれた様子でこちらへとぼとぼ歩いてくると、桜子は張りのない声をこぼす。
「お。……おい、なんでお前そっちから来てんだよ!? それにそんな格好で、俺ん家うろうろすんなよ」
本当は声を荒げて言いたいのだが妹のこともあり、精一杯小声で話しかける。
桜子の突拍子もない行動で、どれだけ俺の胃が痛くなっているか。しかも格好は……目のやり場に困る。大体なんで……って、あれ、待て待ておかしくないか。
「な、なあ桜子。確かお前って、家から出られないんじゃなかったっけ?」
「――はうっ」
恐らく、俺の問いかけに対しての反応ではないだろう。
桜子は扉が開きっぱなしの部屋の前まで来ると、何やら一声発して床に座り込むというリアクションを見せてくれた。
俺はこの時初めて、膝から崩れ落ちる人間を見たような気がする……。