3.1 ちゃんと私のことを見てくれないと困ります
俺は友達が少ない。
人と接するのが苦手という理由ではない。
単純に、無意味な会話をしないからだ。
無意味というのは、つまり雑談のこと。
そんなの会話をしないのと同じだ。
相手から声をかけられれば返事をするので完全に孤立することは無かったけれど、親しい友人は決して出来なかった。きっと学年が変わる度に、ほとんどが俺の名前を忘れてしまっていただろう。
それが高校二年生になった今、この状況を誰が想像出来ただろう。
昼休みの時間。
俺の机を囲むようにして、男女が四人。楽しく雑談をしている。
いや正確には、勝手に集まった三人が、わいわい騒いでいる。
「……ホームステイ?」
「はい、ジュンとは親戚なんです」
始業式の日に午後の授業は無い。
よって昼休みということは、少なくも一度は家と学校を往復している。
さらに午前中の授業を受けたはずなのだが、まるで記憶に無い。
「それって……純と一緒の家にってこと?」
「はい、そうですよ」
お揃いのメロンパンを手に持った優紀とモナが、仲良く会話している。
「……純って、一人暮らしだったよね?」
「はい、なので今は二人です」
「そんなの危ないよ!」
「危ない、とは?」
お前誰だよってくらい上品な態度のモナが、きょとんと首を傾ける。
「……ないない! ジュンとはまだそんな関係じゃ!」
「モナさんジュース、ジュース!」
「え? あっ! ごめんなさい!」
モナが紙パックを持った手を振ったことで、俺の頬にカルピスが付着した。
飛び散ったカルピスをハンカチで拭き取りながら、優紀が呟いた。
「……まだぼーっとしてる」
「昨日からずっとこの様子で、少し心配です」
「そうなんだ……ずっと……ずっと一緒……へー」
俺の右側にいる翔太は二人の話を無言で聞きながら、なんだか笑顔。
「……そういえば、昨日怖い夢を見たって言ってた」
「ゆ、夢!? うそだよ私見張ってたもん!」
見張られてたの!?
「……み、見張ってたの?」
「え? あ……み、みみみ、どんな夢をみーたのでしょう?」
苦しいっ、それは苦しい!
「……空から悪魔が降って来たんだって」
「なぁんだ、そっちか……よくないよ! 夢じゃないよ!」
早くも化けの皮がはがれたようで、言葉遣いが元に戻っている。
そんな間抜けな悪魔の声に、翔太はどこか納得した様子で頷いた。
「空から降って来る。つまり、飛行機に乗ってきたってことだね。こんな可愛い子を悪魔扱いなんて……」
「……そっか、モナさんのことだったんだ」
「ぶー。夢じゃないもん」
「ほら純、モナちゃん怒ってるよ」
「……そうだよ。夢扱いは酷い」
俺が黙っているのを良いことに言いたい放題だなこいつら。
「まったく、ちゃんと私のことを見てくれないと困ります」
モナは机に置かれた紙パックを手に取りながら、流れるように言う。
「だって、私はジュンと恋がしたいんだから」
ピタっと、教室中の音が消えたような気がした。
「ん? どうかしましたか?」
きょとん、ストローから口をはなしたモナは首を傾ける。
ざわざわ。
「おい今の聞いたか?」
「マジかよ」
「帆紅君ってゲイなんでしょ?」
「だよね」
「恋がどうとか言ってたよな」
「あの子が? 純と?」
「ホームステイなんでしょ? 二人暮しなんでしょ?」
「それってつまり……」
「ねぇよ。あいつガチだぞ――」
ざわざわ。
「純、そろそろ何か言ったら?」
翔太が俺の右肩を揺らしている。
「……………………」
優紀が俺の左肩をそこそこ強く握っている。
「……んー?」
きょとん、モナは反対方向に首を傾けた。
ガタ、俺は立ち上がった。
それに合わせてクラス中の視線が集まる。
流石は色恋大好き高校生だ。
「……保健室行ってくる」
だが生憎と俺はエンターテイナーではない。ネタ提供などしない。
「大丈夫? 顔色悪いよ?」
「……ありがとう優紀。ただの寝不足だから気にするな」
「本当に大丈夫ですか? 一緒に行きましょうか?」
来るなバーカ! お前は来るなバーカ!
「……一人にしてくれ」
「それ死亡フラグだよ? ……僕が連れてくよ。いろいろ聞きたいこともあるからね」
え、翔太が? ……いや、それはその、心拍数とかいろいろ危なそう……みたいな。
「私が行きます!」
「いやいや、この流れでモナちゃんが行くのはちょっと……」
「どうして?」
翔太と行きたいけど、多分それは心臓が耐えられない。
モナは論外。
だが誰かと行かないとモナは納得しない……。
翔太か、モナか……あぁセーブしたい。超セーブしたい。
「……」
ふと、優紀と目が合った。
……こいつだぁああああああああああ!
「優紀、連れてってくれないか?」
「……うぇ!? 私が? ……なんで?」
もじもじ。
注目された状態で人見知りの優紀に話を振ってしまったから、妙に恥ずかしそうだ。
ごめん、今は我慢してくれ。
「頭が痛いんだ。そこの二人はうるさいから、お前がいい」
酷い! というモナの声を聞き流す。
あと翔太ごめん! うるさいのは俺の心臓だよ!
「……そっか、消去法か……なら仕方ない」
どこか自分に言い聞かせるように呟いて、そわそわと立ち上がる。
……そんなに恥ずかしいのか。
だけど他に選択肢が無かったんだ。許してくれ。




