12 館へ、いざ参らん⑥
「遅くなってしまいましたね、申し訳ないのですぅ」
詫びる登城先輩に浮かれ気分な俺は、車の後部座席から大げさな仕草で窓を見て、
「いや、そんなことないですよ。日が落ちて暗いからそう感じるだけで、時間的にはまだ全然余裕っス」
気にしないで下さい、をアピールした。
池上家へひた走る黒塗りの高級車。以前乗った時と違い、隣には可愛い女子が同席しているのだが、あら不思議、たったこれだけの違いで、あの重苦しかったドライブが楽しいものへと変化しているではないか。
俺、来年車の免許を取りに行こう! そう決意した池上スバル高校二年生、春の一幕である。
「でもスバルさんのご家族が心配なされているのですぅ。急がなくてはなりませんね」
俺はゆっくり先輩との時間を過ごしてもいいのですが……。家路に就くきっかけが俺の妹、シズクなのだから、そう思うよな。
桜子による”箱入り少女の自虐ネタ”が終わってすぐ後、俺のスマホにシズクから苛立ちの声で、『学校から帰りもしないで何してんのっ、お母さん心配してるよ』と電話があった。
この連絡が元で帰宅することになったのだけれど……これ、違和感がありまくりなのである。
なぜなら、普段お袋は俺に『人様にご迷惑かけることだけはしないように』と言うだけの、放任主義の親なのだ。
勘ぐってみた結果、一緒にゲームをする約束をしていた俺への、催促だという結論に至る。素直にゲームしたいから、早く帰って来てと言えばいいのに。
きっと、何もかもが難しいお年頃なんだろう。
でもまあ、ややひねくれた妹の電話は丁度良かったのかもしれない。朝からいろいろあり過ぎて、さすがに疲れていたから。
故にシズクよ。兄は帰ってもゲームの相手はしないからな。
「それはそうと、今日はスバルさんに来て頂き本当に良かったですぅ。桜子ちゃんとっても嬉しそうでした。ありがとうございますぅ」
先程の申し訳なさそうな顔はどこへやら。まるで、自分のことみたいに喜び話す先輩。
俺って、半ば無理やり桜子ん家に連れて行かれたんっスけれどね……。
「確かに”あてられ”を披露してくれた時の桜子は嬉しい、と言うか興奮してたようにも見えましたけれど……」
「そうですぅ! あの時の桜子ちゃん、フフとっても楽しそうでした」
「ただ、それ以外……二人きりの時はぶっきら棒な感じで、無愛想でしたよ」
「スバルさんが桜子ちゃんに謝罪した時ですね。フフ、きっと緊張していたんですよ」
あの時は俺の方が緊張しないとおかしいような――
「あっ」
「どうかなさいました?」
「いえ……思い出したことが……ですね」
まあこの際、聞いてみた方がスッキリしていいのかな。
「その、先輩桜子に、……責任取ってもらいましょう、とか言いませんでしたか?」
「はい。言いました」
惚れ惚れするくらい、はっきりとお答え下さりありがとうございます。でもですね、
「先輩俺には無理っス。高校生の俺には絶対無理っス」
「フフ、大丈夫ですよ」
いやいや、こればっかりはダイジョバないです。
「スバルさんには責任を取って頂き、桜子ちゃんとお友達になってもらいますぅ」
「ま、まだ俺達には早いです……って、お、お友達ですか?」
「はい。ただ、こういう言い方は良くありませんね。ごめんなさい」
先輩が俺の手を、優しく握ってくる。
「今のは私の冗談ですぅ。でもスバルさん、お願いですぅ。桜子ちゃんとお友達になってあげて下さい」
どこら辺が冗談なのかさっぱりだが、深い色になった瞳。握ってくる手の熱。それらが彼女の真剣さを十二分に伝えてくれた。
「あ、あいつ、桜子がいいのなら……俺は別にいいですよ」
「ありがとうございますぅ」
お礼を言われたりすると、照れてしまう。――登城先輩は桜子のお母さんですか、と。
それにしても、友達になってあげて……か。
あいつ友達いないのかね。
「本当に良かったですぅ。スバルさんにのぞかれて、桜子ちゃん本当良かったのですぅ。桜子ちゃんには今しか――――」
先輩による桜子語りは続く。
俺は嬉しそうな語り手の冗談具合がわからぬまま、ただただ、目を注ぎ耳を傾けるのであった。
たった十数時間ぶりでのご対面だが、ビターブラウンの玄関扉を懐かしく感じる。
俺は帰ってきた、と言いたいところだがまだ家の中には入ってないので、この言葉はお預けだ。
「なんだろな……」
右手に学校の鞄を持っていた俺は、逆の手をドアノブに差し伸べようとして、ポツリ。
ようやく一人になったので、あれこれ自分のことを考えたいけれど、頭の中にはそれを邪魔する妙ちくりんな奴がいる。困ったものだ。
「あいつ……ふっ、もうちっとスマートに出来なかったものだろうか」
登城先輩の話によれば、桜子は五年前に”あてられ”今の箱入り少女、物理的に家から外出することが不可能な状態に陥ったみたいだ。
で、それから新しい友達が作れていないらしい。だから桜子は俺と友達になりたくて……あれでも一生懸命だったようだ。
あの箱入り少女のネタは、彼女なりに考えた友達作りのためアイデアだとか。
それをいじらしく感じるから――つい口元が緩んでしまった。
しかし、
「家から出られないなら、俺みたく家に呼ぶって発想はなかったのかよ……って」
そっか……まず、その呼ぶ友達を作らないといけないのか。
だったら、やっぱり先輩にお願いして誰か連れて来てもらうしか……ああ、でも”アテラレ”は秘密だったんだよな。バレないようにしなきゃいけないってことか……。面倒だし、なんか嫌だなそれ。
そうなると、俺みたいな”あてられた”奴の方が都合がいいって話で……。ううん、ややこしいな。
「てか、何俺は桜子のことで悩んでるんだ」
やめだやめ。左右に首を振り、
「んじゃいっちょ、開けてみますか」
気合一発、ドアノブに手を掛け……恐る恐る扉を開ける。
本当は、がばっと一気にいきたかったが、今朝のこともあるからね。
不快な音が鳴なり、ふう、そこにはいつもの光景と匂いが――
「ただいま」
俺は帰ってきた。