3.12 私、絶対に負けないから
「あ、モナさん」
「ごめんユウキちゃん、待った?」
「ううん、いま来たとこ」
純が翔太に見惚れている頃、モナと優紀は学校の近くにあるデパートで合流した。
「ここが何でもあると噂のジャスコだねっ」
「外国には無いの?」
「うん、私が住んでた所には無かったよ」
制服で来るモナに合わせて、優紀も制服を着ている。
二人は仲良く話しながら店に入った。
「モナさん、ロシアから来たんだっけ?」
「え? あ、うん! ロシアだよ!
「日本語、上手だよね」
「うん。いっぱい勉強したよ」
服売り場に着いて、優紀は様々な服とモナを見比べながらうーんと呻る。
「モナさん、どんな服が好き?」
「うーん、服は良く分からないんだよ」
モナが居た魔界で、特にモナの周辺に服装の優劣という概念は無かった。
だって、布を巻き付けるだけなのだから。
それに、服を買うのにデパートを選んだ理由の最たるものが予算である。モナが持っているお金は純が僅かな貯金から捻り出したものだから、とても女子高生が好むような服を買える額ではない。
次にデパートを選んだ理由が、買い物の後に遊ぶこと。
むしろモナにとってはそっちがメイン。
それでも、やはり友人が選んでくれるというのは嬉しい。
「私を可愛くしてね?」
「あはは、あまり期待しないで」
優紀は困ったように笑って、じっくりとモナを見た。
モナは優紀の視線を受け、ふふんと笑ってポーズを取る。
本当に可愛い人だなと思いながら、優紀は考えた。
どんな服が似合うかな?
モナさんスタイルいいし、何着ても似合いそうだけど……。
「うーん、ジュンはどんな服が好きかな?」
ガツンと、優紀は鈍器で殴られたような衝撃を受ける。
「……モナさんって、やっぱり純のこと……」
「ん? ジュンが何?」
「……ううん、なんでもない」
どうして言うのを止めたのだろう。
それは本人にも分からなかった。
だって考える暇すら与えられないまま、次の衝撃に襲われたのだから。
「ジュンといえば、ユウキちゃんって……ジュンのこと好きなの?」
「え?」
「もちろん、恋愛的な意味で」
二人の間に、確かな緊張が走る。
「な、ないない。なんで私が」
「だって、ユウキちゃん見てると、なんか……」
その言葉にドキリとしながら、優紀はいっそ強く否定した。
「私、そういう感じなんだ。だから、よく勘違いされて……でも、違うからっ」
どうしてこんなに必死に否定しているのだろうと、優紀は思った。
だけどまたしても、彼女が考えるよりも早くモナが次の言葉を口にする。
「そっか。よかった」
「……何が?」
「私、今はまだ……ううん、多分とっくにジュンのことが好きだから」
頭の中が、真っ白になった。
「……へ、へー、そっか。そうなんだ」
「……あはは。だから、ユウキちゃんもジュンのこと好きだったら、大変だなーって」
「大変、って?」
「私、絶対に負けないから」
「……そう……そっか」
震える手を背中に隠しながら、優紀は笑う。
「頑張ってね。あのゲイ、手強いよ」
「うん、頑張る」
会話が途切れて、妙な雰囲気が流れる。
「ごめんねっ、変な話して」
「ううん、モナさんのせいじゃないよ」
逃げるようにして、優紀は服に目を向けた。
「ええと、どれしようかな」
その手が震えていることに、本人は気付いていなかった。
モナは迷って、迷って、やっぱり声をかけることにする。
「ねぇユウキちゃん。私、ユウキちゃんのこと大好きだよ。何があっても」
それは普段のおっとりとしたモナとは違う、確かな芯のある言葉だった。
そしてその意味が伝わってしまったことが、そのまま優紀の答えだった。
「……本当に、ただの友達だから。私のことは気にしないで」
「……そっか」
負けないよ。
一緒に頑張ろう。
迷って、結局モナは何も言わなかった。
「そうだ! ユウキちゃんはどうやってジュンと仲良くなったの?」
その声は、いつものモナの声だ。
「うーん、分かんない」
「でもすっごく仲良いよね。ジュンって男の子とはよく話してるけど、ユウキちゃん以外の女の子と話してるとこ見たことないもん」
「……モナさんとはいつも話してるよね」
「私から声をかけてるからねっ」
えっへん、モナは胸を張る。
優紀は普段と変わらない様子で苦笑いしながら、一歩モナに近付いた。
「この服、どうかな?」
「可愛い! さっすがユウキちゃん!」
それから、二人の楽しいショッピングは再開した。
「いちおう、試着してみよ」
「うん! そうだね!」
「えっと試着室……え? わっ、ちょっとモナさん!?」
「どうしたの?」
「ここで着替えちゃダメだよ!」
「え? あ、ああ冗談だよ冗談! えっと、試着室どこカナー」
いつも通り賑やかなモナに引っ張られながら、優紀は楽しそうに笑う。
「こっちだよ、モナさん」
だけど、少しだけぎこちなかった。
「ねぇユウキちゃん……これ、どうやって着ればいいのかな?」
「え、どうって……」
「手伝って」
「……うん、分かった」
だって、言いたいことがあったから。
どうしても言わなければならないことがあったから。
「あれ、モナさん下着は?」
「したぎ?」
「だ、ダメだよ付けなきゃ!」
だけど大事なことは言えないまま買い物が終わる。
いくつか寄り道して、二人は店を出た。
「あー楽しかった。ユウキちゃん、今日は本当にありがとう!」
「うん、私も楽しかった」
「あのパフェ、全部食べられてよかったね……」
「あはは、一週間は甘いもの見たくないかも」
「私も……それじゃ、私はこっちだけど、ユウキちゃんは?」
「私は、あっち」
「そっか……じゃあ寂しいけどお別れだね」
およよ、とモナは声を震わせる。
それを可愛いなと思いながら、優紀は頬を緩ませた。
「うん。またね」
お互いに手を振って、やがてどちらからともなく振り返った。
モナが一歩進み、優紀も足を浮かせる。
「モナさん!」
その足を後ろに置いて、優紀は振り向きながら言った。
「……うん、なに?」
そしてモナは、こうなると心のどこかで分かっていた。
「純とは、友達だから! 今も、昔も、これからもっ、友達だから!」
大きく息を吸って、
「だからっ……頑張って!」
言った後、照れたように笑って、その場から逃げるように走り去った。




