4.2 気が付いたら一緒にいる
次の日から当たり前のように授業が再開して、純の周りにはいつも通り人が居た。
でもその数は四月よりも減っていて、特に、女子の数が減っていた。
六月にもなれば、グループは完全に固定化されている。
だけど純は、どのグループにも属さなかった。
よく考えてみると、純から誰かに声をかけている姿は見たことが無い。
他の人は自分の属するグループの人と一緒にご飯を食べるから、自然に純とは食べなくなった。
それでも、純の周りには常に一人か二人いた。
七月の頭、珍しく純が一人だった。
彼はいつもと変わらない様子で、弁当を食べていた。
その隣で、私も同じようにコンビニで買ったパンを食べる。
同じ教室、ひとつ隣の席。
私は前を向いたまま、ぽつりと呟いた。
「……ありがと」
言った後、こっそり純の顔を見る。
純は前を向いたまま、ご飯を食べていた。
……聞こえなかったのかな。なんか悔しい。
「今の、俺に言った?」
驚いて純の方を見ると、彼は前を向いたままだった。
私は少し恥ずかしくなって、同じように前を向いたまま言う。
「……他に、いませんけどっ」
「……いまさらか」
悪かったですね!
二度目の会話の後も、私の純への印象は悪かった。
だけど同じくらい感謝していた。なんだかんだ、彼のおかげで体育祭を切り抜けることが出来て、恐れていた嫌がらせもなかった。
そして二学期。
「……また隣」
「そうだな」
「……ひ、独り言ですっ」
この日から、純と会話する回数が増えた。
純の周りに誰もいない時は二人で会話するという暗黙のルールみたいなものが出来た。
会話と言っても、その距離は遠い。
隣の席に座っている人と、目も合わせず、前を向いたまま会話する。
「そういえば、名前なんだっけ?」
「……知らなかったの?」
「ああ、聞いたことないし」
「……橘、優紀ですっ」
「そうか。部活とかやらないの?」
「……バイトがあるので」
「あ、そうじゃん」
完全に他人。
でもこの距離感が、私にとっては心地よかった。
あっという間に九月が終わって、十月になった。
「ねぇ、橘さんって純君と仲良いの?」
純は、帆紅と呼ばれるのを嫌う。
「どういうことですか?」
「だって、よく話してるから」
「違います。友達ですらありません」
「うーん、やっぱり純君って女の子嫌いなのかなぁ……何か知らない?」
ある日、とある女子とこんな会話をした。会話というか、私が一方的に質問された。
そして翌日のお昼休み、純の周りには誰もいない。
「……ゲイだっけ?」
「うん、そうだよ」
「……なんなの?」
「ごめん、意味が分からない」
思わず、私は笑いを堪えた。
面白い話なんてしてないのに、どうしてか頬が緩んだ。
「なにか面白かったか?」
「……なんでもないっ」
また時間が流れて、十一月になった。
「……へぇ、中学から」
「ああ、わりとガチ勢だよ」
「……純、足速いよね」
「本業は長距離だけど、まぁ、それなりに」
「……そうなんだ」
「なんかこう、走ってるぅぅって感じが好き」
「……聞いてないし」
「優紀は部活とかやらないの?」
「……だからバイトがあるのでっ」
「あ、そうじゃん」
何時の間にか、名前で呼び合うようになっていた。
気が付けば、十二月。
「……やらない」
「マジ泣けるんだって。ほんっと、最高だから」
純に十八禁のゲームを勧められた。流石にドン引き。
この頃には、純と普通に話せるようになっていた。普通にというのは、警戒していないという意味だ。だって、彼は絶対に私のことを好きにならないから。それは誰もが知っていることで、だからこそ安心感があった。
純と話していて、恋とか、そういう面倒な出来事に巻き込まれることはない。私にとって、これ以上無いくらいに安心して会話できる相手だった。
「……何か面白い話して」
「いいだろう。この前やったゲームのあらすじを――」
冬休み直前。
いつのまにか、純と話すのが当たり前になっていた。
この頃の私に純との関係を聞いたら、悔しそうな表情で「友達」って答えると思う。
同じ頃、少し純の考えていることが分かるようになった。
「……なにか嬉しいことあった?」
「よくぞ聞いてくれた。実は昨日なおママに――」
そして三学期。
奇妙な縁というか、私の席は純の前にあった。
どうしてか、少し寂しかった。
「なぁ優紀、冬休みどうだった?」
後ろから声をかけられて、思わず頬が緩んだことに気付く。
「……普通」
自然に、私は振り向いていた。
きっともう、私達は友達になっていた。
でも、私達はずっと友達だよね、なんて言葉を口にしたことは無かった。友達になろうって言ったことも無い。自然に、私達は友達になった。私は勝手に、これが本当の友達なんだろうなって思った。
二月。
「……すごいね」
「こんなに食べらねぇよ」
「……そっか」
「優紀は誰かにチョコあげねぇの?」
「……自分用ならあるけど……いる?」
「ああ、もらえるものはもらっとく」
「……なんだそれ」
「あれ、これ手作り?」
「……自分用だから」
「寂しいな、おまえ」
「……純だって、彼女いない」
「俺は彼氏でも構わない」
「……いないじゃん」
「やめてくれ」
「……純が先に言ったこと」
純とくだらない話をして、笑う。
それが当たり前になっていた。
そして三月。
「はいこれ、お菓子」
「……なんで?」
「ほら、先月貰っただろ」
「……あ、覚えてたんだ」
「美味しかったから」
「……へー、そっか。このお菓子は?」
「手作りだよ。頑張ってみた」
「……なんだそれ」
純と私は、すっかり友達だった。
いくつか思い出を共有して、気が付いたら一緒にいるのが当たり前になっていた。
きっと私は、こんな友達が欲しかった。
この高校に来て良かった。
何時の間にか、学校に行くのが楽しみになっていた。
純とはきっと、ずっと友達なのだろう。言葉にしなくても、確信している。
きっと来年も、その次も、卒業した後も。ずっと友達。
ずっとずっと……友達?




