5.8 伝えるべきこと
優紀の考えている事がまるで理解出来ない。
今は部活後。シャワーで汗を流したあと私服に着替えて店へ向かう途中。一人で騒いでいるモナを無視しながら考えているけれど、何ひとつ分からない。
説明するって、昨日のアレを?
普通に考えたら適当な作り話でごまかすって意味だけど、どうも昼間の優紀はそんな雰囲気じゃなかった。
……ダメだ。いくら考えても分からない。
ひとつでも頭が痛いのに、どうしてこう問題が増えていくんだ。
このままでいいのか?
このまま流されるだけでいいのか?
流された先には何がある?
一週間後には、何が起こる?
「ジュン今の聞こえた!? 私達のことカップルだって!」
と頭を抱える俺の横で悩みの種がふわふわしているから本当に意味が分からない。
「……手、繋いでもいい?」
無言のままモナの手を避ける。
「もぉぉぉぉ! 聞こえてるなら返事してよ!」
……どうして普段と同じで居られるんだよ。
ギリギリのところで言葉を飲み込んで、少し歩くペースを上げた。
モナは文句を言いながらトコトコついてくる。
そしてまた、いつもの調子で話し始めた。
……このままで、いいわけない。
「モナ」
「そこで私は――なにっ? なになに?」
目を輝かせるモナを見て、直前に用意した言葉が引っ込んだ。
「……店についたら、少し静かにしてくれ」
「ぶー。分かってるもん」
と唇を尖らせるモナは、しかし嬉しそうだった。
それを見ると言わなくて良かったなんて思ってしまう。
……違う。言うべきだ。絶対に伝えるべきことなんだ。
「モナ」
「わっ、なになに?」
「……店についたら、少し話がある」
「うんっ、分かった」
逃げてる場合じゃない。
もう時間は無いのだから。
店に着いて、優紀の案内で昨日と同じ席に座った。
暫くして優紀が店長――若い女性だった――を呼んだ。
現れた店長は、俺達三人をじっくり観察したあと「面白そうだから妄想で済ませる!」とだけ言って、唖然とするモナと優紀を置いて立ち去った。
「……注文、この前と同じでいい?」
と優紀。
俺とモナは状況が良く分からないまま、とりあえず頷いた。
暫くして優紀がコーヒーを持ってきて、しかし店員としての言葉だけを残して立ち去った。
このようにして昨日と同じ状況が作り出された。
机の上にあるコーヒー。
向かいの席でニコニコしているモナ。
何一つ変わらないはずなのに、何もかもが違って見えた。
ならば変わったのは俺なのだろう。
まるで他人事のように、そう思った。
「うぇ、やっぱり苦い」
間抜けな悪魔に砂糖とミルクを渡した後、自分のコーヒーにもシロップを投入した。
適度に甘いコーヒーでいくら喉を潤しても、次の瞬間から乾いていく。
緊張しているのが分かった。
だけど、その理由は分からなかった。
俺はこれから話をする。
難しい話じゃない。誰が聞いても納得できるような、簡単な話をするだけだ。
それなのに、どうしてこうも気が重いのだろう。
「モナ」
「なにぃ?」
かなり苦かったのか、舌が上手く回っていなかった。
この呑気な表情を見ると話を切り出す決心が鈍るから困る。
「話があるって言ったろ」
「うんっ、覚えてるよ」
……迷うな、早く言え。
可能な限り早い方がいいんだ。
その方が、モナの為になるんだ。
「……おまえ、もう俺に話しかけるな」
「…………」
直ぐにリアクションがあると思ったけれど、返事は聞こえてこなかった。
俺は俯いたまま、机に向かって言い続ける。
「部屋からも出ていけ。それで、違う相手を見付けろ」
「…………」
言っていて気分が悪くなるのが分かった。
それでも、このまま何もしないよりはよっぽどマシだと思える。
「俺がモナに恋をする可能性は、無い」
だから、もう諦めろ。そういう意味の言葉を言った。
少し待っても、まだ返事は聞こえてこない。
恐る恐る顔を上げると、一番見たくなかった表情があった。
モナは笑顔のまま、涙を流していた。
自然と昨日見た優紀の表情に重なって見える。
俺は歯を食いしばって、目を逸らしたくなる衝動を抑えた。しっかりと目を合わせて、待つ。
やがて、モナはきっぱりと返事をした。
「やだ」
「やだって……分かってるんだろ? このままだと……」
「分かってるよ。だから、ジュンの傍にいたい」
とても真っ直ぐな目をしていた。
きっと今の言葉に裏なんて無い。
だからこそ、俺には理解できない。
「……なんで」
「私がジュンに恋をしたから」
一瞬だけ俺は言葉に詰まった。
大きく息を吸って、無理矢理に声を出す。
「……じゃあ、悪魔の力を使えよ」
「やだ」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ」
「絶対やだ」
「目を覚ませ、俺なんかに命を懸けるな」
「ジュンはもっと自信を持ちましょう。だって、私が選んだ相手なんだから」
これだけ拒絶しても、モナは一歩も引かなかった。
いや違う、もしかしたら俺は拒絶できていないのかもしれない。
それがモナにも伝わっていて、だからこんなにも余裕があるのかもしれない。
「……モナ、俺は本気で言ってるんだ」
「分かってるよ」
「分かってない……これ以上付きまとうな、迷惑だ」
言う度に、不快感が込み上げてきた。
……早く納得してくれ、諦めてくれ。
「もう一度言う。俺がモナに恋をすることは無い……だからっ」
だから、諦めろ。
最後まで言うことは出来なかった。
「……そっか、迷惑だったんだ」
喉まで出かかった言葉を抑えて、立ち上がる。
……これでいいんだ。
こいつとは、これでお別れだ。
「……」
別れの言葉を言おうとして、やめた。
そのまま伝票を持って、レジへ向かう。
振り向くことは出来なかった。
これ以上、一秒だってモナの顔を見たくなかった。
会計を終えて、店から出て、家まで歩いた。
モナは、追いかけてこなかった。




