04 みやと斎場②
人探しをしていて気付いたことがあった。
――参列者に偉そうな人達が多い。
見かけた学校の校長先生は実際に偉いんだろうけれど、俺の親父のような庶民臭を撒き散らすおっさんが見当たらないし、女性の中には、語尾に『ざます』が聞こえてきそうなおば様方もいたりで、由緒正しい名家である登城家の葬式には、品格溢れる大人達がたくさん集うようだった。
そして、偉そうな人達の中に、別の意味で萎縮してしまう人を発見してしまったのだから驚きである。
俺の目をぱちくり瞬かせた、尋ね人ではない美人さん。二度見した先には、俺のクラスの吉野ハルカではない、本物の、テレビや雑誌で知るアイドルがいたのだ。
先週読んだ週刊マンガ雑誌のグラビア巻頭カラーを、しっかり焼き付けていた俺の目に狂いはない。高確率で本人だった。
でも結局、声を掛ける勇気もなくて、うわ、うわ、とミーハー根性丸出しで遠くから眺めるだけに終わり、現在、一階ロビーへ舞い戻った俺は高鳴った気持ちを和らげる為、角っこに置かれていた自動販売機で紙パックジュースを買い、ストローでちゅうちゅう中身を味わっていた。
「登城家、ハンパねえ……」
超一流の一般人である自分が場違いな所へ来ていたことを悟り、俺が桜子を探す理由がよくわかった。
たぶん俺、こんな場所に一人で居たくないんだ。
飲み干し吸引力で凹ませた紙パックを、自動販売機に備え付けてあったゴミ箱へ放り込む。
さあ、探すぞ、と気合いを入れ直して足を踏み出したら、すぐ様その足が退る。
傍らでは人目をはばかるようにして、声を潜め話す二人の男性。
立ち去ろうとした俺の耳は、ロビー隅で談話する大人達の会話から『御子神の若い当主』のワードを拾っていた。
聞き耳を立てるなんてのは、あまりよろしくないだろうけど、探究心旺盛な俺の耳は時に悪さを働く。
「――の事で、登城家と御子神家、いや御子神の若い当主とは、ますます遺恨が残るだろう。八雲様に続き、宗司様もなのだからな……」
「宗司様の最後は天寿によるものだと、私はうかがっているが」
「弟御である弘宗様へ『玉珠』をお預けになってから、宗司様はご体調を崩された。事の起こりは、御子神家によるものらしい」
「本来『玉珠』を受け継ぐはずだった八雲様の事もあり、周りも穏やかではいられないか」
「宗司様のご令孫である八雲様は、あの御子神の若い当主の手にかかり命を落とされた。そして、今回も関わりを持つ。やはり、登城家の溜飲を下げるには御子神家の、……場所を移そう」
馴染みのない単語を並べ話していた男性達は俺に一瞥をくれると、すーっとどこかへ行ってしまう。
盗み聞きなんて邪なことをするんじゃなかった。
俺は自責の念に駆られる。マナーの部分もありはするけど、今後悔の大半を占めているのは、男性達の話にあった御子神家の若い当主、獅童さんへの憶測が止まらないからだ。
ふっと呼び覚まされた記憶あった。
獅童さんは”二人”の人を殺めていると言った。
一人はジンが語ったシスターさん。もう一人は……登城先輩には兄か弟がいて、その人を……。
俺は天井へ向かって生える大きな円柱目指してゆっくり歩く。ずんと重くなる心に耐えかね側にあったソファへ座った。
獅童さんと登城先輩の関係が気になる。お互い顔を合わせた時、どういった心境なんだろう。それに俺。
「今までと同じ顔で、二人と話せるんだろうか」
腰掛ける数人用ソファを独占して、あれこれ考えていた俺の頭は重みを増していたようだ。僅かな空白の時間を経た後に周囲の物音が合わさる意識は、硬めの座面から投げ出す自分の足元を傍観していた。
磨かれた床に負けず劣らず、革靴はてかてか光っている。
「迷子のスバル、発見なのだ」
俺の頭のつむじ目掛け、指差ししている様が手に取るようにわかる声だった。
整理され、随分と軽くなった頭をすっと起こせば、案の定である。指先からレーザー光線でも放たれんばかりの人差し指が向けられており、俺を不可視の攻撃で撃ち抜いた桜子が、ずんずんとことこやって来る。
上向く俺の視線は、真向かいで突っ立つ桜子を下からのぞくローアングル。滅多にない角度から眺める高得点の楚々(そそ)とした顔は、女性らしい長いまつ毛を伸ばす。
「どうかしかのか。スバル、ちょっと元気ない」
「そうか?」
俺は最低三十五点らしい自分の顔にメランコリックな演出を施しているつもりはないので、桜子の洞察力を賞賛したいところだけれども、
「迷子の桜子を探すのに疲れて、ここで少し休んでいただけなんだけどな」
まずは、迷子呼ばわりをきっちりお返しします。
続きましてはお尋ねしたいことがありますので、お耳を拝借――すべく、桜子へもっと近づくよう手招きをする。
脇を締め狭苦しく忙しいモーションで手を振る俺は、桜子から付かず離れずの距離で一人佇む大人の男性に気もそぞろなんです。
「……後ろの太っ、体格のいい人って、お前の父ちゃんだったりする?」
ひそひそ声に、艶やかな黒髪を左右へ揺らす桜子からはおじさんと一言返答があった。
そりゃ言わずもがな、俺の親父と似たり寄ったりの年齢に見えるのでおっさんだろと思ってから、自分が桜子へ問い掛けた内容を顧みる。
「そのおじさんかあ」
不順した思考回路を正す頃には、桜子が両手を大らか振る俺とは対照的な手招きで、ぼっちゃりフォルムのおじさんを呼ぶ。
俺は座っていたソファから急ぎ腰を上げた。
「私の叔父さん、トッキーだ」
「どうも、初めまして、柳常葉です」
桜子から紹介されたおじさんは会釈。
すると、すかさず俺へトランプよりも小さいカードを差し出してくるのだった。




