06 みやと斎場④
俺の親父、池上鉄雄は寡黙な男である。
酒が入ると管を巻き面倒な親父へと変わるが、日常会話くらいなら一言で済ませてしまうような人で、口数も少なければ自分のことも進んで話さない。
だから俺は親父のことを大雑把にしか知らないし、必要以上に知ろうともしない。
得てして俺が親父を嫌っている訳でもなく、自然と干渉し合わない父子の関係が築かれていた。
そのような間柄なのだ。親父の交友関係に、しかも本人抜きで俺が関わりを持つなんて、夢にも思わなかった。
斎場ロビーの端っこも端っこ、紙コップ式の自動販売機がぼつり置かれているだけの場所。
親父の名を口にしたトッキーさんが、ここではなんだからと、場所を移したそこで、大方仕事繋がりだろうと感を働かせていた俺を裏切り、語られた話には小学生時代の池上鉄雄が登場する。
当時、小学生同士であったトッキーさんと親父。出会いはトッキーさんの母を訪ねて池上家、だった。
実は俺の婆ちゃんがトッキーさんの本当の母親で、親父とは兄弟だったや、ちょい捻って義理の兄弟だったでもいいけど、そこには連ドラ的展開も名作的な劇場の感動もない、ただの訪問があっただけで、やはりと言うか、いい加減新鮮な驚きもできなくなりつつある”アテラレ”がお出ましとなる。
トッキーさんの目的が『天之虚空』を宿す母親、千代さんだったからだ。
ある日のこと。トッキーさんが学校から帰宅するといつも出迎えてくれた母親が家にいない。
”アテラレ”である母親の特質性を知るトッキーさんは、子供ながらに異常事態だと危機感を覚え、執事の瀬良さんを頼り行方をくらました母親を探す。
そうして行き着いた先が池上家で、トッキーさんは出会った俺の親父池上鉄雄と友達になった。
俺はこの話を聞いて、千代さんと他界している俺の祖父母とは顔見知りだったのでは、と思う。
千代さんの家への訪問手段は、はっきりしている。空間接合だ。よって我が家へ不法侵入を犯していた――とは考えにくい。
なんと言うか、俺と桜子、親父とトッキーさん、千代さんと祖父母。不思議な縁を感じる昔話だった。……と、ここまでで俺としては良かったのだけれど、語り手がトッキーさんである。特典でおまけ話がつく。
余談だけど、から始まったトッキーさんが御子神家に借りを作ってしまった話。
要点だけ言ってしまえば、『天之虚空』で転移した千代さんの居所を調べるのに、”鏡眼・怨鬼”の力を借りたようだ。
”アテラレ”を視ることができる『鏡眼』は、怨鬼化で覚えている”あてられ”を探知できるとのことである。
「鏡眼と言えば、スバル君は御子神のお嬢さんと面識があるよね。それで、彼は”玉珠持ち”ではなかった。そうだったよね?」
トッキーさんはしゃがむ桜子へ視線を落とす。
手にする紙コップの中身は冷めたのだろう。自動販売機から取り出された時に揺らめいていた薄い湯気は、もう見当たらない。
奢ってもらった飲み物を空にする桜子が立ち上がる。
「うん。スバルはアテラレてない。私、嘘付かない」
「京華ちゃんからは、そう言われましたけど」
俺は西部劇で観た『インディアン嘘つかない』を彷彿とする桜子の答えに付け足す。
しかしなんだろう。トッキーさん引っ掛かる言い方だなあ。
「僕は桜ちゃんや御子神家のお嬢さんを疑ったりしていないから。ただね、お母さん、母が『絆手』を使っていた覚えがないから、母が何かしらと少し気になった程度で。それでもスバル君が姪と出会った経緯は、『玉珠の記憶』で説明がつくから。僕の思い過ごしでしょう」
「『玉珠の記憶』? ですか」
「”アテラレ”の記憶とはなんなのだ?」
またか。竹を割ったような桜子は”あてられ”を『玉珠』と言い換えない。
斎場のような公の場で言葉そのもの聞かれたくないから、トッキーさんはわざわざ『玉珠』の隠語を使っているはずなのに。
全然隠れられない隠語に合掌して、ついでに俺とトッキーさんで挟む桜子を訝しがる。
「なんとなくわかってはいたけど、やっぱお前ってなんも”あてられ”のこと知らねーのな」
「おう、なのだ。私は”あてられ”に詳しくない。スバルと一緒なのだ」
「……自分のことなのにな」
えへん、とない胸を張る桜子に、俺はない帽子を脱ぐ。
呆れも度を越せば脱帽したくなるものだ。
「スバル君、姪が玉珠に関して疎いのも仕方がないと思う。きっと椿姉さん、母親が何も伝えていないから」
「な……るほど」
どうしてだか、とても素直に納得してしまった。
「それで、玉珠は所有者の経験を記録するから『玉珠の記憶』はそのままの意味で、姪が預かる以前は、姪の祖母が所有者だから」
「おばあちゃんがスバルのお家遊びに行っていたから、私の”あてられ”は私の部屋とスバルのお家をくっつけたのか?」
「誰かは愛の力だなんて言い出しそうだけれど、桜ちゃんの玉珠は無作為ではなく、母の記憶が作用したから彼の家、厳密には場所を選んだと思う。彼のお父さんはご自宅を新しくなされたようだから。そうだよね」
「っと、はい。なんかそうみたいです」
桜子から俺へ視線を移し確認を求めたトッキーさん。全然新しくないんスけどね。
けど、小学生時代の親父と交友があったトッキーさんにしてみれば、旧池上家こそが池上家で、シズクが生まれた時に建て直されたらしい今の家は新池上家になるんだろう。
それにしても思わぬところで、だな。
どうして今、俺が初めて桜子と出遭った理屈の話になっているのか首を傾げたくもなるが、もたらされた『玉珠の記憶』は興味深い――。




