5.9 決めたよ
「あれ、純は?」
数分後、優紀の声を聞いたモナは慌てて袖で目を擦って顔を上げた。
「帰っちゃった。あれ? ユウキちゃん学校の制服?」
「うん。店長があの席に突撃しろって言うから……」
「突撃?」
「……なんでもない」
「そっか」
ぎこちない会話が途切れて、二人は店内を満たしている喧騒に包まれた。
優紀はモナの様子を見て、直前に起こった出来事を何となく察した。すると余計に気が重くなって、それをごまかすかのような笑い混じりの声で言った。
「座ってもいい?」
「……いいよ。座って座って」
返事を聞いた後、優紀はモナの隣に座って、少し緊張した様子で正面の何も無い所を見つめた。
「ええっと、なんで隣に?」
「……嫌だった?」
「ううん、嫌じゃないよ! えいっ」
モナは明るい声で言って、優紀の肩に頭を預ける。優紀は突然の衝撃に少し驚きながら、耳元で聞こえた鼻をすする音に息を止めた。
「……」
「……」
二人とも何も言わなかった。いや、言えなかったのかもしれない。
優紀が肩に感じるモナの体重は驚く程に軽くて、今にも消えてしまいそうな儚さがあった。その理由を想像するのは容易くて、その原因に優紀は心当たりがある。
優紀の目から見て、いやきっと誰が見ても今日の純は様子がおかしかった。今日の彼は、露骨にモナを避けていた。そうなったのは間違いなく自分のせいだ。
ならきっと、話す義務がある。
「……昨日、あのあと、純に告白した」
確かな緊張感とは裏腹に、その声は落ち着いていた。
「でも、返事も貰わずに逃げちゃった」
「……そっか」
呟くように返事をしてモナはゆっくりと目を閉じた。そこに驚いたという様子を感じられないのは、きっと心の何処かで予想していたからかもしれない。
「……私は」
決して簡単に話せる内容じゃない。それでも優紀は伝えてくれた。ならば自分も言わなければならない。
「……わたし、は」
優紀と同じように、きっぱり言うつもりだった。なのに息が乱れて、いつまでも言葉が出てこない。
「……わたし」
優紀は頭を傾けて、肩に感じる震えに寄り添った。
彼女がしたのはそれだけで、だけどモナが言葉を紡ぐにはそれで十分だった。
「……わたし、迷惑って、言われちゃった……もう、話しかけるなって……言われちゃった」
悲痛な声で、嗚咽混じりに言った。すると何かの枷が外れたかのように、モナから言葉が溢れ出す。
「知ってた……ジュンは嫌がってるって、分かってた……でも、好きなんだもん。こんなの、初めてだったんだもん。最初で、最後なんだもん……あきらめたくない。あきらめ、たくないよ……」
その言葉の意味は決して優紀には伝わらない。
だけどモナ気持ちは、痛いくらいに伝わった。
「ねぇモナさん」
「……」
「ごめんね。私、嘘吐いてた」
「……」
「私も、純が好き。モナさんと同じくらい……負けないくらい、好き」
「……うん、知ってたよ」
「そっか……だよね」
優紀は明るい声で言って、モナの肩を押して自分から引き離した。
それから前を見て言う。
「私は、決めたよ。もう迷わない」
何を決めたのかとは言わなかった。言わないまま、モナに問う。
「モナさんは、どうするの?」
とても簡単で、とても難しい問いだった。
モナの答えは決まっていて、ひとつしか無い。
だけど純の言葉を聞いた今、それを口にするのはとても難しいことだった。
「……いいじゃん、迷惑かけたって」
モナが黙っていると、優紀が小さな声で言った。
不思議そうな顔で、モナは優紀の横顔を見る。
「お互い様だよ。むしろ、困らせちゃえ」
お互い様という言葉にモナは笑った。その通りだと思った。
その様子を見て、優紀は表情を綻ばせる。
「それで、モナさんは、どうするの?」
二度目の問い。
モナは頷いて、両手で掴んだ袖を目に押し当てた。
強く強く押し当てて、ゆっくりと離す。
開いた目に映った視界は歪んでいて、モナは何度か瞬きを繰り返した。
「……私も、決めたよ」
やがて物がハッキリ見えるようになった後、優紀に向かって宣言する。
「最期まで、絶対に諦めない」
「うん、そう言うと思ってた」
そして、どちらからともなく笑う。
ひとしきり笑った後、モナは思い切り背伸びしてから優紀に飛び付いた。
「ユウキちゃん大好き!」
「やめて、恥ずかしい」
俯きながら、優紀は周りに目を配る。幸い、自分達を見ている客はどこにもいなかった。
「でも負けない! 負けないからね!」
「……なんだそれ」
調子を取り戻したモナは、そのまま調子に乗って頬ずりした。
「よぉぉぉし! ラストスパートだよ!」
「……変なモナさん」
優紀は少し頬を引きつらせて、余計なこと言ったかなと思う。
「……頑張ってね。私も、頑張るから」
「うん! 一緒に頑張ろう!」
まるで酔っぱらっているかのように騒ぐモナの隣で、逆に優紀は小さくなっていった。
単純に、恥ずかしかった。
「コーヒー冷めてるぅ!」
「モナさんっ、少し静かにして……!」
騒がしい声。何事かと、周囲からチラチラと視線が集まり始める。
モナは気にせず、騒ぎ続けた。
やがて日が沈み、音も明かりも消えた頃、モナは純が住むマンションの前に一人で立っていた。
「……早く朝にならないかな」
やっている事はストーカーと同じだ。純の迷惑にしかならないなんてこと分かっている。でも今さら気にしたって仕方ない。迷惑なら、出会った時からかけ続けている。だけど、その分だけ純に尽くしてきた。
まったく、我ながら自己中心的な考え方だ。こんなのだから好きになって貰えないのかもしれない。
「でもいいよね。さいごなんだから」
モナは、作戦を考えることにした。
残された時間は五日間。それまでに両想いになる為の作戦を考えることにした。
といっても、そんな方法が分かったら苦労しない。
だからモナは、自分がどうして純を好きになったのか考えることにした。考え始めると、直ぐにいろんな言葉が浮かんでくる。短い時間で作った思い出が、浮かび上がってくる。
きっと言葉にしようと考えたら恥ずかしくて何も言えない。でも頭の中で考えるだけなら、いくら時間があっても足りなかった。
気が付けば、朝。
耳に届いた足音に振り返ると、そこに大好きな人が居た。
すごく驚いた顔で自分の事を見ていて、なんだか可愛い。
「おはよう。待ってたよ」
「……」
純は何も言わずに、背中を向けた。
モナは慌てて追いかけて、その肩を掴む。
「……ええと……制服! 取りに来たの!」
純は振り返らずポケットに手を入れて、取り出した鍵を後ろに投げた。
「わわわっ、もう! 乱暴!」
猫みたいな反応で鍵を取ったモナが不満を言うけれど、純は振り返る事すらなく学校へ向かって歩き始めた。その背中にギャーギャ文句を言った後、モナは純の部屋に入って制服に着替えた。脱いだ服をたたんで、どうしようか迷った末にいつもの場所に放置する事に決める。また純の部屋に入る為の口実だ。
しっかり戸締りをして部屋から出た後、大きく深呼吸する。
「……よしっ、頑張ろう!」




