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5.5 何ひとつ変わらない

 汗が出ない程度に走った後、教室に入った。

 もちろん俺以外の生徒はまだ登校していない。

 今の教室は、朝練で活動中の部から声が聞こえてくるくらいで、とても静かだ。

 そこで机に突っ伏して目を閉じる。


 心を無にして、ただ時間が過ぎるのを待った。

 やがて聞こえてくる声が大きくなり、教室にも人が現れ始めた。


「あれ、純? 今日は早いね、どうしたの?」


 ……翔太だ。

 ついでに時計を見ると、まだ八時前だった。

 一限が始まるのは九時だから、大分早い。


「こんなに早く登校してたんだな。朝練?」

「ううん、うちは朝練やってないよ。僕が暇なだけ」


 相変わらずキュンキュンする爽やかな笑顔を浮かべて、翔太は俺の斜め前の席に座った。

 その後ろが優紀の席で、今は未だ空席だ……。


「モナちゃんは?」

「……あいつは、まだ寝てるんじゃないか」

「ケンカでもしたの?」

「してない」


 ケンカどころか、まともに話すらしていない。


「そっか。じゃあ、話を聞かせてもらおうかな」


 ごまかすつもりは無かったのだが、あまり話したくもなかった。

 そういう意味で、友達思いの翔太が今は少し厄介に感じた。


「ね、もうキスとかしたの?」

「待て、なんだその質問は」

「なんで?」

「なんでって、俺とモナがケンカしたとか、そういう話じゃなかったのか?」

「してないんでしょ?」

「……まぁ、そうだけど」

「僕は最初から純とモナちゃんの関係を聞こうとしてたよ?」


 してやったり、そんな表情で翔太が笑う。


「で、どうなの?」


 どうも何も……。


「何も無い」


 本当に、何も無い。


「うーん。じゃあさ、橘さんとはどうなの?」


 ……こいつ、もしかして見てた?


「どうって、何が?」

「さぁ、なんだろうね」


 俺が無表情を崩さないのと同じように、翔太も笑顔を崩さない。


「……友達だよ、優紀は。ただの友達」

「じゃあモナちゃんは?」


 ……モナは、なんなんだろう。


「友達じゃないの?」


 答えられない。


「じゃあ、ただの他人?」

「……まぁ、そうだな。ただの他人だよ」


 へー、と翔太。


「なら、あの人は?」

「誰?」

「ほら、窓際で本読んでる子」


 言われて目を向ける。

 窓際の席で、本を読んでいる女子が居た。

 誰だっけ。

 同じクラスだけど、名前も覚えてない。


「知らない人」

「ただの他人じゃなくて、知らない人?」


 ……なに、この禅問答。


「翔太、何が言いたいんだ?」

「さぁ、なんでしょう?」


 すっげぇ楽しそう。

 そしてムカつく。


「多分、純にとっては友達か他人か知らない人しかいないんだろうね」


 まだ続くのか。


「知らない人の名前を全部言えって言われたら無理だけど、友達と他人なら簡単だよね」

「……」

「橘さんと、モナちゃん。ほら、たった二人だ」

「翔太、あのな」

「それって、あの二人が特別ってことだよね」

「俺はゲイなんだよ……何度も言ってるだろ」


 なら、と翔太は人差し指を自分の頬に当てる。

 

「僕のことは、どう思ってる?」

「好きだよ。すごく」

「あはは、すごい即答だね」


 事実だし。


「でも、純って恋愛を難しく考えるよね」

「……そんなことない」


 俺はただ、理想を口にしていただけだ。


「だったら、好きとかそういう言葉、簡単に言えないんじゃないかな?」

「……」


 返事をしようとして、言葉に詰まった。

 翔太は笑顔のまま、続ける。


「で、どうしてモナちゃんとケンカしたの?」


 今までの全部前振りだったのかよ。

 長いし、全然関係無い。


「ケンカなんてしてない。今日はたまたま早く家を出て、走ったんだよ。そのまま学校に来た。それだけだ」

「そっか……あ、橘さん。おはよう」


 翔太の声に少し緊張する。

 目を向けると、いつもの優紀が居た。


「……おはよう」


 返事をして、優紀が机に向かう。

 その途中で俺の前を通った時に、俺も挨拶した。

 優紀は足を止めて、微笑む。


「おはよう」


 昨日までと少しも変わらない声、表情。

 あの出来事が夢だったのではないかと思えるような態度だった。


「あれ、橘さん今日お化粧してる?」

「……よく分かったね」

「うん。目元とか、色が違うなーって」

「……あはは、慣れてないからかな」


 翔太との会話を聞きながら、思う。

 確かに、よく見ると色が違う。

 そんなことにも気付けなかったのか、俺。


「やっぱり元が良いと、薄い化粧だけでも見違えるよね」

「……やめて、恥ずかしい」

「ほら、純もそう思うでしょ?」


 いつもの調子で、翔太は俺に話を振った。

 優紀は少し緊張した様子で俺に目を向ける。

 本当に、いつも通り。

 昨日までと何も変わらない。


 だったら、俺も……。


「こらぁぁぁ! ジュン! なんで先に行っちゃうの!?」


 口を開くと同時に聞こえた声。

 俺はゆっくりと、そこに目を向けた。

 

 そして、昨日までと何ひとつ変わらない時間が始まる。


 爽やかに笑う翔太。

 照れたように笑う優紀。

 楽しそうに笑うモナ。


 俺は眩しい笑顔に囲まれて、いつも通りに目を細めていた。

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