3.4 これ甘くて美味しいね
帰宅すると、当然の様にモナが居た。
おかえり、ただいま。
そんな挨拶をしながら洗面所に向かい、軽く手を洗って、うがいをした。
タオルで両手を拭き、モナの声が聞こえたリビングへ。
彼女は、昨日と同じ席に座っていた。
「おかえり」
にこにこ。
無駄に良い姿勢で、あらためて挨拶。
「ああ、ただいま」
「どうかしたの?」
おっと、どうやら俺の異変に気付いたらしい。
異変というか雰囲気というか、今の俺は過去最高にモナのことを考えている。
「あのさ、ちょっと聞いてくれないか?」
「なになに?」
俺は――こいつを見定める!
「実は友達が万引きしようとして、それを注意したら気まずくなっちゃって……」
「……え?」
まずはモナの常識力チェックだ!
果たして万引きという単語が通じるのか否か。
これで、こいつの人間界知識というか、おおよその常識力が推測できる。
外国人が万引きなんて単語を知っているか?
知っているとすれば、そいつは犯罪者、もしくは日本での生活が長いやつだ。
「俺、どうすればよかったのかなって……」
そして、この王道とも言える質問にどう答えるのか。
王道を王道として描くのは難しいように、当たり前のことを当たり前に行うのは難しい。
しかしながら、王の道、つまりは明確な答えが存在するのだから、よっぽどのことが無ければ間違えない。逆にここで間違えるようならば、即アウトだ。
……さぁ、流石にこれくらいは楽勝か?
「おい、どうした」
……泣い、ている、だと?
「……だって、なんか、つらくて」
バ、バカなっ!
俺はこの質問に「君は悪くない」という最大公約数的な回答以外は求めていなかったし、逆に優れた回答があるなんて思いもしなかった!
こいつ、出来る……っ!
「ごめん。ちょっとした冗談だ。ブラックジョークだ」
「……ほんとう?」
「ああ、そもそも俺と買い物に行くような友人はいない」
「……なぁんだ。よかった」
なにその無垢な笑顔!?
「あ、今度私と買い物に行く?」
こいつ絶対いいヤツだよ!
……いや待て、騙されるな。
まぐれだよ。ビギナーズラックだよ。
「買い物なら優紀と行ったらどうだ? そういうの、同性の方がいいだろ」
「…………」
お、なんだ? 不満なのか?
「……今日の私、変じゃなかった?」
すげぇ変だったよ。
「……ユウキちゃん、私のこと、嫌いになってないよね?」
何言ってんだこいつ。
「どうしてそう思う」
「……だって、なんか、距離があったから」
「あいつは人見知りなだけだ。それに、俺と友達やってるようなヤツだぞ?」
「それはだって、ジュンは素敵な人だもん」
なんだか知らんがモナの俺に対する好感度が上がりまくっている。
出会って二日で悩み相談とか、まるで純愛を謳っているのに告白直後に合体するクソゲーのヒロインのようなヤツだな。減点。
「……ジュンは、どう思った?」
どうも何も、俺のお前に対する好感度は地を這っているよ。
……違う。モナを悪く思うのは止めろ。
当初の目的を思い出せ。
偏見は捨てるんだ。
「何か思えるほど、俺はモナのことを知らない」
「……そう、だよね」
「多分、優紀も同じだ。なら、知ってもらえばいいんじゃないか?」
モナは不思議そうな顔で俺を見上げた。
まったく、本当なら二十個ほどテストをする予定だったんだけどな。
こんなに本気で人間関係について悩んでるヤツを疑うことなんて、俺には出来ない。
「今度、翔太と優紀を誘って花見に行く予定だ。モナも来るか?」
「行くぅぅぅ! 絶対行くぅぅぅ!」
うわっ、なにその超反応。
「おなかすいた!」
そして脈絡ない。
「いやぁ、緊張したぁ。なんか、安心したらおなかすいちゃった」
……なんというか、こいつはこっちの方がいいな。
「ジュン! ごはん!」
「まったく、学校での上品な態度は何処に行ったんだ」
「えへへ、緊張するとああなっちゃうんだよね」
そういや初めて会った時も……あれ緊張してたのか。
「酷い詐欺だな」
「ぶー、だって嫌われたくないもん」
「世の中にはコンセプト詐欺という言葉があってだな。嫌われるどころか炎上するぞ」
「燃やされちゃうの!?」
「ああ。気を付けた方がいい」
「どうしよぅ!? 私慣れたらこんな感じになっちゃうよ!? 燃やされちゃうよ!?」
ほんっと子供みたいなヤツだな。
いちいちリアクションが大きい。
「冗談だ。そんなことあるわけないだろ」
「うー、今日はジュンに騙されてばかりだよ……」
モナはぐてーと机に突っ伏した。
その間抜けな姿を見ながら、やはり悪いヤツじゃないと感じる。
淫魔という印象が強すぎて警戒していたが、こいつが言っていたようにモナはモナだ。
ゲイというだけで差別される辛さを知っていたはずなのに……。
「モナ」
「んー? なに?」
「晩飯、何が食べたい?」
「オムライスぅ」
どうやら昨日のオムライスが気に入ったらしい。
仕方ない、作ってやるか。
エプロンを装備して、冷蔵庫から食材を取り出す。
……あ、そういえばコンビニで少し買っただけだった。また買い足さないと。
「どうぞ、召し上がれ」
「ありがと! いただきます!」
出来上がった料理を差し出すと、モナは元気よく手を合わせた。
だが食べる動作は落ち着いているというか、育ちの良さを感じさせる。
少し感心しながら席に座って、机を挟んでモナと向かい合う。
これでこいつと食事をするのは三度目だろうか。
なんというか……まぁいい。とにかく食べよう。
きっと今度のオムライスは、昨日よりも美味しい。
「ジュン、それなに飲んでるの?」
「ただの天然水」
「もらってもいい?」
「いいよ。あ、モナのコップ出してなかったな。少し待って……おまえなぁ」
俺が立ち上がるよりも早く、モナは俺のコップを奪い取った。
「えへへ、これ甘くて美味しいね」
天然水が甘いってどんな味覚してんだよ。
些細なことだが、やはり悪魔と人間では違いがあるのだろうと思った。
「天然水でいいなら、いくらでも飲ませてやる。ただし、自分でコップを用意しろ」
「……あ、関節キス、しちゃった」
なに照れてんだこいつ。淫魔のくせに。
「ご、ごめん。これ私が責任もって飲むから。ジュンは新しいコップ使って!」
「……まったく」
そんなこと意識しねぇよ。
もう忘れたのか? 俺はゲイなんだ。
まぁ、面倒だから新しいコップを使うか。
「えへへ、花見ぃ~、お花見ぃ~」
あらあら、ご機嫌ですこと。
「ねぇジュン」
「なんだ?」
「ありがとね」
「なにが?」
「いろいろ」
思い当たる節がありすぎる。
例えば宿と飯を提供してやっていること……。
これって、機嫌を損ねたら持っていかれるという警戒心が原因だったよな?
こいつ、多分追い出しても何もしてこないだろうし、もういいんじゃないか?
「お花見ぃ~、お団子ぉ~」
……ま、いっか。
「ねぇジュン」
「今度は何だ」
「真面目な話しよ! 真面目な話!」
やれやれと思いながら、席に戻ってモナと向かい合う。
モナはコホンと間を置いて。
「私、家事を手伝いたいと思います!」
「……お、おう」
「やっぱり申し訳ないよ!」
なんだよ、自覚はあったのかよ。
「まずお皿洗いでしょ? それから掃除に洗濯……あ、ご飯はジュンが作ってね!」
それから、他の場所に行くって選択肢は無いんですね。
「やだこれ、新婚さんの会話みたいっ」
なんか一人で盛り上がってる。
少しうるさいけど、まぁ、悪くないのかな。
「あっ、勘違いしないでね。ジュンのことはまだ友達くらいにしか思ってないから!」
いや普通にうるさいし迷惑だな。
「……まったく、何度も言ってるだろ? 俺はゲイなんだよ」




