5.11 なんのために
純が去った後、教室に残された優紀はモナを睨み付けた。
「なんで追いかけないの?」
「……」
モナが黙っているのを見て優紀は身体が熱くなるのを感じた。
音を鳴らしながらモナに近付いて、真上から言葉をかける。
「モナさん、昨日言ったよね? 最後まで諦めないって、言ったばかりだよね?」
優紀が放つ迫力に、事情を知らない他のクラスメイト達も口を閉じた。
静まり返った教室にある全ての視線が優紀に集まっている。
誰も、何も言えなかった。
「……ごめん」
「何を謝ったの?」
「……やっぱり、無理。もう、無理だよ」
「だから、昨日言ったばかりでしょ?」
「……だって、ジュン泣いてた。すごく、辛そうだった」
「それで、諦めるの?」
「……」
「あとちょっとなんだよ?」
「……」
「純は、あんな表情したこと無い。去年何度も告白されて、すごく迷惑そうにしてた。すごく迷惑そうに、俺はゲイなのにって言ってた。でも、あんな表情したこと無かった!」
モナは俯いたまま顔を上げない。
優紀はしゃがみ込んで、無理矢理にモナと目を合わせた。
「だから、諦めないで。諦めないでよ」
「……」
「モナさんが諦めたら……私が…………」
「……ユウキちゃん?」
ふとした違和感にモナは顔を上げて、優紀の表情を見ると固まった。
彼女は、泣いていた。
「……私が、なんのために諦めたのか、分からないじゃん」
全く予想していなかった言葉にモナはただただ戸惑った。
「純、俺の気持ち考えたことあるのかって言ってた……そんなの、こっちの台詞だよ。毎日毎日モナさんとイチャイチャして、楽しそうに笑って……私の気持ちとか、ちっとも考えてくれなかった。でも、いいかなって思ったんだよ、私。純が幸せなら、その相手は私じゃなくてもいいかなって思った。モナさんなら、いいかなって、応援しようかなって思ったの……決めたの。なのにモナさんが諦めたら、私、ただのバカじゃん……っ!」
崩れ落ちた優紀を前に、モナはどうしていいのか分からなかった。
手を伸ばしてみたり、引っ込めたり、とにかく困惑していた。
「……二人とも、外に出よう」
そんな二人に声をかけたのは翔太だった。
モナ以上に彼も驚いていた。数日前に優紀と話をした時、翔太は優紀が積極的にアピールする未来を予想していた。実際、昨日今日とそんな感じだった。しかし優紀の考えは予想外のもので、彼は素直に驚き、同時に責任のような物も感じた。
だから声をかけた時には、決めていた。
「ねぇ純、僕、そろそろ、疲れたんだけど、純は、どんな感じ?」
「……」
「あはは、余裕そうだね」
少し暗い空の下、二人は並走していた。
「目的は?」
「勝負に、勝つこと、かな」
「翔太、悪いけど今そういう気分じゃないんだ」
「僕は、そういう気分なんだけな」
「俺に言いたい事があるんだろ。早く言えよ、聞いてるから」
「……あはは、ちょっとムカつく言い方だね」
苦笑いをして、翔太は少しペースを上げた。
純も同じだけペースを上げて並走する。
「……えっとね、いろいろ、遠回りに、言おうかなって、思ってたけど……ごめん、限界」
「は?」
「いやぁ、純を探して、けっこ、走ったからね……もうムリ」
軽い口調で言う翔太は、しかし本当に苦しそうで、いつもの笑顔も引きつっていた。
「だから、一言だけ」
「なんだよ」
「純。君は、恋をしている」
「……何を言い出すかと思ったら」
「気になっちゃうんでしょ?」
「翔太、あのな」
「さておき、あの態度は無いと思うな。あれは酷いと思うよ」
「……分かってるよ、そんなこと」
「ほんとに分かってる?」
「……」
純は翔太から目を逸らして、ぐんとペースを上げた。
翔太も同じだけペースをあげて、しっかり隣をキープする。
「疲れてるんじゃなかったのかよ」
「あはは、回復しちゃった」
「……ねぇよ」
「純の態度よりマシだと思うよ」
ふと、純はママの言った言葉を思い出した。
ちゃんと青春している。
なるほど、これが青春の1ページというやつなのかもしれない。色恋沙汰でケンカして、周りを巻き込んで、最後には仲直り。晴れて次のページへ進めるってわけだ。
でもさ、翔太。
次のページには、もうモナはいないって知ったら、おまえは同じこと言えるのか?
やっぱり無駄だ。
ここが共有できないから、決定的にズレてしまう。
「とにかく、僕が伝えたかったのはさっきの一言だけ」
「……」
「それと……ほんとに限界。やせ我慢、もう無理……だから、忘れないでね」
走りながら、翔太は純の背に手を添えた。
そのままペースを上げて背中を押す。
呼吸の乱れから、純には翔太が相当な無理をしているのが分かった。
きっともう全力で走っているはずだ。
それでも翔太は走る事を止めない。
「純、頑張ってね!」
言って、翔太は純の背中を叩いた。
そのまま膝に手をついて、荒々しい呼吸を繰り返す。純は振りからずに走り続けた。
……ごめん、翔太。
翔太の言いたい事は分かった。
翔太なりの考えとか思いがあるのも伝わった。
だから、ごめん。
「……やっぱ、眩しいよ、おまえ」
ひとつ角を曲がって、少し走ってから振り返る。
果たして、翔太の姿は無かった。
顔を正面に戻して、少し遠い所を見る。
この先には交差点があって、右に曲がれば学校、左に曲がれば自宅へと道が続いている。
そこまでペースを上げて、純は――左に曲がった。




