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出会ったあいつは『箱入り』なヤツでした。  作者: かえる
【 箱入り娘をかく語りき。~へ~ 】
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03 みやと斎場①



 エレベーターも完備する『みやと斎場』一階ロビーでは、これみよがしに天井を支え立ち並ぶ、どっしりした円柱の影にて、男がきょろきょろ周りへ目を配る。

 円柱を囲むソファに座り、悲しそうな表情を浮かべる黒いご婦人に、難しい顔で立ち話をする、恰幅かっぷくの良い黒い中年男性。大きなガラスが一面に張られた壁側では、ガラスにぺたぺた手垢を付けて遊ぶ黒い子ども達がいる。

 明るい色を基調とする空間に黒のコントラスト。

 様々な喪服姿の人影に、何やら人を探している様子のこの男であるが、人様に見られて赤面する本やら、秘匿したくなる物など持っていたりしないけれど、何を隠そう俺である。


「コンチクショウ、どこ行きやがった」


 エスコートする相手が迷子だった。

 目を離した隙にどこかへ姿を消した桜子。初めはトイレだろうと思ってしばらく見失った場所で待つも戻って来ず。途方に暮れていても仕方がないので、俺はこうして斎場内を捜索しているのだが。


「きっとこれが、母親心ってやつだな」


 胸中で無駄にそわそわする気持ちを、行方知れずになった子どもを探す母親のそれと位置づける。

 しかしながら、普通のお母様方と俺には違いがあり、箱入り少女の桜子は絶対に建物内にいる訳で、外出がない点は安心だった。


「と、最近は子ども用の携帯あるし、逆に安心できない立場なのはもしかして俺の方か」


 スマートフォンがない不便さを痛感しつつ、俺は捜索範囲を上に移すべくエレベーターへ乗った。

 二階行きのボタンを押す。扉が閉じ、四角いエレベーターは上階にて止まる。そうして滑らかに扉が開くと、正面に一人の女性がいた。

 目尻が上がるキツネ目の顔を認識した瞬間、俺の母親心そわそわが、血の気が引くゾワゾワへと急変する。

 菖蒲あやめとか呼ばれていた女っ。


「おま、お前っ! なんでこんなトコにいんだよっ」


「少年、私は騒ぎを望まない。今は宗司様の喪に服す時。私に語る口はない」


「知るかっ、お前がっ、お前は人一人殺してん――――っ」


 ネクタイを掴まれ引っ張られた俺と、ネクタイを掴み引っ張った女との位置が入れ替わる。

 エレベーターの外に、強烈な尻餅をつく俺。中に、半身はんみの構えでこっちを見下ろすキツネ目。


「しかし、御子神の若い長と少年の命の灯火は許されない。宗司様の無念を晴らすため、いずれ私は言葉を語る」


 無表情で無機質な物言いは冷淡さそのもの。だが、女のつり上がる目からは、どろっとした絡みつくような熱を感じた。

 俺からキツネ目の女を隠すようにして、エレベーターの扉が閉まる。

 閉じゆく扉の隙間――女の口尻がニヤリ、笑うようにも見えた。


「クソっ」


 引いた血の気がどっと押し戻ると、俺は床に拳を打ち付けた。

 平常時より早く脈打つ鼓動に、胸を押さえ立ち上がる。


――逆恨みもいいところだろ!


 あの女、登城の爺さんが亡くなったのを、俺や獅童さんが元凶だと言わんばかりだった。

 少なからず俺自身、『万物流転』を”移し”てから、元気がなくなったと聞いた爺さんの最後に、因果関係がまったくないとは思っちゃいない。

 だけどだっ。登城の爺さんは一昨日、天寿を全うしてこの世を去った。俺はその死になんら関与していない。


「獅童さん、なんであんな奴野放しにしてんだよっ」


 身柄を拘束した御子神家がどういう判断、対処を施したのか。俺がまだ知らないまでも、キツネ目が警察へ突き出されていないのは明白だった。

 ただし、……獅童さんに当たるは、あの女と同じで筋違いだ。


「あいつを取り締まるのは、警察の仕事だ。獅童さんを……信じよう」


 獅童さんは俺なんかよりよっぽど頭が回る人だし、むやみに街の人達を危険に晒すようなこともしないはず。ムカつく程に納得できないが、人の命を奪った者が平然と闊歩かっぽしていた事実を……今だけは、受け入れるとしよう。

 女の口ぶりからすれば、今日明日にでも俺や獅童さんに危害が及びそうな気配はなかった。だから、獅童さんにキツネ目の経緯いきさつを、今日は無理でも近いうちに問いただす余裕はある。

 今からでも聞きに走りたいが、御子神家の代表として登城家親族の席に座る獅童さんは無理だ。なら――。


「京華ちゃんか……。けどなあ。なんか聞いたって、池上殿。兄様のご判断に問題などあろうはずもない。案ずることなかれ――とかで、さらっと返されて終わりそうなんだよなあ」


 俺、ばりばり案じますよっ、問題ありありですよっ。あの菖蒲あやめって女から、お命狙頂戴します的なこと言われてんだからさ。


「すこぶるスッキリしねええーよおおっ。桜子も探さなきゃだし、京華ちゃんも探し出して食い下が、るふぎゅ」


 首が突如、勝手にそっぽを向いた。

 俺の頬が、硬い親指と残りの指によって両側から圧迫されている。バっと自分のあごへ繋がる腕を握った。

 墨を吐くタコのように俺の口をにゅっと尖らせる手から、腕を伝って終着点に目をやれば、つるつるで髪の毛がない、それこそタコのような丸い頭が待っていた。

 知らないタコ、もとい禿げた爺さんが、俺に意味不明で不躾過ぎる行動をやらかしている。


「ひきにゃり、にゃいするんれすか。ひゃなしてくらひゃい」


 俺は『いきなり、何するんですか、離してください』と、ふがふが抗議の声を上げた。

 たとえ、背後から迫まる人の気配に気付けないくらいの集中力で、友達の口癖マネたり喚いたとしても、俺にこんなことされるいわれなんてないはず……だが。

 アレか。もしかしたら、場所が場所だけに静かにしろってことなのか……。それともエレベーターを使おうとしたら、俺が邪魔になっていたから……。

 弱った。過失、なきにしもあらず。

 でもですね、和装のお爺さん。だからって、このやり方はちょっと強引で非常識だと俺思います。

 俺って割りと融通が利く方の若者なんですから、優しく声を掛けて注意してくれるだけで良かっ――、


「ひれれっ」


 俺の顎を乗せる手に力強さが増し、痛みで声が漏れる。

 一向に手の力を緩めてくれない爺さんは、俺の苦しみに目もくれず、連れる若い女性と何やらアイコンタクトで会話している。

 さすがに年寄りだからって遠慮してられない。

 俺は少し乱暴に振り、あれ? 振り払――えない! 老体の見た目からは想像もできない握力と腕力で、がっちり固定されている。


――この爺さん何!?


 ただ者ではない気配にぴりっとしたら、禿げた爺さんと目が合った。

 威厳ある面持ちだった爺さんは、顔に唯一生きた毛が密集する白い口髭を空く方の手で擦りながら、骨董品でも値踏みするかの如く、俺の顔を眉をひそめてはまじまじとのぞく。


「こやつが、例の若人わこうどで間違いないのだな。ふうむ、孫が珍しく男の話なんぞしておってからに、そこそこ期待していたが……。あまりぱっとせん面構えだのう。話とはえらく違うわい。そうじゃな~、三十八……いいや、三十五点くらいが関の山ではないのか」


 クソったれ。失礼極まりない言動なのに、『50点満点中』か『100点満点中』かが気になるっ。


「こにひゃく、てー、ひゃなひぇ」


「それはそうと、何時ぞやは拙い孫が世話になった。聞けば、その身を顧みず頑張ってくれたらしいのう。このじじいからも礼を言われてくれ」


「ぢいひゃん、ひょくわかひゃんぎゃどわかんろが、こけけひいうらいどじゃねいだほっ。いいかれんひゃなけっ」


 秘めることなくぶちまけた心の声は、『爺さん、よくわからんけどわかんのが、これ礼言う態度じゃねえだろっ、いい加減離せっ』である。


源濔げんない様。エレベーターが参りました」


 女性の声を合図に、俺の顎が掴んだら離さない万力のような手から開放された。

 熱を帯びる両の頬をあひあひ言いながら擦る最中、爺さんは何食わぬ顔で若い女性が待つエレベーターへと乗り込んでゆく。


「ではな、若人。婿入りする時はじじいに挨拶へ来いよ」


 捨て台詞を吐く禿げた爺さんは、にっと歯を見せ、同行する若い女性はお辞儀をする。

 呼び止める間もなく、二人の姿は四角い箱に包まれた。


「いったいなんの話してんだよ……、けど」


 あの爺さん、呼ばれた名前は、どっかで聞いたような気がするんだけどなあ……。


「駄目だ、思い出せねー」


 気持ち悪さを覚え、むずかゆくなる頭を掻いてから、ぴしゃり扉を閉じたエレベーターの前で誓う。


「以後は、階段を使おう」


 お尻とほっぺたをでる俺は、少女達の捜索を再開した。





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