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出会ったあいつは『箱入り』なヤツでした。  作者: かえる
【 箱入り娘をかく語りき。~へ~ 】
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07 みやと斎場⑤



 俺には鏡眼や獅子王を使った経験がある。

 その時、俺は知らないことを知っていた。

 鏡眼を通し初めて視たはずの”アテラレ”を俺は理解できていたし、初めて振るう獅子王の力を制御できたりもした。

 『玉珠の記憶』とは俺が”アテラレ”から教わったと感じていたもの。”アテラレ”が人から人へ宿り得た情報を意味しているのでは。


「『玉珠の記憶』……か。なんでそんなもんがあるんスかね」


 我が家の新旧の違いを言い合っている他所の姪と叔父に投げかける。


「考えるな感じろ、なのだ」


「本当にそうだと僕も思うよ。こうして鉄雄君の息子さんと出会うきっかけにはなってくれたけれど、『玉珠の記憶』があるお陰で玉珠は一度しか持てないから、困った性質だろうね」


 選考するまでもなくトッキーさんの意見を採用するとして。


「一度しか持てないって、”移し”のことですか?」


「いろいろ知っているようで、僕は苦笑いしそうになるけれど、そうだね。宝珠は美食家で好き嫌いがあると言えば良いのか、まるで意志があるように選り好みをして、一度得た記憶を持つ人には興味を示さないようで、同じ玉珠を同じ人間が持つことはないから。二度は……ね。ここのコーヒー案外美味しい。どこのメーカーだろう」


 ずびび、と液体をすする音が鳴る。

 美食家の例えが思い出させたのか、丸い顔を少し曇らすトッキーさんが、ずっと厚みのある手で包み込んでいた紙コップを口へ運んでいた。


 トッキーさんの尻窄すぼみな終わり方をした話、”あてられ”は二度移せない条件に、鏡眼を京華ちゃんへ移し返した俺としては異を唱えたくなる。……けれども、だ。

 トッキーさんの様子は見るからに桜子を気遣ってのこと。十中八九、頭の中では『玉珠』イコール『淵源えんげんの”あてられ”』となっていそうだ。


 まるで意志があるように――、そう聞いて少し体温が下がった俺の感覚が、この考えを後押しした。

 特別な”アテラレ”だからこそ、還りたがっている。


「獅子王のありがたみがわかりますね」


「……だね。母は玉珠の扱いに長けていたから、もしかしたら母なら初代御子神獅童の御業を再現できたかも。なんて、ないものねだりだから、いけないいけない」


 ないものねだりか……でも、ありさえすれば、桜子の境遇は一発で改善される。

 ”移し”の条件が本当なら、桜子は誰だろうと『天之虚空』を移せない。仮に誰かに移した場合、二度と『天之虚空』を宿せなくなる。

 柳家の人間として役目を担う桜子が、完全に箱入り少女から開放されるは、……誰かと結婚して、次世代へ渡す時になる。

 何十年か後、いいやこいつのことだ、自分と同じ思いをさせたくないと、亡くなるその時まで『天之虚空』は渡さないだろうから、桜子はずっと……。


「スバルもおかわりか?」


 やっぱり目は口ほどにものを言わない。

 桜子が自分へ向けられる視線から読み取ったのは、飲み物を欲する俺だったらしい。


「俺は別にいいよ」


「スバル、遠慮しなくていいのだ。トッキーは見たまんま太っ腹なのだ」


「スバル君。僕のお腹は関係ないけれど、遠慮はしなくてもいい。僕ももう一杯このコーヒーを飲むつもりだったから。桜ちゃん丁度いいタイミングだったよ」


 トッキーさん少し姪っ子に甘すぎやしませんか。

 自動販売機前、叔父がちゃりんちゃりんとお金を入れる様子を、奢られる側の桜子が得意げになって見ている。


「トッキーが飲んでいたのは、どれなのだ」


「僕が買ったのはこれだけれど。これ、砂糖もミルクもないブラックで、たぶん桜ちゃんには苦いから。他のを選んだ方がいい」


「言いたいことはわかるのだ。子供にコーヒーは早いと言いたいのだ。けれど、トッキーの知らない間に私もずいぶん大人なのだ。もうすぐ女子高生なのだ。トッキーは苦いコーヒーを飲むのに甘い男なのだ」


 のだのだ、うっさいのだ――じゃなく、既に俺とタメの桜子よ。勢いだけでたいして上手いこと言えてないから、どやっとするのはやめなさい。大体、


「コーヒー飲めるかどうかで大人アピールとか、お前は小学生か」


「桜ちゃん。ブラックは好みだから。別に僕と同じ物を飲めなくても、子供扱いなんてしないから。無理して飲まなくても」


 俺とトッキーさんの言葉が合わさる中、自動販売機のボタンがピッと押され、中腹辺りにある四角い窓がパコ、と音を立てる。そして、機械音とともにジョボジョボ。


「無理はしていない。トッキーは美味しいと言った。私は大人の女性なのだから、味にこだわるのだ」


 そのこだわり、世間じゃ背伸びって言うらしいぞ。

 聞こえるはずもない俺の皮肉に、取り出し口をのぞくぼんぼり頭がくるり。


「スバルは何を飲むのだ。バナナジュースか?」


「バナナ? おいおい桜子さん。なんで俺がそんなモン飲まなきゃいけねーんだよ。もちろん俺も、桜子とおんなじヤツ。ブラックでよろしく」


 俺は元から味の違いがわかる男だ。

 よって、ごくごく普通の注文だった。




 両の手の内に、黒くて丸い湖面があった。

 落とさないよう、わしっと握る紙コップをのぞけば、それぞれ半分と減っていないブラックコーヒー。右手は俺ので、左手はトイレへ行った桜子の分だ。

 俺とトッキーさんは、大人の苦味から逃げ出した桜子の帰還を待つ。


 一見して人気のない場所に、初めて会った友達の叔父さんと二人っきりなんて、俺じゃなくても遠慮したいシチュエーションではなかろうか。

 だがしかし、心配ご無用である。

 俺が嫌う『沈黙する間』なんてもの、桜子の叔父さんにかかれば敵ではない。

 本来なら内緒話だからとか、御子神家のお嬢さん辺りに知られるとまた叱られるだろうなどと述べつつも、その喋りは衰えを知らない。


「恥かしながら僕は、今日の式へ姪が出席する段になって、ようやくスバル君の事を知った。僕が忙しくて、なかなか実家へ寄りつかなかったのも悪いけれど、どうも姪は一人で背負い込む傾向があってね、それで。僕が姪から嫌われているとかではないから。……僕嫌われてないよね?」


「俺に聞かれても困るんスけど、桜子は気持ちがすぐ顔に出るタイプなんで、嫌われているとかはないんじゃないんスかね。俺が見る分には、仲睦なかむつましい叔父と姪に見えてました」


 俺の正直な感想に、嬉しさを隠そうとしない柔らかい顔が返ってくる。


「スバル君が頼もしい。姪の事をよく分かっていてくれるから」


「頼もしい? スか……なんかありがとうございます」


 話の趣旨にピンと来ていないけど、言われて悪い気はしない。


「姪にとって友達、それも同世代の友達はかけがえのないものだろうから。僕には無理で、嫉妬するくらいに感謝しているから」


「嫉妬するくらい? スか……なんかすいません」


 トッキーさんの姪っ子へ対するラブ度が高い。


「嫉妬はその、姪の力になってやれない僕自身の不甲斐なさを揶揄したもので、冗談みたいなものだから。君が謝ると可笑しな話になるから、ね」


「ういっス。冗談了解ス」


「僕も素直に感謝しているとだけ言えば良かったのだろうけれど、ついつい恥ずかしくて言葉を足してしまった。それで、僕の話はスバル君の胸の内に納めてくれると嬉しい」


「トッ、……今の話を桜子には聞かれたくないってことですね」


「若い子はこういうお節介が嫌でしょ。叔父が影でこれからも姪と友達でいて下さい、なんて頼み事していると彼女が知れば、僕は嫌われるだろうから」


 姪っ子中心の思考がどこまで本気なのかわかりかねるが、トッキーさんがさっき俺に贈った感謝の意味は理解できた。


「常葉さんが桜子に嫌われることもないですし、俺に感謝とかお願いとかいらないスよ。俺は好きで桜子と友達っスから」


「親子だね……。さて、姪が戻って来たようだから。そろそろ準備をしましょう。もうすぐ御大のご出棺だろうから」


 親子って何が? と聞き返そうとした矢先、叔父からふんだんの愛情を注がれている姪が戻って来た。

 トッキーさんはここから移動するようで、飲み干した紙コップをゴミ箱へ捨てると、桜子と一緒に立ち去ろうとする。

 中身のある紙コップを処分できない俺はおろおろ。


「ちょちょ、桜子はこれどうすんだよっ」


「私はもうお腹いっぱいなので、スバルにあげるのだ」


 ありがた迷惑な一言まで残し、桜子はトッキーさんとスタコラサッサ、振り返りもしない。あんにゃろ。

 俺は、意を決して開いた喉をゴクゴクと鳴らす。

 一杯目完遂。くにゅっと握りつぶしてゴミ箱へ投下し、間髪入れず二杯目をトライだ。


「だらっ、舐めんなよ、コンチキショウめ」


 おらっと指定の場所へ投げ込み、膨れた腹を揺らして小さな背中と大きな背中の後を追う。

 始終、流れのままに耳を傾けた桜子の叔父さん主導による座談会。最後は苦い後味で幕を閉じるのであった。



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