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4.1 そして、体育祭が始まり、終わる

 私は友達が少ない。

 だって、人が怖いから。男も、女も。

 中学生の頃、私はとある仲良しグループに入っていた。

 女子の人間関係は少し大変。例えばいつもとは違う子と一緒にお昼ご飯を食べると、次の日には「あ、今日は私達と食べるんだ」って、いつもの子から冷たい目で言われちゃう。なんというか、束縛される。縄で直接縛られるんじゃなくて、部屋に閉じ込められる感じ。でも、やっぱり友達がいないのは寂しいから、どれだけ面倒だと思っても、私は仲良しグループに居ることを選んだ。だから、たまに男子が羨ましいって思う。だって自由。見る度に違う子とお昼ご飯を食べている人もいる。


 私達は、ずっと友達だよね。

 そんな言葉を、きっと男子は言わない。

 でも私は、この言葉を何度も聞いた。

 その度に、きっと薄っぺらい笑顔で返事をしていた。


 作り笑いが得意だ。慣れているから。

 アイドルとか、ドラマとか、オシャレとか、そういう話の何が面白いのか分からなかった。

 特に、誰が誰を好きだとか、そういう話は苦痛だった。だって私は誰かを好きになった事が無い。もちろん他人の恋愛にも興味が無い。きっと恋の話をしている時だけ、私の作り笑顔はヘタクソだったと思う。


 そんな私のことを好きになる男子がいた。何人もいた。

 私は決まって、ごめんなさいと断った。本当に、うんざりしながら。

 そして誰かに告白される度、特定の女子と気まずくなる。嫉妬という感情が理解出来ない私にとって、それはとてもつらいことだった。だから、とりあえず告白されないように努力したけど、それが逆効果だったみたいで、女子からは「ブリっ子」みたいなことを言われた。


 中学を卒業する頃には、すっかり人と話すのが苦手になっていた。

 少し遠い高校への進学が決まり、過去を振り返って、何も残っていないことに気が付いた。

 あれだけ必死に守ろうとした人間関係も、高校が変わっただけで全部ゼロになる。それが分かって、本当に何をしていたのだろうと思った。そして、どうでもよくなった。

 高校ではひっそり生きよう。友達なんて、いらない。


 始業式の日、私は机に突っ伏していた。

 早く学校が終わらないかなと思いながら、周りの話に耳を塞ぎながら、ただ寝たふりをしていた。県内一の偏差値を誇る高校だけあって、会話の内容は中学の頃より知的だったけど、私の一番嫌いな話はここでも変わらなかった。


 あの人、かっこよくない?

 そんな言葉が彼方此方から聞こえてくる。

 その声の中心には、一人の男子がいた。しかも、隣の席。


 自己紹介の時間。

 クラス中の女子に注目された男子は、眠そうな目で短く言った。


「帆紅純。ゲイです」


 流石に、私も驚いた。

 強烈な自己紹介も相まって、純はとっても目立っていた。いや、きっとあの自己紹介がなくても純は注目されただろう。誰もが羨む容姿と、優れた頭脳に身体能力。そのくせ人当たりも良い。まるで少女漫画から出てきたような完璧超人の周りには、いつも人がいた。


 近寄らないようにしよう。

 一人で過ごす為には彼と関わっちゃいけない。


 意識しなくても私と純に接点が無いことは分かっていたけど、やはり隣の席にクラスの中心人物がいるというのは、警戒してしまう。結局、全部杞憂だったけど。


 純とは一度も会話をしないまま、二ヶ月が経った。

 五月には中間テストがあって、純が全教科で百点を取ったことが学校中で話題になった。

 それから暫く、純の周りには以前とは比にならない数の人が常に居た。

 この学校では学期初めにしか席替えをしないらしくて、私は日々うんざりしていた。


 そして五月の終わりに、体育祭の準備が始まった。


「ねぇ橘さん。応援団に入ってくれない?」


 私は久しぶりに作り笑いを浮かべた。

 応援団になんて絶対に入りたくない。

 何が楽しくて授業後の時間を使ってまで練習しなければならないのか。


「ごめんなさい。バイトがあるので」


 きっぱりと断った。

 この学校ではバイトを禁止されていない。理由があれば諦めるはず。


「数合わせでいいから、お願い!」


 予想以上に、彼女はしつこかった。


「……分かりました。数合わせですよ」

「ほんとっ? ありがと!」


 ここで強く断らなかったことを私は後になって後悔する。

 この後、果たして応援団の練習が始まった。だけど私は約束通り練習には参加しなかった。でも、その約束が全員に伝わっていなかったらしく、何度か「どうしてサボるの?」と声をかけられた。その度に、私はうんざりしながら「バイトがあるので」と答えた。じゃあなんで応援団に入ったの? と言われた時は流石に腹が立ったけど、私は冷静に自分が数合わせであることを説明した。


 客観的に見ても、私は悪くないと思う。

 将来の為にバイトして、空いた時間で勉強して、自由時間なんてない。

 そもそも数合わせという約束なのだから、きちんと守ってほしい。


 だけど、真剣にやっている人に申し訳ないとは思った。私には理解できないけど、その人にとっては大事なことなんだということは、なんとなく分かった。


 忙しいといっても、朝なら時間がある。私は残業出来ない代わりに、早朝練習をした。朝早く学校に来て、一人でこそこそ踊っていた。踊りながら、なんだよ応援団って、ダンス大会に名前変えた方がいいんじゃないの、と何度も心の中で愚痴った。


「何してんの?」


 そんなある日、誰かに声をかけられた。


「……練習ですがっ」


 一人で踊っているところを見られた恥ずかしさに顔を熱くしながら、私は振り向いた。


「へー、驚いた」

「……な、なにが」


 そして、思い切り警戒した。最も近寄りたくない人だったから。


「てっきり、当日はサボるタイプだと思ってた」


 正直、言われてから気付いた。その手があったと。だけど私は少し悔しくて、反抗した。


「……違います」

「ならどうして練習に参加しない」

「……バイトがあるので」


 そう言うと、彼は納得した様子で頷いた。


「そうか、邪魔してごめん」

「……いえ、お構いなく」


 あっさりと、彼は立ち去った。

 そしてこれが、純との初めての会話だった。

 なにあのゲイむかつく。私の印象は、こんな感じだ。


 それから数日経って、体育祭の前日になった。

 応援団は集まり、リハーサルをする。

 流石に私もリハーサルには参加せざるを得なかった。


 記憶にある振り付けと周囲の人の動きを見ながら必死に合わせる。

 練習したおかげか、私は無難に踊りをこなすことが出来た。

 でも、最後の最後で問題が発生する。


「橘さん、走って!」


 私の知らない内容。配られた紙には記されていなかった内容。


「あの、聞いてないです」

「あー、ごめんね。授業後の練習で決まったんだ。あの四人と一緒に走って、最後にポーズを決めるだけだから。お願い」

「……はい、分かりました」


 このとき、私は彼女の表情を見て何となく察した。これは私への嫌がらせだ。

 彼女が指さした四人は、みんな男子だった。それも、運動が得意そうな人達。そこには純もいた。

 彼らと一緒に全力疾走。

 それは、とても陰湿な嫌がらせ。


「橘さん、もう少し速く走れない?」


 当然、ついていけない。ニヤニヤしながら私に文句を言う彼女と、後ろで同じような表情を浮かべている人達を見て、私は本当にイライラした。だっておかしい。でも何か言っても意味は無いと思って黙っていた。


「橘さん、ごめんね。本人がいないところで決めちゃって」


 うそだ。本人がいないから決めたなんてこと、バカでも分かる。


「でも、もうちょっとだけ頑張ってくれないかな?」


 私は歯を食いしばって耐えた。


「あとはここだけだから。ね、頑張って走ってよ」


 頑張れ、頑張れ。

 何時の間にか周りに集まった数人の女子が、口をそろえて私に言う。


 あぁ、もういいや。諦めかけたその時だった。


「うるせぇよ」


 低く、呟くような声が聞こえた。

 私に何かを言っていた人達は、驚きながら声がした方に目を向ける。

 それにつられて、私も俯いていた顔を上げて声の主を探した。


「……じゅ、純君? どうしたの?」


 気持ち悪いくらいに豹変しながら、誰かが言った。

 純はその人を冷たい目で見て言う。


「お前より、こいつの方がずっと頑張ってる」


 私は驚きながら何度も瞬きを繰り返した。鳥肌が立った。ふざけないでって叫びたかった。こんな大勢の前でクラス一番の人気者が私を庇ったら、後で絶対にめんどくさいことになる。

 複数の女子から嫌がらせを受ける未来がありありと見えて、私は体中が震えた。


「……えっと、でも、ね?」


 媚びるような声と仕草だった。それに嫌悪感と強い緊張を覚えながら、純の言葉を待つ。


「もちろん、おまえも頑張ってる。それは知ってる」

「え? そ、そうだよね。ありがとう」


 糾弾されると思っていたのか、彼女は嬉しそうに言った。


「こいつを責める暇があったら、解決策を考えたらどうだ? 俺は早く帰りたい」

「う、うん。ごめんね」


 多分、最後のが本音。だけど、もしも狙って言ったのなら、この人はすごい人だ。


「俺に案があるんだけど、聞く?」

「えぇどんなの? 流石純君すごい!」


 うっわ、なんだそれ。


「俺がこいつに走り方を教える。十分で」


 うえぇ、なんだそれ。


「……え?」


 流石に彼女も引いていた。


「出来ると思うけど、ダメか?」


 その笑顔はきっと、彼女にとっては反則だったのだろう。


「うん! お願い!」


 こうして、私は純に短距離走のフォームを教わった。三十分後、私は笑い声に背中を押されながら、なんとか男子達の一歩うしろくらいを走っていた。


 そして、体育祭が始まり、終わる。


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