5.1 どうすればいい?
ふと、昔のことを思い出した。
昔といっても、ほんの数年前。
中学生の頃のこと。
俺は翔太を目で追っていた。
小柄で、体力も無い。誰が見ても運動に向いていない少年は、しかし誰よりも楽しそうにサッカーの練習をしていた。
「どうしてそこまで夢中になれるんだ?」
ある時、こんな質問をした。
翔太は笑って、こう答えた。
「僕は輝みたいになりたいんだ」
「ひかる? サッカー選手?」
「エロゲの主人公だよ」
「……そういう冗談を言うヤツだったんだな」
「まったく、美少女ゲームって言えば偏見が無いのかな? 文句は、やってから言ってね」
そうして紹介されたゲームを渋々プレイして、そこで俺の世界が変わった。
絵に文字と声と音楽が付いた豪華な紙芝居。それが最初に受けた印象だった。だがプレイを続けていくうちに夢中になった。ヒロインが心に闇を持っていて、それを主人公が解決することで恋に落ちる。そんな単純なストーリーが、驚く程に胸を打った。
登場人物達は決して諦めない。どんな絶望的な状況に陥っても、必ずハッピーエンドを掴み取る。彼らを突き動かすのは、恋心という目には見えない感情のみ。きっと同じような題材なら沢山あるのだろう。だけど、これは違った。このゲームは特別だった。
眩しかった。
俺は何か夢中になれるもの、自分の全部をかけられるようなものをずっと探していた。
やっと見つけられたと思った。
彼らの様に、常識も、何もかも投げ捨てて最優先出来るような恋がしたいと思った。
「――そのわりには、純って彼女作らないよね」
中学三年の時、俺と翔太は同じクラスだった。
恋がしたい、そんな話ばかりしていたような気がする。
「俺は彼女が欲しいんじゃない。恋がしたいんだ」
どうやら俺の顔は女受けするようで、何度も告白されたが、全て断った。
「あいつらは恋をバカにしている」
彼氏彼女、付き合った別れた。
あの人が好き、嫌い……ふざけるな。そんなの恋じゃない。
「純はアレだね、アイドル的な存在なのかもね」
「アイドル?」
「遠い星の王子さま。でも純の場合は手が届きそうだから、告白しちゃうんじゃないかな」
「それ何かのゲームで出てきたセリフ?」
「ちがうよ。僕が今思い付いた言葉」
アイドルという表現は、なるほど的確だった。
輝く存在に憧れて、好きになる。
でもそれは恋じゃなくて、あくまで憧れなんだ。
俺はきっと、それを混合されることに腹が立った。
違う。恋は、そんなのとは違う。
「――なんか、ショック」
その日、学校で一番のバカップルとして有名な二人が、破局した。
「僕、あの二人は絶対結婚するって思ってたよ……」
「結局、子供のごっこ遊びだったんだろ」
「あはは、冷めてるね……はぁ、とにかくショックだよ」
「べつに、俺達には関係ない」
「そうだけど……ほら、ゲームだと二人の未来は想像するしかないでしょ?」
もしかしたら、同じように破局しているかもしれない。
「どうだろうな。俺は……終わらないと思う」
きっと、この時にはもう分かっていた。どんなものにだって終わりはある。
「――ねぇ、純。最近僕と純が付き合ってるって噂が流れてるんだけど……」
「なんだそれ、男同士だろ?」
「ほら、純って誰の告白も受けないでしょ? だからホモなんじゃないかって」
「……そうかもな」
「え?」
「俺、この学校では翔太が一番好きだよ」
俺が求める恋なんて、どこにもない。あんなの、誰かの妄想でしかない。
「――翔太は、好きな人とかいないのか?」
「うーん、特にいないかな」
「なら俺とか」
「それはごめん。そうだね……純と仲良くしている女の子がいたら、たぶん好きになるかな」
「それは、遠回しな告白なのか?」
「違うよ。ただ、その子はきっと、純のことが好きなんだろうな」
「よく分からん」
「あはは、僕も自分で言ってて分かんないや」
でも俺は、諦めたくなかった。
「ねぇ純。もしも恋人が出来たら、教えてね」
「なんで」
「面白そうだから。たぶん、すっごく可愛くて素敵な子なんだろうなぁ」
「……とりあえず、俺はゲイなので」
「あはは。ホモは差別用語だからダメなんだっけ?」
以上、俺が恋を求める理由と、ゲイになった理由。
ほら、話す程のことじゃないだろ? 現実なんてこんなもんだ。
ゲームみたいな出来事、あるわけない。
そう思っていたのに――あんな告白をされたら、分からなくなる。
だけどひとつ、分かっていることがある。
俺は優紀のことが嫌いじゃない。むしろ好きだ。
彼女は、眩しかった。
それこそ――アイドルを見ているような、そんな気分だった。
だから俺は彼女の気持ちに応えてはいけない。これは俺が最も嫌った感情だ。こんなものは恋じゃない。故に返事は「ごめんなさい」の一言で足りる。
……そんなわけない。
あの言葉を聞いて、返事は一言だけ? ふざけるな。
ならどうすればいい。俺は、どうすればいい……?




