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5.12 目を閉じろ

 久々にゲームを起動した。

 モナが来てからやる時間が無かったというか……まぁ、もう終わったことだ。


 起動したのは春休み中にプレイしたゲームだ。

 よくある学園物で、恋心を失った主人公とヒロインが、一生懸命に恋をする物語だ。


 この類のゲームでは珍しく、二人が結ばれて終わりなんてことは無い。

 出会って、ケンカして、仲良くなって、ケンカして……結婚して、子供を作って、孫が出来て、老衰して……そんな一生を全て描き切ったのだ。


 最期の瞬間、きっとほとんどのユーザーが涙を流した。

 二人の物語の終わりに心の底から感動した。


 とても幸せで、美しくて、だけど儚くて……まるで散りゆく桜を見ているかのような、そんな気分にさせられるゲームだった。


 主人公達が駆け抜けた青春は、その間に乗り越えた数々の試練はどれも本物だ。

 それを今、もう一度プレイしてみた。


 最初から最後までプレイするなら、三十時間くらいはかかる。

 だけど俺は気にせずプレイを続けた。

 終わった後で日付を確認すると二日経っていた。

 しかも夜だから、五十時間くらいはプレイしていたらしい


 もちろん学校には行かなかった。

 呼び鈴や電話が鳴ったかもしれないけど、ヘッドホンをしていたから分からない。

 分かったところで、きっと無視したと思う。


 目薬をさして立ち上がる。

 何度も瞬きしながら、着替えを持って浴室へ向かった。


 温かいシャワーで体を流す間、頭はぼんやりとしていた。

 あらためてプレイしたゲームの印象は、まるで異なるものだった。


 やっぱり、主人公達は眩しい。

 どんな困難も必ず乗り越えるんだ。

 絶対に諦めない。

 最後には、最高のハッピーエンドが待っている。


 雲がかかって、雨が降って、空が晴れて、虹がかかる。


 うらやましい。

 俺の上に降っている雨は、きっと彼らに比べたら優しいものだ。ちょっと服が濡れる程度だ。

 それなのに俺は、どうすることも出来ない。

 この先に待っているかもしれない虹を見ることは、決して出来ない。

 だって、もう諦めてしまったから。


 体を拭いて服を着て、少しぼーっとしてからベッドに向かった。

 そこに身を投げて、目を閉じる。


 朝になった。

 夢を見たような気がする。

 だけど夢の内容は忘れてしまった。

 

「……あと何日だ?」


 ええと、昨日はゲームしてて、一昨日もゲーム……その前に翔太と走って、その前に優紀のバイト先に行って、その前日が……だから、明日か。

 あと一日……それって、何時間なんだろう。

 具体的には、何時がタイムリミットなんだろう。


 あいつ、ちゃんと他の人を見付けられたかな?

 ……それはそれで、学校に戻った時めんどくさいだろうけど。

 とりあえず、優紀だ。

 怒るかな? 怒るだろうな。

 それで、もしかしたら二度と口をきいてくれないかもしれない。

 ……まぁ、その方がいいか。


「寝よう」


 目を閉じると、直ぐに眠気がやって来た。

 次に目を覚ますと外は明るかった。

 日付を確認すると、ちゃんと一日経っている。


「……モナ」


 もう終わったのだろうか?

 それとも、今日の終わり?


 ……どうせ逃げたんだ。最後まで逃げきってやる。


 もう一度布団を被って、目を閉じた。

 今度は、なかなか眠れなかった。


「……ダメだ、口の中気持ち悪い」


 起き上がって、洗面台に向かった。

 うがいと歯磨きをして、それなりにスッキリした後でベッドに戻る。

 その途中、お腹が鳴った。

 そういえば、もう三日くらい何も食べていない。


 適当に作った料理をリビングの机に並べた。


「……あれ、なんで二人分」


 並べてから、気付く。


「……ああ、モナの分か……なにやってんだよ、バカじゃねぇの」


 椅子に座って、せっかくだから両方とも自分の前に並べる。

 一口、二口と食べて、直ぐに手が止まった。

 胃が受け付けてくれなかった。


 代わりに水を飲む。

 いつかモナが甘いとか言って飲んでいた天然水だ。


「……やっぱりただの水じゃねぇか」


 甘いどころか、苦いだけだった。

 水が苦い……?

 少し違和感を覚えたけど、気にしないことにした。


 それから大量に残った食事に目を戻す。


「……あとで食べよう」


 のそのそと、ソファに向かう。

 柔らかいソファに腰を落として、テレビを付けた。

 あまりにつまらないから、直ぐに消した。


「……四時、か」


 いつのまにか夕方だ。

 モナはとっくに時間切れだろうか?

 それとも他の相手を……って、何であいつのことばっか考えてるんだよ。


「そろそろ、食べよう」


 ソファから立ち上がって、机を目指す。

 ラップに包んでおいた料理を持って、電子レンジに入れた。

 一分程度温めた後、それを取り出して机に戻る。

 その途中で、何かに躓いた。


「……なんだこれ、穴?」


 机に料理を置いて、しゃがみ込む。


「……あいつ、結局そのままかよ」

「ぶー。そのうち直すつもりだったんだもん」

「モナ!?」


 慌てて立ち上がって、ぐるぐる首を回す。


「……幻聴かよ」


 なんでだよ。なんで、こんな……。


「早く食べよう」


 きっと空腹のせいだ。

 空腹による幻聴とか、幻覚とか、何処かで聞いたことがあるような気がする。


「……玉子焼き、やっぱ自分で作った方が美味いな」


 言った後、首を振った。

 まただ。またモナのことを考えていた。


「ふざけんな。自分で決めたことだろ……もう、終わったことだろ」


 自分に言い聞かせる。

 だけど、その度にモナの存在が俺の中で大きくなっていく。


「…………」


 静かだ。

 俺が黙れば、何も聞こえない。

 一年間当たり前だった静寂が、たった三週間で、どうしてこんなに落ち着かないのだろう。


「ああ、クソっ、なんなんだよ」


 雑念のせいで、食事は遅々として進まなかった。

 とっくに冷めきった料理をゆっくりと食べ続けて、やっと一人分を食べ終えた。

 

「……もう、十一時か」


 あと一時間で今日が終わる。

 そしたら、モナのことは完全に終わりだ。

 もう考えなくていい。


「…………」


 なんとなく天井を見上げた瞬間――大きな音が聞こえた。


「モナ!?」


 思わず叫んで玄関に走る。

 ドアを開けて外を見た。


 俺の目に映ったのは、空から降り注ぐ沢山の悪魔と、紫色の光だった。

 その光の中心は、このアパートの出入口の近くだ。


「……まさか、あいつ」


 脚に力が入った。

 それを無理矢理抑えてドアを閉める。

 そこに背を預けて、耳を塞いだ。

 

 十分くらいだろうか?

 それくらい経って、ようやく音が止んだ。


 ……終わったのか?


 恐る恐る耳から手を離すと、果たして音は聞こえて来なかった。

 どうしてか身体から力が抜けて、俺はその場に腰を下ろした。


 あいつ、なに考えてるんだよ。

 ずっと待ってたってことか?

 俺がゲームして寝ている間も、ずっと?


 ……バカだろ。なんで諦めないんだよ。

 消えちゃうんだろ?

 もう時間が無いんだろ?

 なのに、なんで、命までかけて、俺なんかを……。


「……あれ? なんだこれ」


 目が熱くて、少し冷たい。

 

「……涙? 俺、泣いてるのか?」


 奇妙なくらいぼやけた視界に、少し前に見た記憶が映った。


 ――私はリリエラ・アルブ・モナ。悪魔です


 そんなはず無いのに、はっきりと声が聞こえてきた。


 ――君と恋をする!


 次々と、モナと過ごした日々が再生された。

 それはまるで走馬燈のようで、嫌でも彼女の死を連想させた。


「……大丈夫だ。悪魔達が連れ戻しに来たってことは、あいつは助かるってことだ」


 だけど結局、もう二度と会うことは無いだろう。

 そう思ったら、余計に目が熱くなった。

 

 もう何も見えなくなった後も、記憶の再生は終わらない。

 記憶の中のモナは、どれも笑っていた。

 楽しそうに、嬉しそうに笑っていた。


 モナだけじゃない。

 俺もまた、笑っていた。


「……ああ、そうか」


 ふと、ほんの少し前のことを思い出す。

 翔太は、俺が恋をしていると言った。

 それは正直、今でも分からない。

 その前には、なおママが俺に言いたい事を言えばいいと言った。


「……俺、楽しかったんだ」


 楽しくて、楽しくて、ずっと続けばいいと思っていた。

 やっと分かった。

 なんだよ、悩む必要なんて無かったじゃないかよ。

 なんで、こんな簡単な事で悩んでたんだよ……。


 俺はただ、モナと一緒に居たかったんだ。


「……やめよう。もう終わりだ。終わったんだ」


 ふらふらと立ち上がる。

 脚に力が入らない。

 苦笑いして、なんとなくドアを開けた。

 冷たい風が頬を撫でる。

 そのまま外に出た。

 直前まで大きな音が鳴っていたのに、野次馬の一人もいなかった。

 とても静かだ。


 歩いて、アパートから出る。

 そこで空を見上げた。

 相変わらず星が見えないな、そう思った。


「……おはよう。待ってたよ」


 全身が緊張したのが分かった。

 きっと幻聴に違いない。

 そう思いながらも、声のした方向に目を向けずにはいられなかった。


「……やったぁ、もう一度ジュンに会えた」


 少し下の方に、へたり込む少女の姿があった。

 見間違えるはずが無い。

 だけど、信じられなかった。


「……なに、してるんだよ」

「ジュンを待ってたんだよ」


 モナが言ったとは思えないような、弱弱しい声だった。

 その声とは裏腹に、モナは見たことも無いくらい幸せそうな顔をしている。

 

「……いつから」

「ずっと」

「……なんで」

「好きだから」


 言葉を失った。

 頭の中は真っ白だ。

 代わりに、何かが燃えるように熱くなっていくのを感じた。


「ふざけるな!!」


 一瞬、誰が言ったのか分からなかった。


「なにしてんだよ! なにやってんだよバカ! さっさと諦めろよバカ!」

「……ぶー。バカじゃないもん」

「バカだよ! どうしようもないバカだよ! 見てたぞ、さっき、他の悪魔が来てただろ。なんでここに残ってるんだよ!?」

「返り討ちにしたよ。いやぁ、愛の力って凄いよね。ほんとに勝っちゃった」

「勝っちゃった、じゃねぇよ……おまえ、分かってんだろ?」

「うん。だから、嬉しい」

「……なにがだよ」

「さいごに、ジュンに会えた」


 ……分からない。


「なぁ、モナ」

「わ、やったぁ。久しぶりに名前呼ばれちゃった」

「うるさい、聞け」

「うん、なに?」

「……おまえ、何で俺なんかを好きになったんだよ」

「あはは、ちょっと恥ずかしいな……でも、さいごだからちゃんと言うね」


 モナは息を吸って、何度か躊躇ってから、やっと口を開いた。

 きっともう残された時間は少ない、それはモナの弱り切った姿を見ていれば分かる。

 なのにモナは、どうしようもなくいつも通りだった。


「ちゃんと私のこと見てくれたのは、ジュンだけだったんだよ」

「……なんだよ、それ」

「恋がしたい。そんな風に言う悪魔は、他にはいなかった。お母様もお父様も、そんなこと言わない。なのに、私はそう思った。小さい時にね、見たんだ。人間界で、とっても幸せそうな二人を見たの。それで、憧れた。夢を見た。でも現実は厳しくて、周りは煩いし、バカにされるし、友達できないし……人間界に逃げて来たけど、男の人は、みんな私のことエッチな目で見た。私じゃなくて、私の身体を見てた。そうじゃない人も私が悪魔だって教えたら、そうとしか見てくれなくなった。私を見てくれる人はいなかった。家族も、私の事をアルブの跡継ぎとして見ていた……あ、アルブっていうのは魔界でも力を持った一族のことで……て、どうでもいいよね、えへへ。

 だからね、ジュンだけだったんだよ。私を私として見てくれたのは、ジュンだけだった。最初は私のこと怖がってたけど、歩み寄ってくれた。それで、普通の女の子として見てくれるようになった。あの服装で家の中に居ても、ジュンは私の身体をチラチラ見たりしなかった……そんなの、好きになっちゃうよ。

 もちろん、最初からジュンが好きだったわけじゃないよ。でも今は、ジュンで良かったって思ってる。だって、幸せなんだもん。こうしてジュンに話を聞いて貰ってるだけで、すごく、幸せなんだもん。

 あぁ、楽しかったな。ジュンと会えて、学校に行って、友達が出来て……ユウキちゃんと、ショウタ君には、上手く言っておいてね。悲しませたく無いから……ジュンは、どう?」


 少し戸惑いながら、なんとか声を出す。


「……モナ、まだ間に合う。俺を洗脳しろ」

「もう、まだそんなこと言うの?」

「……お前に消えて欲しくないってことだよ、分かれよ」

「え? ……えへへ、嬉しい」

「えへへじゃねぇよ、早くしろ」

「やだ」

「なんで」

「ジュンが言ったんだよ。演技して、自分の事を好きになって貰ったとして、そいつが好きなのは自分じゃないだろって……私は、ジュンを好きになったの。ジュンに、好きになって欲しいの」


 モナの言葉を聞いて、汗が滲むのが分かった。

 ……ダメだ、このままじゃ、ダメだ。


「なぁ、冷静になれよ。命を懸けるようなことじゃないだろ」

「……それ、ジュンが言う?」

「うるさい。恋なんて、いつかは終わるものだろ? 心理学者は愛情なんて三年で消えるって言ってるし、どっちみち寿命っていうタイムリミットがある……こんなことで命を懸けるなんて馬鹿げてる!」

「……そう、かもね。でもね、私の心だけは、ずっと変わらないよ。絶対に変えさせない」


 何処か儚さのある声で、モナは言う。


「私はジュンが好き。ずっと好き。ずっとずっと好き……もしも終わりがあるなら、最期の一秒は大好きなジュンのことを考えるよ。そしたら、それは終わりじゃない。私の恋は、終わらないんだから」


 ……なんで、そんな風に、そんなことが言えるんだよ。


「……意味分かんねぇよ」

「ジュンのことが好きってことだよ」

「……だから、意味分かんねぇよ」

「もう、何で泣いてるの?」

「……うるさい、黙ってろ」

「やだよーだ。モナちゃんはお喋りなんだから」

「……何がモナちゃんだよ、そんなキャラじゃないだろ」

「やった、ツッコミ! 十七回目の正直だよ!」


 わーい、とモナが万歳する。

 十七回も言ってたのかよ……と思いつつ、俺は異変に気付いた。


「おまえ、腕、透けてる」

「……ありゃりゃ、もう時間なんだ」

「時間って……」


 モナは笑顔のまま、動揺する俺を見た。


「……なんだよ」

「ジュンを見てるんだよ」

「……なんだそれ」

「だって、最期は大好きな人を見ていたいから」


 さいご……最期。


「……お前、何で笑ってられるんだよ」


 このままでいいのか。


「少しは怒ったらどうだ。ここまで来て、俺は何もしないんだぞ」


 このまま、モナが消えるのを見ているだけでいいのか。


「そんなこと無いよ。だって、私の為に泣いてくれてるんだもん」


 モナを助けるには、体液を与えるしかない。

 唾液でも、汗でも構わない。

 ただし、直接でなければならない。


 モナは言った――愛の無いエッチは死んでも嫌だ。

 モナは言った――ジュンに、好きになって欲しいの。


 そう考えている間にも、モナの身体は透度を増していく。

 少しずつ、淡い光に変わっていく。

 それでもモナは笑顔で俺を見ることを止めない。


「……モナ、いつまで見てるんだよ」

「ぶー。最期までだよ」

「……目を閉じろ」

「やだ。意地悪言わないでよ」

「いいから、早く目を閉じろ」

「だから、やだって――」


 世界から音が消えた。

 色も消えた。

 手足の感覚も何もかも消えた。


 ただ唇に感じる柔らかさと僅かな体温だけが、そこにあった。


 ……唾液でいいんだろ?


 口の中に溜めた唾液を無理矢理モナの方に送ってみる。

 舌で押すと、やがて先端に息が触れた。

 構わず押し込んで、唾液を流し込む。


「……ぁ、むぁ……ぁ」


 なに声出してんだ静かにしろバカ。

 

 そんな雑念と共に、急に息苦しくなった俺は顔を離した。

 まるで四百メートルを全力で走った直後みたいに息が上がっていて、心臓の音がヤケに煩い。

 目を開けると、モナの驚いた顔と、その唇から俺に向かって伸びる糸があった。


「……なんで?」

「勘違いするなよ。俺はモナのことなんか好きじゃない。好きじゃないヤツにキスなんて、死んでも嫌だ。人工呼吸とか絶対に嫌だ。モナも同じくらい嫌だってのは知ってる」


 だけど、


「そんなの、どうでもいいって思えたんだよ」


 言って、妙な恥ずかしさをごまかすように二度目のキスをした。

 モナは静かに、それを受け入れる。


 ……これは、治療行為だ。特別な意味なんて無い。


 心を無にして唾液を注ぎ続ける俺とは裏腹に、モナから漏れ出る吐息が徐々に荒く、艶かしくなっていく。


「……ぁぅ、ぁ……んん、ぁ……ぁ」


 何度も、何度も繰り返した。


「…………んぁ……ぁぅ……んんぁ」


 俺に出せる唾液を全部注いでやろうと思った。


 ……思ったより疲れるな、これ。


 そう思い始めた時、モナが自分から唾液を吸い込み始めた。

 貪るように俺の口内へ舌を侵入させて、口の中にある唾液を舐めとった。


 突然のことに驚いて顔を離すと、モナの手に捕まった。

 そのまま、引き寄せられる。


「……ぅぁ、あ……ぁん……んん……ぁ」


 どこか吹っ切れたように、モナは俺の唾液を求めた。

 最初は弱弱しかったのに、徐々に強く、激しくなっていく。


「……んぁ……ぁぁ……ぇへへ、へへ」

「なに、笑ってんだよ」


 やがてモナも疲れたのか、今度は向こうから顔を離した。

 だけど俺の言葉に返事をしないまま、手を使って顔を近付ける。

 そしてまた、俺から唾液を舐めとった。

 

 ……やばい、ぼーっとしてきた。

 これは、悪魔的なアレか? なんか、命とか吸われてんのか、俺。


「……」

「……」


 また、顔が離れた。

 二人の唇を繋ぐ糸を新たな唾液が伝って、やがて自重に耐えられず下に落ちる。

 それは偶然にも、モナの脚の上に落ちた。


「……もう、いいのか?」


 果たして、この問いに意味はあったのか。

 モナの顔は上気したままで、むしろさっき見たよりも……。


「ぇへへ、へへへへ」


 まるで酔っぱらっているかのように、モナは笑う。

 そして淫魔らしい妖艶な表情をしながら、子供のように無垢な声で言った。


「……もっとぉ」


 仕方なく、俺は目を閉じた。

 モナの顔が近付いてくるのが分かる。

 

 モナは軽く俺の唇に触れた後、容赦なく舌を押し込んできた。黙ってそれを受け入れ、口の中に溜めた唾液を差し出す。


 初めてのキスは、想像していたよりもずっと激しかった。これをキスと呼んでいいのかと問われれば首を傾げるし、これが恋なのかと問われれば鼻で笑うに違いない。

 

 こんなのただの延命行為だ。だけど、それの何が悪い。いつか終わってしまうとしても、今この瞬間が美しいことに変わりは無い。空に光る花火のように一瞬で溶けて消えるとしても、その瞬間が愛おしいことは変わらない。

 終わらないものなんて無いと知っているけれど、せめて、そう、せめて――床の穴を塞ぐまでは、モナに居てもらわないと困る。


 これを恋と呼ぶのだろうか?

 分からない。さっぱりだ。

 ただ、きっとまた明日から騒がしくて、楽しい日々が始まるのだろうということだけは分かった。なら、いい。今はまだ分からなくてもいい。

 今はただ、感情に身を任せよう。




 そして――気が付けば、太陽が昇り始める時間だった。



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