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出会ったあいつは『箱入り』なヤツでした。  作者: かえる
【 箱入り娘をかく語りき。~へ~ 】
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02 お墓参り④


 約一週間前の壁穴から飛び降り足の骨を折ったあの日。

 あの日あの時に発見した新しい『天之虚空』の制約があった。


 はっきりとした理由はわからないし、はたまた、出会った頃から既に使えたのかも知れないそれは、俺が箱入り少女から桜子を開放する二つ目の要因で、京華ちゃんが便宜上呼び名も必要だと、絆ぐ手と書いて――『絆手つなで』と命名してくれた。


 俺にしか担えない『絆手』。

 この役割を果たす為、こうして桜子を迎えにやって来た。

 本日エスコート役である俺は、すっと手を伸ばす。手の平に桜子の柔らかい手が乗り『絆手』は発動する。

 手を繋ぐ俺達はエントランスから、見えない境界線を乗り越え外へ踏み出た。

 目にする光景はおおよそ普通で、誰もが仰ぎ見る青空や誰もが踏みしめる大地。そこから絶景が望める訳でもなく、そこに驚くような状況が待ち構えている訳でもなく。

 けれども、俺や桜子の瞳に映ってしまえば特別なものへとなった。


――自分が感じる世界を分かち合うことができる。


 たったこれだけの理由で、世界は輝くんだ。

 きっと隣の桜子は、俺以上に眩しいんだろうな。


「けどまあ、そうは言っても、桜子さんもだいぶ落ち着いたご様子で」


「なんのことだ。私はいつも落ち着いている」


「白々しい」


 素知らぬ顔であらぬ方向を見て誤魔化そうとする桜子に口角が緩む。

 手を繋いだ後、俺と触れている間だけ外へ出られる『絆手』に気付いてから三日くらいか。

 放課後になると瀬良さんに問答無用で拉致られ、興奮状態の桜子にあちこち日が暮れるまで連れ回された。俺、足の骨折れてたのに。


「あんまりぐいぐい行こうとすんなよ。俺はまだ走れねーからさ」


「おお、あれだな、あれに乗ってお葬式に行くのだな。京の車は大きいの――」


 近くに留める白いワンボックスカーを見つけた桜子が大きな声を上げる中、強く引っ張られた腕が軽くなる。繋いでいた手が離れた。


「がああ、お前ってヤツは、言ってるそばから……」


 今更言ったところで手遅れなんだが、忽然と消えた桜子へ嘆く。

 外で『絆手』の条件を満たせなくなった場合、桜子は連れ出す前に居た建物内へ瞬間転移する。だから桜子は現在、柳邸のどこかであうあう言っていることだろう。

 しょうがねえなあ、と愚痴り振り返えば京華ちゃんが呆れ顔。追加で額に手を添える。

 急ぐ身としては頭が痛いはず。だから妥当な仕草です。はい。


「なはは……、急いで桜子捕まえてくっからっ」


 言って俺は柳邸内へ駆け込む。現刻を持ってダッシュ解禁である。




                  ※




 大きく広い『みやと斎場』は、モダンで落ち着きのある雰囲気を醸し出す洋式建築の外観であった。

 車から降りて、桜子と手を繋ぎ入場してみたら当然、至る所に黒い人ばかり。その中にあって会場の受付辺り、やたら際立ち動くものを発見してしまう。


「おお、外人さんだ」


「外国人さん、な」


 訂正を入れ、小柄な少女に興味津々な態度見せた、これまた小柄な桜子を引っ張り留める。

 俺達が遠巻きにして眺める少女は、長い青みがかった銀髪、ここからでもわかるサファイヤブルーの瞳、どこの国から日本こっちへやってきたのか想像もつかないが、見るからに日本人ではない異邦人。

 加えて、文化の違い……では、ないなたぶん。恐らくどこかと場所を間違えたのだろう。パーカーを羽織る服装は全体的にカジュアルで、肩からは不釣り合いな程大きいショルダーバッグ。場違い過ぎる格好の少女は、受付係の人と話している。

 外国の人だからとかではなく、なんだかこのまま受付へ行ったら、面倒なことになると俺の直感的何かが告げて来たので、


「そういや京華ちゃん、俺達に付き添っていても大丈夫なの?」


 後ろの京華ちゃんに話題をフリ、少々この場で時間を潰してみることにする。


「すまぬが、大丈夫とは?」


「ほら、お葬式なんだし京華ちゃん忙しいだろうな~って」


「……成る程。池上殿は御子神家がこの葬儀を執り行うものだと思っているようであるな」


「うん? 違うの!? 登城家の葬式なんだし、そうなんじゃないの?」


「スバル、京のおうちは神社だ。お葬式はお坊さんでお寺なのだ」


「オウ、ノー。言われてみれば、そうだよな」


 桜子のごもっともな意見に、ちょっとだけ外国人になりきり恥ずかしさを紛らわす。

 すると、予想外な方からのフォローがあった。

 京華ちゃん曰く、『神社でも葬儀を執り行えるが、宗司様の葬儀は告別式でもあるからして、今回は一切を登城家が取り仕切る』とのことだった。


 葬儀をできるのにしない理由が、説明されてもよくわからないままであるものの、とりあえず京華ちゃんが無理をして俺達に付き添っている訳じゃないのがわかったのだから、良しとしよう――と、結論付けたのもつかの間。


「あれ、京華ちゃんどこ行くの?」


「この機に乗じて、兄様を非難するような音の葉もない噂が広まっても困るのでな。会場内を見回わる」


 そう言い残し、腰辺りまである長い髪を揺らす後ろ姿は、会場の黒い中へ入り混じって行った。

 ブラザーコンプレックス、俗称ブラコン。

 果たしてこの言葉を京華ちゃんへ贈ったのなら、彼女は喜ぶんだろうか、それとも彼女の前に俺の亡骸が転がるんだろうか。


「ああ、スバルー、あの可愛い外国人さんがいないのだ」


「ほんとだな……」


 いつの間にか異邦人改め、異邦少女の姿が受付から消えていた。


「良し。んじゃまあ、爺さんに線香の一本でも手向けてくるか」


 ここは一つ、受けた仕打ちは忘れ、故人である登城宗司の爺さんを弔うとしよう。






 葬儀を執り行える式場がいくつかあったようで、俺と桜子は案内に従い収容人数が百人単位の第三式場へと足を運んだ。

 きゅっと襟を正す静けさに、細やかな音も目立ってしまうそこには、遺族が見守る美しく飾られた祭壇があった。

 俺は厳かに粛々と拝礼、焼香が行われていた式場にて、久しぶりに登城先輩と言葉を交わす。通例のお悔やみを述べるだけの短いものであったが、先輩とは俺がジンから誘拐されて以来だった。


 弔問ちょうもんへお礼で応える登城先輩に、持ち味のふわふわゆるゆるとした雰囲気はもちろんなくて、青白くも見えた顔からは、悲しみに暮れる夜を過ごした姿がうかがえた。

 先輩の祖父に当たる登城宗司がどういった人物だったのか、詳しくは知らない。

 けれど、先輩の様子や京華ちゃんが敬う話から、爺さんもただの頑固そうな爺さんだけではなかったようだ。きっと、敵として相対した俺以外の人達からは慕われていたのだろう。

 そのことを如実に表わすように、葬儀会へ訪れる人は跡を絶たなかった――――。





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