1.3 君と恋をする
一人で住むには少し広い1LDKのアパート。
家具が無駄に充実していて、どうしても持て余してしまう。
例えばリビングには長方形の机があって、椅子が四つ。
俺は椅子さんを悲しませまいと日々ローテーションして使っていたのだが、率直に言って切なかった。
一人家族ごっこ。
同級生に見られたら絶対不登校になっちゃう。
しかし今日、初めて二つの椅子が同時に仕事をした。
「いやぁ助かったぁ~。
勢いで人間界に来たのはいいけど、行き先がなくて困り果てていたんだよ。
このトン兵衛って食べ物おいしいね! ありがとう!」
……なんだ、こいつ。
体調が悪そうだったので、とりあえず家に連れてきたけど……なにこいつ。
なんでいろいろ生えてんの?
女の子だけど生えてますぅってレベルじゃねぇよ。
いやまさかソコも生えてたりしないよな? しないか。
「あの、そんなにじろじろ見ないでくれないかな?」
「……え?」
「あーやだやだ。まったく、男ってみんなこうなのかな……」
なにその態度。あの上品な笑顔どこいったんだよ。
飯を恵んでやったんだから逆に態度を硬くしろよ。
なんでトン兵衛と一緒に柔らかくなってんだよ。
お湯かけんぞコラ。
「……いえ、その、角と尻尾と翼が、珍しかったので」
とか心の中では悪態を吐きながらも、口では丁寧な言葉を選んでしまうところが、俺も日本人だなと思いました。
「あ、こっち? 気になるならしまうよ?」
「しまうって、できるんですか?」
「うん、簡単だよ。えいっ」
えい、とかいう掛け声と共に、本当にいろいろ消えた。
……こうして見ると普通の露出狂だな。布地すくねぇ。
それにしても角と尻尾と翼、露出狂……あれ?
こいつ自分のこと悪魔って言ってたけど、まさかサキュバス的な?
「なんか怖がられてる?」
「……い、いえ、そんなことは」
やっべ!
そう考えたら、この表情とかも、なんか、そんな感じに見えてきた!
サキュバスといえばアレだよな。
エロいことする悪魔の代表的存在……。
つまりは俺の貞操が大ピンチなのか!?
「……あ、あの、俺ゲイなので。女性相手じゃ勃たないので他を当たって頂けると……」
「どういう意味?」
「いやマジです。だけど朝は普通に元気になるので病気とかでは……いえ、病気です。俺を襲ったら移りますよ」
もちろん嘘だ。だが勃たないのはマジである。
ゲームのそういうシーンでも息子が反応したことは無い。
だが相手は悪魔だ。きっと精神支配とかしてくるに違いない。
「…………んー?」
冷や汗たっぷりな俺を見ながら、悪魔さんは不思議そうな表情をしている。
だが、やがて何かに気付いた様子で顔を真っ赤にしながら両手を振った。
「いやいや違う違う! そんなことしないよ! しない! 絶対!」
「……ほんとに?」
「ほんとほんと。私、愛の無いエッチは死んでも嫌なんだから!」
「それはつまり、俺の精神を支配して、メロメロにしてからってこと……?」
「しないよそんなこと!」
その口振りだと不可能じゃないみたいに聞こえるんですが、大丈夫ですか?
「その証拠に、私、そういう経験無いから!」
「……どの証拠ですか」
「か、確認なんてさせないんだからっ!」
「しねぇよ! 変な勘違いすんな!」
「最初に勘違いしたのはそっち!!」
ハッ、そうだった。
「……ごめん」
「え、謝っちゃうんだ……なんか、君、変わってるね」
「それはまぁ、ゲイなので」
「さっきからその、ゲイ? ってなに?」
「女より男の方が好き……そんな感じです」
「え、なんで?」
「なんでと言われましても、実際にそうなので」
……なにその反応怖い。俯くな、顔に影を落とすな。不安になる。
「でも、えっと、同性に恋をしても、報われないよ?」
……今こいつなんて言った?
「それは違う」
「どう違うの?」
「報われるってなんだよ。結婚して子供を作ることか?
違うだろ。それは結果であって目的じゃない。そんなの恋じゃない」
「…………す」
あ、やべ。俺なんか地雷踏んだ?
今の「…………す」って「……ころ……す」じゃないよね?
ブチ切れちゃってないよね?
……そうじゃん! 今俺子作り否定しちゃったよ!
サキュバスさんの本業って子作り……いや待てよ?
避妊的な意味で、こいつらも子作りに対しては否定的なのか?
おーけー、落ち着いて様子を見よう。
「…………す」
ほらやっぱ殺すに聞こえるよ!?
ガクガクブルブル震える俺と同じくらい、悪魔さんも身を震わせている。
……やばい、これ怒りに震えてるってヤツか?
そして数秒後、勢いよく顔を上げた。
「素敵!」「ごめんなさい!」
…………。
「え?」
「素敵! 素敵だよそれ! そうだよ、そんなの恋じゃないよ!」
「……あの、リリエラ・アルブ・モナさん?」
「よく覚えてたね! だけどモナでいいよ?」
「……えっと、モナさん? どうしたんですか?」
「君の言葉に感動したの! 私も同じ! ……うん、君だよ。君がいい」
何かを呟きながらモナさんは何度も頷いて、その度に笑顔になっていく。
そして俺の目を見ると、幼い子供のように無邪気な表情で言った。
「君、名前は?」
「……帆紅、純」
キラキラと、大きな目を輝かせながら、彼女は宣言する。
「ホモミ・ジュン! 私は、君と恋をする!」