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3.2 あいつのこと、どう思った?

 余生を寝たきりで過ごすというのは、きっとこういう気分なのだろう。

 白い壁。

 ゆらゆら揺れるカーテンの影。

 意味を持たない音……寂しい。

 そうして無の世界を見つめていると、小さな足音が近付いてきた。


「やっぱり先生いなかった」

「そうか。ごめん、迷惑かけて」

「いいよ。これくらい」


 さて、何かお礼がしたいな。どうしよう。


「そういえば、肩、大丈夫か?」

「え?」

「昨日、乱暴なことをしたから」

「昨日? ……あ、いいよ、あんなの」

「けど、痛そうだった」

「あれは、そういうのじゃなくて……とにかく、いいからっ」

「……そうか」


 何もお礼が出来なくて微妙な気分だが、とりあえずこれ以上の迷惑はかけられない。


「もう一人で大丈夫だ。ありがとう」

「……」


 優紀は無言でベッドの縁に座った。

 それからチラチラと俺の様子をうかがっていて、何か言いたい様子。

 とにかく帰るつもりは無いらしい。


「……寒くない?」


 沈黙に耐えられなかったのか、彼女はごまかすように言って窓の外を見た。

 妙にそわそわしていて、心なしか頬が赤らんでいる。そうそれはまるで、美少女ゲームのヒロインが主人公を前に緊張しているかのような、そんな様子だ。


 そこで、俺はある可能性に思い至る。


 優紀は男子の間で人気がある。去年クラスが同じで何かと距離感の近かった俺は、何度か男子達から恋愛相談を受け悔しい思いをした。だが彼女に恋人がいるとかそういう話を聞いたことは無い。


 それは何故か――そう、それはきっと彼女も同性愛者だからだ。

 では相手は誰なのか。

 確信は無いが、状況証拠なら揃っている。


「……モナのことが気になるのか?」


 優紀はビクリと、目で見て分かる程度に反応した。


 ……やはり、か。まさかとは思っていたが、この反応は間違いない。

 ダメだ優紀、騙されるな。それはあいつの罠だ。

 あいつは普通の人間じゃなくて、悪魔なんだ。

 それも、恋から最も遠い場所にいる淫魔なんだぞ。


「……うん。気になる」


 クソっ! なんてこった! 俺の親友が、あんな悪魔に騙されちまうなんて……っ!

 ……いや待て、勘違いかもしれない。


「あいつのこと、どう思った?」

「……素敵な人だよね。大人っぽくて、上品で……憧れちゃうよ」


 違う! それは演技だ騙されるな!

 あいつが上品だと? バカを言うな。

 お前だって見ただろう? ぶー、夢じゃないもん、とか言いながら唇を尖らせた間抜け面を!

 ……ハッ! まさか見えていなかった?

 恋は盲目ってことなのか!?

 いやいや、偶然だ。

 優紀は基本的に人の事を悪く言わない。

 素直な感想に違いない。


「……純、ほんとにモナさんと二人で暮らしてるのっ?」


 怒ってる!? というか嫉妬されてる!?

 なんか、これ、やばい?

 だがここはクールにいこう。

 こいつが想像している事なんて、そんな発想すら無いという事をアピールしよう。


「ああ、食費が増えて困る」

「……それだけ?」

「他に何かあるのか?」

「……だって、言ってた。純と……恋がしたいって!」


 そこはちゃんと聞こえていたんですね!


「何度も言ってるだろ。俺はゲイなんだ」

「でも! あんなに綺麗な人に毎日言い寄られたらっ、分かんないよ!」


 怖い怖い怖いっ! 優紀の大声なんて久しぶりに聞いたぜ……こいつ、マジだ。

 どうする? どうしようもねぇよ。

 このまま否定を続けても無意味だし、逆にあいつを悪く言う事で優紀を怒らせる可能性がある。

 ほんとどうしようもねぇよ。


「……もしかして、嫉妬してるのか?」


 パチ、パチ、と瞬きをして、


「うぇ!?」


 優紀は見ていて面白いくらいに驚いた。

 狙い通りだ。

 このまま優紀のペースで続けても俺は苦しいだけ。

 ならば攻守を逆転させて主導権を握るしかない!


「な、なんで私がっ、嫉妬なんてっ」


 いいぞ、効果は抜群だ。


「いいんだ、分かってる。だから心配するな」

「……そんな、違う。純が他の子に告白されたって、私には、関係無い……」

「なら、モナのことも関係ないよな?」

「そう、だけど……」


 ふっ、あっという間に攻守逆転だ。ちょろい。

 さておき、みるみる慌てていく優紀を見ていると、逆にどんどん冷静になる。

 なんだか頭も冴えていくような気がする。


 ……これ、チャンスなんじゃないか?


 モナは恋がしたいと言っていた。

 その相手に俺が選ばれたのは、単なる偶然。

 というか、事故だ。

 俺と同じような思考回路を持った相手なら、きっと誰でもいいに違いない。

 加えて、あいつは同性愛を素敵だと言った。

 なら……優紀でいいんじゃないか?


 ……いやしかし、そんなことをしては優紀の人生が狂ってしまうかもしれない。

 ……だがしかし、こいつの犠牲で俺は救われる……っ!


「純のバカ」


 顔を真っ赤にした優紀は、ぷいと顔を逸らして言った。それはイタズラを叱られた子供のような反応で、なんというか可愛らしい。これが優紀じゃなかったら、俺は迷わず犠牲にすることを選んだだろう。


「なぁ優紀、俺はお前の気持ちを優先するよ」

「……っ!? ど、どういう意味?」

「隠さなくたっていい。分かってる」

「分かってるって……それって、でもそんな、突然っ、困る」


 言葉を詰まらせる程に慌てて……いや、照れている。

 ふむ、こういうのを初心な反応というのだろうか。

 ……悪くない。俺もいつか同じように照れてみたいとすら思える。


 先を越されてしまったのは悔しいが、大切な友人だ。


「応援するよ」

「……え?」

「モナと仲良くなりたいんだろ?」


 俺は優紀のことを男友達のように思っている。

 俺にとって女は下心の塊だが、優紀だけは例外だ。なぜなら彼女は男に苦手意識を持っていて、そしてそれを隠そうとする態度が好意を向けているように勘違いされることを悩んでいる。最近は俺に慣れたのか積極的に声をかけてくれるようになったが、最初の頃は少し傷付くくらい怯えられていた。その姿は、まさに他の男子と同じというか……やだもう泣きそう。

 とにかくそういう理由で、俺は彼女のことを男友達と同じように思っている。


「……………………純のバカ」


 ギュッと体を小さくして俯いた優紀の口から、絞り出すように小さな声が聞こえた。

 そこには羞恥や喜びといった様々な感情が込められているように思える。

 ……安心しろ。知っての通り俺は友人を大切にするタイプなんだ。

 お前がモナと仲良くなりたいのなら、全力で協力するよ。

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