5.6 中途半端なのは、良くないことだよ
僕は最近、驚くことが多い。
突然の転校もだけど、純との再会もそう。
なにより純が女の子と仲良くしていたことに驚いた。
ちょっと違うかな。
仲良くしていただけなら、そんなに驚かなかったと思う。
純は、僕が見たこと無いような柔らかい表情をしていたんだ。
僕の知ってる純は近寄り難い人だった。
だって笑わないからね。
そのくせ能力がずば抜けてるから、すごいストイックな人なのかなって思ってた。
同時に、憧れてた。
純は凄い。何をやっても一番なのに、ずっと上を目指してる。
誰よりも努力してる。
それなのに頑張ってる人を見ると応援するんだ。
上から目線の嫌な物言いじゃなくて、傍から見てても敬意が伝わってくるような感じで。
内緒だけど、僕の目標だった。
僕がサッカーを続けられたのは純のおかげだ。
最低でも純と同じくらい頑張ってから弱音を吐け、みたいに。
そういう意味で、純は僕のヒーローだった。
いやぁ、あの時は本当に驚いたなぁ。
目標にしてる人から「どうしてそこまで夢中になれるんだ?」なんて言われちゃうんだから。
思わず、エロゲの主人公みたいになりたいなんて言ってごまかしちゃったよ。
それから純と話すようになって、結構印象が変わったんだっけ。
なんていうか、面白い人だった。
だって、何でも出来る完璧超人が、恋がしたいとか、超真剣に言ってるんだもん……笑っちゃうよね。
でも笑えたのは最初だけ。
あそこまで真剣だと、素直に頑張れって気持ちになる。
頑張れって思って、何時の間にか応援してて、気付いたら僕の目標にもなってた。
ゲイだから。
純がそう言うのは、素敵な女の子に出会ったことが無いからだ。
そんな純が素敵な女の子に出会ったら……想像するだけでワクワクする。
僕は見てるだけなのにね。
ゲームとか漫画だと、素敵な恋がいっぱいある。
でも現実には無い。
彼氏彼女、付き合った別れた。そんな軽い物ばかり。
少しでも本気になれば「重い」って言われる。
やり方を間違えれば相手を束縛して傷付ける。
そんな感じだから、誰も本気で恋をしようなんて思わない。
……僕だって理想の恋愛くらいあるよ? 誰だってあると思う。
でも、理想はあくまで理想。
本気でそれを掴もうなんて考える人はいない。
心理学者は愛情なんて三年で消えるって断言してるし、恋は下心なんて悲しい言葉もあるくらいだ。
だから僕は純に期待した。
彼ならきっと証明してくれるって思った。
だから、だからだよ。
思わぬ転校で再会して、とっても驚いたんだ。
純が女の子と仲良くしてる。
しかも、見たことないような柔らかい表情で。
それだけじゃない。
たまに楽しそうな表情を浮かべるんだ。
花見の時なんて、何度も大声で叫びそうになったよ。
前日に姉ゲーをやってなかったら危なかったかもね。
ただ、少し心配なことがあって……。
「ジュン、今日もお弁当作って来たよ! ほらほら、美味しそうでしょ~?」
「……純、何か言ってあげたら?」
これ。
まさか素敵な女の子が二人同時になんて、他人事だけど大変だなぁって思う。
でも、そんな風に見ていられたのは最初だけ。
少し前からヒヤヒヤする感じだったけど、今日は特にすごい。
「いらない。コンビニで買って食べる」
純は朝から中学の頃みたいな感じに戻ってて……
「ダメ! ジュンは私の弁当以外食べちゃダメなの!」
「……うるさい」
モナさんも、いつもより勢いが無い感じがする。
「……」
で、一番の問題は橘さん。
純に見えない所でチラっと寂しそうな表情を浮かべるのはどうして?
目元の化粧と何か関係があるのかな? ……あるんだろうなぁ。
これは、僕が口を挟んでいいものか……迷うな。
「引っ張るな、服が伸びる」
「やだ! コンビニには行かせないんだから!」
「……トイレだよ」
「じゃあ一緒に行く!」
「来るな、座ってろ」
「やだ!」
そんな状況でいつもと変わらないやりとりをするから、こっちからすれば酷い違和感だ。
とか思ってたら純とモナさんが本当に教室から出ちゃった。
それを何とも言えない表情で見送る橘さん……。
どうしよ、これ。
僕は何もしないのが正解?
それとも……。
「何かあったの?」
我慢できなかった。
「……やっぱり、変かな?」
質問の意図が伝わる程度には、何かあったみたいだ。
多分、橘さんが純に告白しちゃったのかなぁって思うんだけど、そんなこと聞けないよね……。
だったら遠回りだ。
そういうの、僕は得意だよ?
ゲームでよく見るからね☆
「純って、よく分からないよね」
「……そう?」
とメロンパンを両手で持った橘さん。
「そうだよ。恋がしたいって言うくせに、自分からは絶対に告白とかしないし、誰かに告白されても絶対に断る」
「……翔太君、純に告白したことあるの?」
「ないよっ、ないない。ビックリするなぁ……そういう橘さんはどうなの?」
「……私は、ただの友達なので」
「前から思ってたんだけど、ただの友達って変な言葉だよね」
「……そうかな」
「そうだよ。だって良く知らない人に恋なんて出来ないからね……少なくとも、僕は」
「……翔太君、やっぱり純のこと」
「違うよっ! そこから離れて!」
なんかペース崩されちゃうな。
「……ねぇ、翔太君」
「ん、なにかな?」
橘さんは目を泳がせながら、俯いた。
だけど何か言いたそうな雰囲気はそのままで、僕は黙って言葉を待つ。
やがて、小さな声で呟いた。
「やめてくれないかな……」
……あはは、見抜かれちゃったか。
困った、何も言い返せない。
だって最低な事してるって自覚はあったからね。
でも、このままは良くない。
それはダメだよ、橘さん。
純も、このままにしておくのは、良くないよ。
「橘さん、純に告白したの?」
直球勝負。
橘さんは、見るからに動揺した。
「……やめてって言ったよね」
「そっか、やっぱりか」
「翔太君」
「ねぇ橘さん」
彼女の言葉を遮って続ける。
「君、最低だよ」
やめてその泣きそうな顔、今でも十分すごい罪悪感なんだから。
「気持ちは伝えるけど、今迄通りで居ましょう。こんなこと言われた純の気持ち、少しは考えた?」
「……見てたの?」
「見てないよ。ただ、雰囲気で、なんとなく」
「…………」
「橘さんに告白されて、純が何も思わないわけ無いよね」
「……そんなこと、ないよ」
「あるよ。だって橘さんは、純にとって一番の親友だったんだから」
「……」
「そんな子に告白されて、何も思わないはずが無い。もしも純が何も思わないような人だったら、そもそも橘さんは純の事を好きになんかならない」
橘さんは俯いたまま、何も言わない。
「僕はサッカー部なんだけど、サッカーで一番嫌われるプレイってどんなのか知ってる?」
「……それ、関係ある?」
「答えは中途半端なプレイ。攻めるなら攻める。守るなら守る」
一呼吸置いて、
「中途半端なのは、良くないことだよ」
言いたい事を言い切った直後、純とモナさんが戻って来た。
「ただいま!」
「おかえり、モナさん」
元気なモナさんと挨拶。
「ユウキちゃん、ただいま!」
モナさんが、橘さんにも挨拶をする。
橘さんは少し遅れて顔を上げた。
「うん、おかえり」
その表情を見て、僕は思った。
「純」
「……翔太?」
頑張ってね。
「ちゃんと手洗った?」
「もちろんだが……それだけか?」
「うん。今日も良い天気だね」
僕は逃げるようにして、窓の外に目を向けた。
「……まぁ、そうだな」
雲ひとつ無いとは言えないけど、綺麗な青空があった。




