3.6 なに話してたの?
「行ってきまーす!」
モナの元気な声と共に、部屋から出た。
予報通り雲ひとつ無い空の下、無駄に元気なモナと並んで登校する。
「ジュン見てっ、桜だよ。桜!」
彼女の言う通り、ちらちらと桜の花弁が目に映る。
といっても近くに桜の木は見えない。
探せば少し遠くにある高い所、学校の辺りで桃色を見付けられる。
「えへへ、お花見楽しみっ」
あ、忘れてた。
ちゃんと翔太と優紀を誘わないと。
「ねぇジュン、どこでお花見するの?」
「少し遠いとこ。地名は知らん」
「おー、お出かけだね! いつ?」
「次の土曜か日曜」
「やった! もうすぐ!」
ほんと元気だなこいつ。
「ねぇジュン、今日は何かいいことあるかな?」
まだ喋るのか。
「いいことって、たとえば?」
「うーんとね……な、内緒っ」
「なんで」
「……恥ずかしい」
恥ずかしい……今の流れで?
なにそれ、なんか怖い。
「ねぇジュン」
「今度は何だ」
「呼んだだけ」
うっざ。
「あ、今のユウキちゃんじゃなかった?」
「……優紀?」
自転車に乗った女子生徒が俺達を追い越した。
その後ろ姿には見覚えがある気がする。
と思っていたら、彼女は自転車を止めて振り返った。
「ユウキちゃんおはよう!」
「……おはよう」
モナが居るからか緊張した様子の優紀。
それに比べてモナは昨日の緊張感どこに行ったんだよって感じだ。
「おはよう、チャリ通だったのか」
「……うん。純も、この道だったんだ」
立ち止まった優紀を間に挟んで、今度は三人で歩き出す。
一年間ずっと一人で登校していたから、なんだか新鮮だ。
「あれ? ジュンはユウキちゃんが自転車に乗ってること知らなくて、ユウキちゃんはジュンがこの道を通ってること知らなかったの?」
「ああ、今日初めて知った」
「……私も」
「そうなんだ、意外」
「……意外?」
「なんか、お互いのこと何でも知ってそうな感じだった」
「……なんだそれ」
なんとなく、話の流れが読めた。
優紀ほどではないが、モナの声にも緊張の色が見える。
それはきっと、こいつなりに頑張っているからだ。
……仕方ない、ちょっとくらいは手を貸してやろう。
「あまり自分の事を話題にしないからな。優紀って趣味とかあるんだっけ?」
「……ビー玉集め」
「ビー玉?」
と不思議そうな顔でモナ。
俺は予想外の回答に一瞬だけ思考が止まった。
そんな空気を察してか、優紀は慌てて言葉を紡ぐ。
「ほら、あの、祭りとかで見るラムネに入ってる丸いやつ」
「ビー玉は知ってるけど、意外だなぁって」
「近所に駄菓子屋があって、買って帰ると、弟が、喜ぶからっ」
「おー! ユウキちゃん弟いるんだね!」
「……うん、可愛いよ」
「いいなぁ。私はお兄ちゃんがいるんだけど、全然可愛くない」
え、兄?
姉じゃなくて?
「……そうなんだ。そういえば、モナさんってどこの国から来たの?」
「魔界だよ」
「え?」
おい待てバカ。
「ロシアとか言ってなかったか?」
合わせろ、とモナに目でアピールする。
いや本人が気にしないのなら俺には関係ないというか、勝手にしてくれって感じだけど、優紀のこと考えたら、今はまだ隠した方が良いだろ……多分。
「あ、あはははー、昨日読んだ本のせいかナー」
すっげぇ棒読み。
でも普通の奴なら魔界とか言われても冗談だって思うよな……ま、どうでもいいけど。
「……モナさん、本とか好きなの?」
「うんっ、よく読むよ」
「……へぇ、どんな本?」
「どんな? えっと……恋愛の本!」
「……そっか」
「ユウキちゃんは本とか読むの?」
「……どうだろ。時間がある時は、読むよ」
「へぇ、どんなどんな?」
お、いい雰囲気じゃん。
もしかして今の俺って邪魔者?
「……漫画とか、かな。純は……ごめん、なんでもない」
「待て、どういう意味だ」
「ゲームは読書に入らない」
「……さては、この前貸したゲームやってないな?」
「やらないよ。なんで私が」
「じゃあ返せ。ゲオって食費にする」
「あれ、売れるの?」
「五千円くらいにはなる」
「……そっか、五千円か」
「やめてくださいお願いします」
軽く頭を下げて、ふとモナが微妙な表情で此方を見ている事に気付いた。
しまった、俺じゃなくてモナが優紀と話を出来るようにしないと。
「やっぱり、二人は仲良しだね」
「……そう、かな?」
「うん。二人とも自然な感じで、なんだか羨ましい」
ほほう、悪くない。
まるで優紀と俺が話していることに嫉妬したかのような発言だ。
きっと優紀的にはポイントが高いというか、ドキドキしたに違いない。
「ジュン、もしかしてユウキちゃんみたいな子が好みなの?」
「…………」
このやろ感心した直後に……っ!
ほんと、頼むから空気読んで!
優紀が俺のこと睨んでるから!
いかん、いい感じにフォローしなくては……。
「……モナのことを害虫と同じくらい好きだとするだろ?」
「それ好きなの? 嫌われてない?」
「いや、好きだよ。害虫と同じくらい」
「……じゃあ、優紀ちゃんは?」
「人間と同じくらい好き」
「やっぱり私の評価が低いだけじゃん!」
現在進行形で下がってるんだよ。
「……純とモナさんも仲良しだよね」
待てコラ、せっかく流した話題をなぜ拾う。
「後ろから見た二人、楽しそうだった。なに話してたの?」
……さて、どうフォローしようか。
「ユウキちゃんのことだよ!」
「……私?」
「うん、実は今度お花見に行こうってジュンが言ってて、それでユウキちゃんも誘おうって話してたの」
おお、ナイスだ。モナのくせに。
「……モナさんが、私を?」
「ううん、ジュンだよ」
おしいっ、あと一歩!
「……そっか……純が……へー」
ほら優紀が残念そうじゃん! 俯いてるし!
「次の土曜か日曜なんだけど、ユウキちゃん、来られる?」
「…………」
優紀はモナの問いには答えず、少し速く歩いて前に出た。
……あーあ、モナのやつ選択肢間違えたな。
「……ごめん、用事、思い出したっ」
少し高い声で、早口に言って自転車に乗った。
「絶対行く」
それから、少しバランスを崩しながら学校へ向かった。
俺とモナは立ち止まって、彼女の背中を見送る。
「ユウキちゃん来られるって!」
やがてモナが嬉しそうに言った。
「そうだな」
適当に返事をして、ゆっくりと歩き始める。
モナはピッタリ隣に並んで、俺に歩幅を合わせた。
新学期は、まだ始まったばかりだ。
なのに、もう半年分くらいのイベントがあったような気がしてしまう。
それが錯覚でしかないのは、学校へ近付く度に濃くなる桃色が証明している。
三日。
文字通り、まだ三日目しか経っていないのだ。
ならば、この桜が完全に散る頃、俺達はどうなっているのだろう。
去年は先のことを考えたりしなかったのに、どうしてか今はそれが気になった。




