14 来訪者②
帰路の道中に河川沿った並木道がある。
が、今は植えられている桜の樹も見頃を過ぎてしまい、花びらを吹雪かせてはくれない。
だから歩道から注目すべき景観もないわけだし、心置きなくこの桜子からの手紙を拝読しようではないかと。
「いやいや、ねーって絶対ない。これがラブレターのはずが」
俺は誰に言い訳してんだろう。口では否定しているのに鼓動が伴ってくれない。き、期待なんてしてない、してない。
そもそも、好意を持たれるような――いや、違う。
俺もぼちぼち大人の仲間入りを果たす年頃。色気ってやつが知らず知らずのうちに出てたかも知れん。
歩きながら封筒を開封。中に入っていた折られている便箋を広げる……。
そうして――足を止めた。
「……ううん」
唸る。ただ唸る。
「桜子よ……。いや、俺の認識が甘かったんだろうな……」
ある意味――どんなある意味か俺自身にも解せないけれど、桜子らしい文章……違うな。これが桜子なんだと思った。
「いち、にい、さん――十一桁か。……携帯の番号だな」
便箋には絵の具らしき物で十一桁の数字が描かれており、そのカラフルなナンバー達の躍動感ときたら。
手にしている手紙の裏を確認する。
シンプルイズベストとはよく言ったものだ。アートちっくな番号以外に文字らしきものはない。
「俺に芸術的なことはわかんないけどさ……」
ぼやきつつも、制服のズボンからスマホを手に取り番号を画面に打ち込む。
悲しくも手紙の意味が理解できてしまう。
要するに電話番号を伝えるため、わざわざ手紙にしたためたってことだよな……。桜子よ、悪いが開口一番、駄目出し決定だ。
「…………ぐっ、マジか」
とことん予想や期待を裏切ってくれやがる。
「電話にでんわ……」
だっ、ちきしょう。虚しさにより輪を掛けてしまった。
弱々しく端末画面に指を触れ、コールを切る。
自分から番号教えておいて、電話に出ないとは。あまつさえ手紙に対する純真な男子高校生の淡い想いを踏みにじったのにもかかわらず、この仕打ち。耐え難いものがある。
俺は救いを求め、どきどきとそわそわを込めて手にしている電話を再び操作した。
こちらはゲットできて歓喜した番号。
『はい。登城です』
「あ――っ!、先輩俺です。池上スバルです」
『はい。私の電話にはスバルさんのお名前が表示されていましたので、スバルさんのお名前を聞く前にスバルさんだとわかっていましたよ。フフ』
登城先輩の晴れやかな声が俺の左耳をこそぐる。
話の中身はともかく、繋がって良かった。これで拒否られでもしていたら、俺はショックのあまり奇声を発していただろう。
「それは……凄いですね。で、ですね先輩。これと言って用事があった訳ではないんですよ。なんといいましょうか、アレです番号を折角教えてもらったので、一度ぐらいは電話しとこうかなーなんて」
昨日、送ってもらった時に登城先輩とは電話番号の交換をした。
先輩としては”アテラレ”のことがあるからだろうが、理由はどうあれ、俺のアドレス帳に初の美少女たる女子の電話番号が登録されたのだ。時折、スマホの画面に先輩の番号を表示させて、ニヤけていたのは言うまでもない。
『そうなのですね。お電話ありがとうございますぅ。一度と言わずに、今後も…………はい。わかりました。……いえ、大丈夫ですぅ』
「もしもし先輩? せん」
『はい。スバルさん私ですぅ』
「もしかして、何か忙しかったりしました?」
電話の向こう側で、先輩は誰かと話していたようなのだが。
『忙しくはないのですが、昨日の泥棒さんのことで家族会議中なのですぅ。ですので親族からのお話も聞かないといけません。私は聖徳太子さんではないのにですね、フフ』
先輩は、複数の話を同時に聞くことができたとされる聖徳太子ではないと、俺も思います。そして、もの凄いタイミングの悪い時に電話をしたものだなと、今俺は思ってます。
「す、すみません先輩。またかけ直します」
『そうですか……スバルさんに気を遣わせてしまったようですね。申し訳ありません。今度は私からお電話しますね。それではスバルさん、ごきげんよう』
「は、はいごきげんようです」
通話が切れたスマートフォンをズボンのポケットへ。
「泥棒で家族会議って……」
我ながらとんでもない時に電話したものだ。
ちょっとした気晴らしを求めただけなのに……。後悔の念が押し寄せてくる。
先輩に空気読めない男だなとか、思われたりしてないだろうか。
「はあ……」
意気消沈しながら手にする電話と、桜子からの手紙を……綺麗にしまう。
「一応、手紙だったし」
小学校以来かもしれない女子からの手紙。
とぼとぼ歩き出す俺の心が、少しだけうわ浮いたような気もしなくはなかった……。
つまりは嬉しいのだろう。いや、たぶん。