00 お墓参り②
テレビでお天気キャスターが梅雨入りを発表していた。
にもかかわらず、のぞき見る天候は晴れ模様。
ツンデレな空の下、車は目的地へ向け滞りなく軽快に走っていた。
少しだけ窓のガラスを下げ、吹き込む風に前髪をなびかせていたら景色が傾く。
以前、自転車で泣きながら登った坂道だ。
車は急勾配もなんのその、感慨深くなる俺をスイスイと運んで行く。そこへふう、と漏れる吐息が重なった。俺ともう一つは、刀を端に預け隣でゆったりとした座席にもたれる京華ちゃんからであった。
「珍しいね、京華ちゃんがため息なんて」
「私が溜息? ぬう、そうか……自覚はないのだが。いやすまない。何やら要らぬ気遣いをさせてしまったようだな」
「ああ違う違う。たんに俺、京華ちゃんの貴重な場面を見たな~って思ってさ。気遣いなんてものじゃないんだよね。ハハハ……ハハって、あれ?」
俺の乾いた笑いが薄れると、車内が物静かになった。
横顔は瞼を閉じている。京華ちゃんの考え込むような素振りに、俺の向けた笑顔がじわり歪んでいく。
――どうしよう。何か話題を見繕いこの雰囲気を脱せねば。
どこからともなく湧いた使命感に、俺はインターネット検索のグーグル先生を見習って自分の脳内へ検索をかけた。
ヒットしたのは三件――ハリウッド映画の話、日本映画の話、アニメ映画の話。
京華ちゃんなら邦画で黒澤明だろうな。俺が選択肢を絞り込むと、はっと開かれた目がこっちを見る。
「溜息だが、葬儀に……少々思い悩んでいたところだった」
だよ……ね。京華ちゃんからすれば身内なんだし……。
「なんか、気が効かなくてごめん」
「謝ることはない。池上殿は不束者であるからな。致し方ないと私は諦めている」
きっぱりとした通る声に、俺は肩を落す。
「ふむ……慣れぬ冗談は云うべきではないな。失礼した。池上殿が私を気遣い明るく振る舞おうとしていたのは心得ている。そうまざまざと項垂れることなかれ」
ぽんっと肩を叩かれ顔を起こせば、京華ちゃんの目が笑っていた。
「確かに故人を悼み心は陰るが、私が案じていたのは兄様についてなのだ」
「獅童さん?」
「……葬式場は御子神家の当主たる兄様は無論、三家やその分家までもが集まる場だ。恐らく、否確実に兄様は先日の”身社”(みやしろ)の責を問われるであろう」
京華ちゃんがいつもの凛々しい面持ちで話す”身社”は、登城先輩のことだよな。
「あれって、なんか問題あったの? 淵源だっけ、還しちゃいけない”アテラレ”を守ろうとしたんだから別にいいんじゃないのかなあ」
壬夜兎の眷属が、最も危惧するのは壬夜兎の復活。
三家が各々受け継ぐ淵源の”あてあれ”を還してしまえば、それが成ってしまう。だから獅童さんは眷属の使命に準じ”身社”を講じた。
これって、同じ眷属である身内からとやかく言われることなのか?
「ほう、これは意外だな。池上殿はその”身社”に納得できず、兄様を人質に取るような暴挙に出たのではなかったか」
「それ言われるとツラいんだけど、獅童さんの立場だったら不測の事態を考えて、先輩の”身社”は当然なんだろうなーってさあ」
「そう。我らとしては道理だ。しかれど登城、柳の道理には反する行いでもあった。宗司様の『万物流転』然り、桜子の『天之虚空』然り、両家の者共にとってユイ姉は”身社”に相応しくない」
登城先輩が相応しくない?
「”アテラレ”じゃないし、京華ちゃんみたくがっつり関係者だし、あの爺さんの孫だし、むしろ登城先輩じゃないといけなかったって俺思ってたんだけど」
「あの爺さんでなく宗司様であるな」
ちゃんと名前で呼びなさいと言わんばかりだった。
俺は京華ちゃんが、あの爺さんを敬っていたことを知っている。加えて獅童さんからの情報によれば、京華ちゃんの堅苦しい喋り方は爺さんに影響されてのものらしい。
まったくあのトンデモ爺さん、残念なことをしてくれたものだ。と、余計なものを混ぜる複雑な気持ちに黙りな俺である。
「話を戻そう。池上殿が云うようにユイ姉は登城家の血筋ではあるが、『万物流転』は登城家に於いて代々嫡男が受け継ぐ”あてられ”だ」
「なら、先輩は――」
「幾ら登城家直系であろうと、ユイ姉には元から『万物流転』を受け継ぐ資格がない」
言われてみれば、登城先輩から聞いたような気もする。
「でもさ、仮に宿すって言い方でいいのかな……”身社”後でも”あてられ”を移せばいいだけの話じゃないの?」
「いかにも。ただし、池上殿同様兄様もお考えであったろうそれも、結果として”あてられ”に血を混ぜてしまう」
「血を混ぜ……ああそうか、”アテラレ”を移す時に宿主の血を使うからか。うーん、けどそれって大したことじゃなくない?」
「池上殿には少々理解し難いものやも知れぬが、その血と私が云う血は別であるな。壬夜兎の力を別け受け継ぐ我々は、血を通して三家が合わさるのを恐れる。加えて登城、柳両家は、壬夜兎の雌雄を担う家系でもあり、登城は女の性を、柳は男の性が混ざることへの嫌いが強い」
雄弁な京華ちゃんの話に、ややこしい気配が忍び寄る。
「その、親戚同士でも淵源の”あてられ”を貸し借りできないってルールは、なんとなくわかったんだけど、先輩ん家と桜子ん家のこだわりがイマイチ……壬夜兎の雌雄を担うって?」
「名を別けたように壬夜兎の性もまた別けた」
「わかったようなわらないないような」
「池上殿。我々と違い人ならざる者である鬼に男女の堺などない」
「つまり……、おネエってことか」
「成る程。冗談とはこういうものか。なかなかに巧みであるな」
いや、冗談でも巧みでもなんでもなく、素でオカマな鬼が頭に浮かんだだけなんスけど。
どうせなら真面目な顔じゃなくて笑い顔の方が良かった、とひっそり注文して、俺は自分なりに話をざっくりまとめてみる。
「要は、”アテラレ”を宿すのにも条件があった。けど、獅童さんは条件お構いなしに登城先輩を選んでしまった。だから他家から責められる。でいいのかな」
整理して出した答えは京華ちゃんの頷きを得た。
「されど池上殿。御子神家の言い分ではあるが、兄様は何も顧みずしてユイ姉を”身社”にたてたのでない。ユイ姉の他に頼める者がいなかった故の判断だった」
「ううん……なんだかなあ」
「ふむ、その疑念聞きたいものだな」
「だうっと、今のナシっ」
漏らしてしまった心の呟きの撤回を求めてみたが完全に手遅れのようで、威圧的な目がノーを示す。
「なんか京華ちゃん勘違いしてるっ。別に獅童さんがどうのこうのじゃないから」
「疾しいものでないのなら、容易に云えよう」
「うわ……、その常套文句卑怯だよ。なんか今日の京華ちゃん、俺に優しくない。って、ちょちょごめん嘘、嘘です。だから刀は置こう置いて下さい。言うから、話しますからっ」
何の躊躇いもなく京華ちゃんが座席に立て掛けていた日本刀を手に取ったから焦る。
「京華ちゃんの、責められるとか他に頼める人がいないとかの話を聞いてたら、親戚同士なのに仲悪いのかなあ~って思ってさ」
「我らは不仲ではない。されど、他家の者共の中には件の”身社”を非難し、押し通した兄様を獅童の名による越権だとして陥れようとする者共もいる。殊更兄様は」
京華ちゃんがついと口籠る。
俺から逸らされた視線は俯いていた。
「どうかしたの?」
「全く池上殿には困ったものだ」
はい?
思いつめるような様子に心配したら、脈絡なくお叱りを賜った。なんて、不条理なっ。
「よいか池上殿、心して聞いてほしい。貴方が知るべきはただ一点。兄様を陥れるような者共に獅子王を池上殿へ貸し与えたなどと、絶対に知られてはならない」
「へ? 貸し与えた」
「察して欲しい。獅子王が奪われるようなことはなかった」
「ああ、なるほど」
大切な獅子王を奪われたとか、以っての外って訳だ。
「どちらにしろ知る人が知れば、獅童さんの弱みになるから獅子王のことは黙ってろってことね。了解」
「うむ、宜しく頼む」
京華ちゃんは長い髪を一度払って深く座り直し、車の窓から外を望む。
兄を敬い、そしてその兄の気苦労を心配し、我が事のように心を痛める妹。
俺は京華ちゃんの横顔を眺めながら、その精神を是非ともシズクに見習わせたいと強く思った。
あいつ、俺を友達かなんかと思っている節があるからな。
「池上殿、もう間もなくのようだ」
京華ちゃんの声に俺も車の外を見た。
開けた場所に、赤茶色の洋館が確認できた。
走る道路が石畳へと移り、やがて車は走緩やかにその速度を止める。
車から降り立った俺は見知った場所にて大きく深呼吸する。
「さあ、桜子。来てやったぜ」




