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出会ったあいつは『箱入り』なヤツでした。  作者: かえる
【 箱入り娘をかく語りき。~い~ 】
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11 館へ、いざ参らん⑤



 吹き抜けの天井に、王冠を模したシャンデリアを吊るしている柳邸のエントランスホール。

 今、ここと外を遮ぎるための重厚感ある扉は、大きく口を開けている。そこからのぞき見る空には星がわずかにきらめいていた。夜と呼ぶには些か早い時間帯のような気もがするが、春の太陽はすでにお休みのようである。


「桜子、ここでいいのか?」


 開扉されたエントランス付近にいる俺は、後ろを振り向き確認した。


「もうちょっと右がいい。入り口を塞がなければ問題ない」


 桜子は指図した後、見るからに走りますよ! という構えをする。

 ワインレッドの絨毯、ここからだとキャッチボールができそうなくらいの距離にいる少女の様は、クラウチングスタイルでもなく、”よーいどん”のそれであった。

 その可愛らしくどこか間抜けな”よーいどん”を、にこにこしながら登城先輩とセバスチャンさんが遠巻きにして見守っている。

 ううん、なんだろうな……あんまり楽しい予感がしない。


「では。いくぞ、スバル」


 桜子は掛け声と同時に、こちらへ向かって駆け出してきた。


「おいおいっ、何突っ込んで来てんだよっ」


 慌てて言ってみたものの、どうやら標的は俺ではないようだ。

 家の中から外に向かって、駆ける桜子。何がしたいのかわからんが、一生懸命ってのは伝わる。そのまま彼女は俺の近くまで走ってくると、飛ん――だ?


――っおいおい!?


――――なんと言えば……いや、適切な言葉は知っているし、これしかない。


「”消えた”!?」


 建物……外との境界線上にある空間とでも言えばいいのだろうか。その辺りに、まるで走り幅跳びでもするかのように飛び込んだ桜子が、姿をくらますとか闇に紛れたとはではなく、俺の前から忽然と、そうまさに消えたのである。


「気持ちわる……」


 俺は桜子が飛び込んだ空間をぶんぶん手で払うと、そう言葉を漏らす。

 別にグロテスクとかの意味ではない。

 人間が消えるっていう、想像はあっても認識はないのにもかかわらず、それを目の前で見てしまったのだ。そわそわとして落ち着かないような、感覚的な気持ち悪さってこと。

 例えるなら、左右違う靴下を履いてるような気分かな。

 俺はオシャレさんではないので、両方同じ物がしっくりくるんです。


「どうだ。驚いたか!」


 俺は、後ろから飛んできたこの言葉にビクっとなる。

 確かにいきなり声を掛けられて驚いたが、尋ねられる意味はそのことじゃないだろ。


「おお、ええと、おお!? 驚いたって言うか――」


 振り返れば、消えたように見えた桜子が肩で息をしながらたたずんでいて、そのしたり顔は、どこか俺の反応を楽しんでいる様子に見える。


「いや、驚いたけどさ……。アレだろ、手品とかじゃないんだろ?」


 一応、仕掛けがないかと疑って消えた辺りを探ったりしたのだが、収穫は無し。けど、これがさっき桜子の言っていた”百聞は一見にしかず”で、しかもそれが”アテラレ”によるものだということは想像に難くない。さっきまで散々話をしてたしな……。

 だから、確認の意味で彼女に問うたのだ。


「手品ではない。これが私の”アテラレ”だ」


「……もしかして、瞬間移動ってやつか」


 動揺しながらも答えを求める。正直、こんな物理学者が頭を抱えるような事象を経験して興奮と戸惑いのるつぼだ。

 消えた現象そのものは当然として、桜子が”あてられ”ていた事実と、それが予想以上に凄かったので何かと驚いている。

 だって、美少女達との談話に出てきた”アテラレ”は地味で、俺が思い描いていたのとは全然違っていた。それなのに、これは……特殊な力の代名詞みたいなテレポーテーションときたもんだ。


「瞬間移動はしていると思う。けれども、スバルの言ってるのとは、たぶん違う」


「ん? どういうことだ」


「私が家から外へ出ようとする。すると”瞬間移動で戻される”」


 解説しつつ、桜子は近づいてくる。


「へーそうなんだ……」


 なるほど、戻される時にテレボートの現象が起きるんだな……。

 ええと、つまりそれは……いや、考え過ぎか……?


「なあ桜子。お前のそれって……なんつーか”常時”発現するのか」


「うん。そうだ」


 ここにきて、桜子が学校に通えない理由とこの”アテラレ”が、頭の中で繋がった。


「そ、そしたらお前、……家から出られないってことにならないか?」


「うん。そうだ」


 俺の心配は他所に、桜子はさも当たり前ように答える。

 思いなしか、一度目と比べて『うん、そうだ』が、より弾んで聞こえたような。


「だから、スパル。よく聞くのだ」


 桜子は俺が抱いている憐れむ感情にはお構いなく、何やら表明でもするのか耳の穴かっぽじって、と言わんばかりの様子で、黒い瞳は強い光を帯びていた。


「私はまさに、箱入り娘なのだっ」


 少女は鼻息を荒くして、俺に言い放つ。

 どうしよう、ドヤ、てな擬音とともに時が止まる。


「――――――――」


 ”自虐ネタ”だよな、きっと。

 そして、アレだ。

 桜子の白くきめ細やかな肌の頬を紅潮させ、どうだ! と自信に満ち溢れた眼差しを見るに、俺は確実にリアクションを求められている。

 笑ってやるべきか……いやいや、家から出られないって不幸すぎんだろ。笑っちゃいけないところだろ。


「な、なあ、桜子?」


 呼びかけてはみたものの、桜子は……ただただ、俺を見ているばかり。すんごい見てらっしゃる。

 しかたがないので俺は、ネタに無難な批評をつけてやることにした。


「星三つってとこじゃないか?」


「三つか」


 お嬢様だからなのか、もしくはネット通販を利用しているからなのか。桜子に星評価は通じたみたいだ。


「私とかけて、”アテラレ”と解いた、とても上手な謎かけだと、ユイちゃんは言っていた」


「それ謎かけか?」


 目の前にて、しゅん、と風船が萎むような少女を見てしまう。

 うぬーう。


「ま、まあ、でもアレだ。そうアレだ。お前のイメージだと、娘ってよりも箱入り少女の方が合ってるんじゃないかなーて、思ったりそうでなかったり」


「おおっ、スバル。はぅ、それだと星4つになるか?」


「ああ、なるなる。星4つ、おめでとさん」


 そう返してあげた俺の言葉に、少女は至極ご満悦の様子となった。

 そんな桜子に少しだけ罪悪感を抱きながら、心の中でそっと呟いてしまう。


――――ただ、俺の星評価は10個満点なんだけどさ。


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