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5.3 無表情の少年

 星の見えない夜空の下、俺の足音だけが耳に届く。

 無風で人の気配も一切ない。そんな環境が今の俺にはちょうど良かった。


 眠れるわけが無い。

 ひとつでも手に余る出来事が、二つ同時に起こったのだから。

 そもそも突然過ぎる。正直なところ、未だに頭が追いついていない。


 ……優紀が俺のことを好きだった? モナに気があるんじゃなかったのかよ。

 ……モナが一週間後に消滅する? ……意味分かんねぇよ。


 優紀は、友達でいいと言った。

 自分の気持ちを抑えて、俺の気持ちを優先した。

 きっと彼女は、俺が自分でも理解していない部分を理解していた。

 俺が恋について、どこか冷めている事を分かっていたんだ。

 そのうえで、全部を抑えることは出来なかった。


 いくつか思い出を共有することで恋が芽生えて、気が付いたら一緒にいるのが当たり前になっている。俺が繰り返し唱えた妄想を、しかし彼女は現実にした。


 モナは、君と恋をすると言った。

 淫魔よろしく、下心満載だった。

 だけど、それを否定することなんて出来ない。

 悪魔の力を使えば俺の意思なんて関係無いのに、彼女はそれをしなかった。

 あくまで、恋をすることを選んだ。文字通り、命懸けで。


 曰く、悪魔は四歳になる頃には姦通していて、年齢が二桁になる頃には子供が居て当たり前らしい。それは彼女達にとっては必要な事で、十七歳までに異性の体液を摂取しなければ消滅してしまうそうだ。そのうえで、彼女は恋なんていう不確かなものを選んだ。いや、きっと彼女にとっては確実に存在しているのだろう。俺には見えない恋が、彼女には見えているのだ。常識も、何もかも投げ捨てて、恋を最優先したんだ。


 そんな素敵な二人が、あろうことか俺に恋をしている。


「……」


 一説によると、それは甘くて苦い。

 そして新月のように淡く物静かで綺麗な形をしている。

 甘いのに苦くて、見えないのに綺麗。つまりは錯覚。

 答えは最初から出ていた。

 恋なんて、ただの錯覚だ。

 あいつらもきっと、そのうち目を覚ます。

 こんな愚か者のこと、好きじゃなかったと気付く日が来る。


「バカだろ、ほんと」


 とても乾いた声が出た。


「見る目が無いにもほどがある」


 音の無い夜。自分の口から出たはずの声が、誰かが耳元で囁いているかのように聞こえた。

 どうにも客観的に考えてしまう。きっとこれがドラマなら視聴者は思うのだろう。あの二人が、あの男を好きな理由が理解出来ないと、つまらなそうな表情で思うのだろう。

 だからこそ、彼女達の恋は錯覚なんだ。時が経てば目を覚ます。


 ……それって、いつだ?

 俺はいつまで優紀を苦しめればいい?

 一週間以上かかるなら、モナは消滅するらしいぞ?

 なるほど、なら一週間以内に目を覚ませば、とりあえずモナは助かるのか。

 だったら大丈夫だ。俺がモナと出会ってから三週間くらいしか経っていないし、もっと長く一緒に居たとしても、目を覚ます時は一瞬なんだ。一週間あれば十分だ。

 一週間以内に目を覚まして、もっと素敵な人を見付けて……。


「……ありえないだろ」


 ふざけるな。なんで自分が最も嫌いだった考えを肯定してまで逃げようとしているんだ。

 たとえ錯覚だとしても、いつか消えてしまうものだとしても、今この瞬間に存在している感情は、彼女達の恋は本物なんだ。それどころか、俺の理想そのものじゃないか。

 そう簡単に消えてたまるものか。

 だから俺も、相応の態度を見せなければならない。

 なのに……理解しているのに、その眩しい光を直視することが出来ない。


 二人は眩しかった。

 俺には出来ない表情をしていた。

 それは俺が求め続けたものだ。


 俺は、幼い頃から何かに熱中したことが無かった。

 勉強も運動も、何をやっても直ぐに飽きてしまう。

 いつも退屈だった。退屈しながら、楽しそうに騒いでいる人達を見ていた。

 何かに熱中している人を見て、羨ましいと思っていた。

 俺も、あんな風になりたいと思っていた。

 だから、ずっと夢中になれるものを探していた。

 そうして見つけたのが恋だった。

 ゲームで見た二人みたいに、自分の全てをかけられるような恋がしたいと思った。

 だけど現実には、そんな恋は存在しなかった。

 どいつもこいつも性欲に流されてばかり。

 だから俺は性欲を否定した。同性を好きになれば、きっとそこに性欲なんてものは混じらない。

 なら、それが本当の恋だ。

 その気持ちこそが恋心だと、そう思った。

 それでも、ほんの少しくらいは期待していた。

 作り話のような恋に出会えることを夢見ていた。


 ふと目の前で何かが光ったような気がして顔を上げると、鏡があった。直角に折れ曲がった道にある鏡。ちょうど月が出ているからか、ぼんやりと光を反射している。

 俺は近付いて、自分の姿を映した。

 果たして、夢をかなえた無表情の少年と、目が合った。


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