3.9 来年も、一緒に
電車で七駅。
下車駅から徒歩で十分程度の所に目的地がある。
まるで時代に取り残されたかのような風景に目を輝かせながら、地図に従って川沿いの道を行く。
暫くすると道は森へ繋がり、いっそ深い自然が視界を彩った。
俺達は好き勝手な感想を言いながら歩き続け、やがて開けた場所に出た。
ここが目的地。
名前とかは覚えていないが、有名なお花見スポットである。
まだ午前九時くらいなのに、既に多くの人がシートを広げていた。
はっきり言って、うんざりするくらい人が居る。
だけどそんなの気にならないくらいに美しい桃園が、そこにあった。
「すごいすごい! すごい!」
「……うん、綺麗」
子供のようにはしゃぐモナの隣で、優紀はうっとりと溜息を吐いた。
俺も、翔太も、彼女達の一歩後ろで優紀と同じように息を漏らす。
そして、ほぼ同時に感想を口にした。
「「綺麗だ。まるで――」」
「美少女ゲームの背景のようだ」「エロゲのCGみたい」
ううむ。最近の背景はとても美しく、アウトドア趣味とか馬鹿じゃねぇのゲームで見られるじゃん、などと思っていたが……生の空気というか、舞い散る桜の趣というか、そういうのはやっぱりリアルの方が上だな。美しい。お花見最高。
「ねぇユウキちゃん、あの二人何言ってるの?」
「……翔太君もそっちの人だったんだ」
「そっちってどっち?」
ちゃんと聞こえているからな。
意外だろうが、翔太は俺の師匠だ。
「あ、奥の方が少し空いてるね。誰かに取られる前に行こうか」
「……どこ?」
「翔太は目がいいんだ。行こう」
「レッツゴー!」
モナの元気な声を合図に、俺達は歩き始めた。
お花見、スタートだ。
********
二人の間に、一枚の花弁が舞い降りた。
「……ダメ、やめて」
「大丈夫。少しだけだから、ね?」
「……少しって、そういう問題じゃない」
「そっか……」
ブルーシートの上で少女達の甘い息が絡み合う。
「……うう、我慢できない」
「うぇ、ちょ、やめてってば」
「少しだけ、少しだけだからっ」
「うぅ、少しだよ? 少しだからね?」
「大丈夫、約束する」
「もぅ、本当に嫌なのに――うわっ、ちょっと、少しじゃないよこれ!」
「あはは、ごめんねぇ、いっぱい出ちゃったぁ」
「少しって言ったのにぃ……モナさんのバカ」
ロシアンルーレットもとい、ロシアン桜餅。
ひとつだけ山葵たっぷり。
それを食べた優紀の反応がモナのツボに入ったらしく、優紀の弁当に山葵を入れようと必死。
実に微笑ましい二人だ。見ていて和む。
「ねぇ純、純ってば」
「お、おぅ。なんだよ翔太」
「今の二人の会話、なんかエロかったね! まるでそういうゲームのそういうシーン――」
「ほんとどうしちゃったんだよ!? 今日のおまえどうしちゃったんだよ!?」
翔太の言葉を遮って叫んだ。
違う、こんなの翔太じゃない!
「弟になりたいとか、下ネタとか、たった一年でお前に何があったんだよ!?」
「男子三日会わざれば括目してみよ、だね」
毎秒括目して見てるよ! 目に映る翔太の全部を記憶に刻み付けてるよ!
「うぅぅ、山葵嫌いなのに……」
「ほらユウキちゃん、ほら」
あいつらはまだやってるのかよ。
「おいモナ、その辺にしてやれ」
「だってだって、山葵入りの桜餅を食べたユウキちゃんの顔が忘れられなくて」
「サンドイッチに山葵はありえない」
と話している間も、優紀は山葵付きサンドイッチと睨み合っていた。いやそんな死地へ赴く兵士のような顔しなくても……どんだけ嫌いなんだよ。
「俺が食べるよ。代わりにゴマ団子でもどう?」
「……うん、ありがと」
「あ、僕も貰っていいかな? それ橘さんの手作りだよね?」
「……どうぞ」
「このゴマ団子も俺の手作りなんだが、ひとつどうだ?」
「ありがと。一個もらうよ」
情けは人の為ならずぅぅぅうう!
翔太に手作りゴマ団子食べさせられたぜぇぇぇ!
さておき、これ優紀の手作りか。
玉子とツナのバランスが素晴らしいな……美味い。
「うん、美味しい。橘さんはきっと良いお嫁さんになるね」
「ああ、そうだな」
翔太の感想に、素直に同意した。
「あれ? ジュン、このゴマ団子って山葵入ってないよね?」
「ああ、もちろん」
「でもユウキちゃん山葵食べた時と同じで、すっごく可愛い顔してるよ?」
「し、してない!」
満開の桜の下で、騒がしくも和やかな時間が流れる。
こんなに楽しいと思えたのはいつ以来だろう。
来てよかった。そんな風に、ふと冷静になっている自分がいた。
「……モナさん、鼻に花びらが付いてる」
「え? えへへ、どう? 似合ってるかな?」
「はい、いいツーショットだよ」
「おお! ショウタくん写真上手だね!」
特別な事は無い。
どこにでもある、ただの花見。
美しく、そして儚く散り続ける桜の下で、なんてことのない雑談を交わす。
それが、どうしてこんなにも楽しいと思えるのだろう。
「ジュン、なんか静かだよ?」
「桜に見惚れていたんだ」
「綺麗だよねぇ……もしも恋人が隣にいたら、肩を寄せ合って……えへへ」
「……なんで私?」
「ユウキちゃん、好きだぜっ」
「なんだそれ、ふふふ」
……ちょっとこれは、負けていられないですねぇ。
「ほら翔太、ほら、肩、ほら」
「あはは、遠慮しとくよ」
しょぼーん。
「そうだ、橘さんって弟はいるのかな?」
おいやめろ翔太。やめろ。
「……うん、いるけど」
「そっかぁ……もう一人どう?」
「ほんっと、どぉぉぉしちゃったんだよぉぉぉぉ!?」
「昨日やったゲームの姉キャラが僕の世界を変えたって言えばいいのかな」
「それダメ! ゲームと現実一緒にしちゃダメ!」
フィクションはフィクションとして楽しむからこそ楽しいのです!
「純、人のこと言えない」
「そうだよ。ゲイなんてフィクションにしかいないよ」
「いるからっ、そこら中にっ」
なおママとか、他にもいっぱい!
「……今日の純、テンション高い」
と、笑いを堪えて言う優紀。
俺は妙に恥ずかしくなって、片手で顔を隠す。
「さ、桜のせいだよ……」
内心では常々ハイテンションだが、それが外に出てきたのは久しぶりだ。
……本当に、こんなに騒いだのはいつ以来だろう。
顔が熱い。胸が熱い。
「わっ、わっ、見てみてすごいすごい!」
その時、強い風が吹いた。
それによって宙にあった桜はもとより、地に落ちていた桜も舞い踊る。
これを桜吹雪と呼ぶのだろうか?
小さな桜の花が集まって、様々な形を描く。
その圧倒的な美しさを前に、俺は呼吸すら忘れて見惚れていた。
「すごいすごいすご――げほっ、おぇ、口に入っちゃった……」
「……モナさん、大丈夫?」
「あははは、モナちゃんは本当に愉快だね」
「もぅ、笑わないでよ……げほっ」
涙目になりながら、モナも笑っていた。
まったく、休む暇すら無い。
俺が少しでも寂寥感を覚えると、すかさず楽しい雰囲気に飲み込まれる。
にこにこ笑う翔太の横顔を見ながら、きっと俺も笑っていた。
時間も忘れて、ただただ騒いだ。
そしてふと、笑顔の中心にはいつもモナがいるような、そんな気がした。
「そろそろ冷えてきたね」
「そうだな。今何時だ?」
「ええっと……あ、もう六時なんだ。いやぁ、早いね」
スマホで時間を確認した翔太が感嘆の声をあげた。
それなりに驚きながら、疲れたのか静かになったモナと肩を寄せ合う優紀に目を向ける。
目が合うと、優紀は少し寂しそうに頷いた。
「……帰るか」
「うん、楽しかったね」
翔太と一緒に荷物を片付けながら、優紀と一緒に小物を片付けているモナを見る。
「あの二人、とっても仲良くなったね」
「……ああ、そうだな」
計画通りだ。
恋人というか、完全に親友といった様子だけど。
とりあえずモナと仲良くなるという優紀の願いは叶えられたし、きっとモナの不安もなくなっただろう。
「今日は楽しかったね。モナさんといっぱいお話し出来て、嬉しかった」
「うん、私も」
いけないと思いつつも、漏れ聞こえてくる二人の会話に耳を奪われる。
「来年も、一緒に来ようね」
「……うん。来年も、一緒に」
本当に仲良くなったなと思っていると、不意に何かが右肩に触れた。
「僕も、来年も誘ってね」
ああぁ、翔太が俺を見て微笑んでいる。
「も、もちろんだ」
「あーでも、恋人とか出来ちゃってたら、お邪魔かな?」
翔太のちょっとした冗談に、思わずドキリとする。
「よせやい」
「なんだよ、気持ち悪いな」
ああ、本当に良い日だった。
翔太とこんなにイチャイチャ出来るなんて……。
「……それじゃ、行こうか」
片付けが終わると、なかなか最後の言葉を切り出せない空気に苦笑いしながら、翔太が短く言った。
俺も優紀も頷いて、未だに踊り続ける桜に包まれながら、駅へ向かって歩き始めた。
少し遅れてモナも続く。
なんとなく、俺は彼女に声をかけた。
「……どうだった?」
「楽しかった」
「そうか」
たったこれだけ。
いつもはうるさいモナも、今は静かに桜を見上げていた。
特に話題も無いのに、どうして俺は声をかけたのだろう。
そう思いながら前を歩く翔太の後ろ姿を見た。
翔太と優紀もそこそこ仲良くなったようで、楽しそうに会話している……あ、優紀が振り向いた。
と思ったら目を逸らされた……て、今の、もしかして嫉妬?
モナと話したいのかな? それは悪いことをした。
「いくぞ」
モナに一言だけ言って、駆け足で翔太の右側に並ぶ。
少し遅れて、モナも優紀の左側に並んだ。
それから別れるまで、ずっと四人で雑談を続けていた。
家に帰って、いろいろあって、布団に入る。
目を閉じると、どうしてか寂しそうに桜を見るモナの横顔が浮かんだ。
……来年も、か。まぁ、悪くないかもな。




