01 お墓参り③
見上げればどーんと王冠型のシャンデリアに、歩けば足音を柔らかく包み込む厚手の絨毯。壁に掛かる絵画を眺めてみれば、芸術の良し悪しなんてわかりもしない俺にわかるのは、品の良い額縁だなってことくらい。
リンネから焼かれたりしたけど、すっかり元通りの柳邸エントランスホール。何度訪れてもその優雅で立派な造りに見惚れて、ついつい目移りしてしまう。
開かれたままの大きな扉近く、うららかな外気を肌に感じながら佇む俺。
やや離れた所で立ち話をしている京華ちゃんと執事の瀬良さんから視線を戻せば、向かいにブラックフォーマルのワンピースを着る桜子が立つ。
黒い瞳、黒い髪に喪服の装い。まさしく黒い桜子であるのだが、名前の前に黒の形容詞を付けるだけで、あたかも性格が悪い人間、もしくは影のある人間に思えてしまうから不思議だ。
「……似合わねえけどな」
「うん? 洋服のことか。確かに、今日のスバルは変なのだ」
突発的だったのにも関わらず、桜子が俺の感想を拾い上げた――で。
「お前、わざと自分の台詞から俺の”格好”を抜いたたろ」
「分かった。スバルの格好、変なのだ」
「言い直さなくてよろしい。あのな、そもそも俺が口にしたのは自分のことじゃなくて、桜子にだかんな」
「むう。スバルは失礼なヤツなのだ」
ぷう、と体を膨らませるフグのような頬を俺に見せてくるが、お前の方はどうなんだよっ。
「ったく、一応弁解っすっけど、なんかお前、白っぽいイメージじゃん。だから俺は喪服の黒色が桜子らしくないって思っただけで、別に格好はおかしくねえよ。その、に、似合ってるんじゃねーのたぶん」
喪服を褒めてもどうかと思うが、俺と違って元がいいから、そりゃ何着たって可愛いさ。
「そうか。私は……スバル、青っぽいと思う」
「俺のスーツ姿については変なままで放置なのね……別にいいけどさ。しっかし、ふーん俺って青っぽいのか」
「青っぽい、青っぽい」
「……でも、なんかアレだな、響きがガキっぽい感じっていうか。なあ、”ぽい”必要か?青のクールなイメージが損なわれているような気ーすんだけど」
「なら、スバルはちょっとブルー」
「そうそう、俺ってちょっとブルーな感じ――違うわっ。勝手に人を落ち込ませんなっ」
「じゃれ合いも程々にしてくれぬか。ここから葬式場まではかなり距離がある。そう悠長にもして要られぬのでな」
おちょくられた腹いせにデコピンでも食らわせてやろうかと企てていたら、横から割って入るようにして催促が。
どうやら執事の瀬良さんとの話は終わっていたようで、京華ちゃんがいつの間にやらこっちへ来ていた。
難を免れた桜子の額が、京華ちゃんから俺へと向き直る。
「スバルは早く携帯電話を持つのだ。お家の電話では『ゲートオブリンク〈繋がる部屋>』を使えない。電話があれば、私を迎えに来るのも簡単で移動時間も短かくできたから、京が焦ることもなかった」
「う……ん、なんつーか、俺ん家じゃ買って貰ったばかりのスマホぶっ壊して、ごめん壊したから新しいの買って。てな訳にはいけねーの。俺がどんだけ親父から説教されたか。だから、夏休みにでもバイトしようかと思ってる。それまでスマホはお預けだな」
桜子の為ってだけじゃなく現代っ子の俺としても、携帯が無いとさすがに不便だ。
親父も自分で稼いだお金でねだるなら、許してくれると思うし。
「スバルにはお小遣いがないのか?」
「あるけど、スマホ買うには全然足りねーからバイト」
「……ねえ、スバル」
桜子のくりっとした目が伏せ、俺の名を呼びまた顔をのぞくのだが、再び俺を見上げた黒い瞳の輝きは三割増し。嫌な予感がする。
「私もスバルと一緒にアルバイトがしたい」
――ぐわっは、マジですかっ。
『天之虚空』を宿す桜子は箱入り少女だ。もし、本当にバイトをするつもりなら、俺の協力が必要になる。だから俺に聞くのもわかる。そして、俺も働く予定だから一緒の方が都合も良い。
だがしかーし、あえて言わせてくれ。根拠もなく言わせてくれ。桜子よ、お前にアルバイトは無理だ。お前が働いている姿を露程も想像できねえからっ。
「駄目か?」
どうする。なんの気まぐれか知らんが、勤労意欲ある誉れな少女からの健全的お願い事。お前たぶん向いてねーから諦めろの一言で無下に断るのも忍びない。てか、言えない。
「駄目とかの問題じゃなくて、うぬぬ……アレだ、ほらっ面接とかあるし、俺や桜子が働きたくてもバイト先から断られることもあるからさ。俺が桜子と一緒に働きたいと思ってもたぶん難しいかもなあ~って」
「そうなのか。あうう、残念……」
小さな口を尖らす桜子にほっとしていると、目の端に燕尾服の影を捉えた。
「池上様、桜お嬢様、お話の最中に失礼致します。お嬢様、アルバイトにつきましては、ユイ様へご相談されてみてはいかがでしょう。登城家は『みやと』に多くの企業を有しております。きっと条件に見合う勤め口をご紹介頂けるのではと思います」
「おお、おお、さすが瀬良爺だ。なんだか大丈夫な気がしてきたのだ。分かった。ユイちゃんに相談してみる」
桜子はぱっと明るくなった顔を、エレガントな老齢の紳士こと執事の瀬良さんへ向け、俺はサイレント仕様で――瀬良さんノーおおおお、の雄叫びだ。
「ええ、忌明けにでもお伺いしてみましょう。その際には池上様もご一緒に。何分にも池上様あってのお話ですので……と、これは申し訳ございません。京お嬢様失礼致しました」
謝罪を述べ軽やかに身を引く瀬良さんにハっとなり、老紳士が頭を垂れた方へ首を向けた。
仁王立ちで腕を組み、待ちくたびれた様子にてただただ俺を見る京華様がいらっしゃいました。
ぎっと睨んでくれていた方がまだ良かった。すました顔からは、変わった趣味でも目覚めてしまいそうな冷ややかさ満載の刺激的視線。
「そ……ごめんなさい」
下手に言い訳なんかしようものなら、冷ややかさが凍てつきへ上位互換されると感じ、即決でシンプル・イズ・ベストを選んだ。
「さ、さあ桜子、早いとこ行くぞ」
「おうなのだ」
元気な返事をする桜子のこれからの予定は、葬式場へ向かうこと。
ちなみに、大型ショッピングモール通称ミヤトレッドから程近い場所にある。
んで、今までなら葬式だけでなく、柳邸以外で催される冠婚葬祭すべてを見送るしかなかった箱入り少女桜子であるが、俺の存在がその事情を覆す。
覆した要因の一つでもある『ゲートオブリンク<繋がる部屋>』を使えば、たぶん桜子は斎場へ移動できる。
試したことはないが、俺が斎場へ赴き京華ちゃんにでも携帯を借りて電話すれば問題ない話だ。
けど今回は、『ゲートオブリンク<繋がる部屋>』は使わない。
それは、どうしてか。
なぜなら、
――もっと確実で気分の良い無難な方法が、今の俺と桜子にはあるからなのだ。




