アタタカイヤミ 98
11月の寒い風が灰色の均質な町並みに吹き散らす。その均質な町並みのなかの一角に、つまり珈琲館の中に僕達はいる。珈琲館は清潔なエレガントさ、言うなれば無味乾燥とし、清潔さだけがその場を支配する喫茶店だ。その中で僕達はまったりとお茶を飲んでいた。
「いやー、本格的に寒くなってきたね。そろそろカイロとか使わないといけないよね」
今は幸せのまっただ中にいるような満面な笑みを浮かべて、寺島さんは言った。
「ああ、そうだな」
それに光が同意をする。僕はそれを見て、自分のコーヒーを見る。コーヒーはブラウンになりミルクが沈殿していった。僕はそれを見て彼らに話す決意を固めた。
フレイジャーを見る。フレイジャーの瞳は凍った湖の張りがあった。
「いいよな、フレイジャー?」
「ええ、いいわ。私は別に彼らに話してもいいと思っていたし、あなたがいいのなら。構わないわ」
「わかった、なら、話す」
「え?何?何?」
僕たちがあのことを美春達に話すことを決意をしていると、美春が僕たちの顔を見渡した。光は。
「…………………」
黙っていた。居間まで疑念に思っていた答えが与えられる予感を感じ、身を引き締め待っていた。
僕はあたりを見渡す。店内は幸いなことに誰もいなかった。だからこそ、僕は今、言う決意をした。
「光、美春。声を大きく立てずに聞いてくれ。波田さんのことなんだが、彼女は死んだのは知っているな?」
「うん」
「ああ」
二人は肯いたが、まだ、何か言いたいのかよくわかっていない美春に対して、光は何か僕が言わんとしていることが予見できたような顔をした。
「その彼女はただの自殺じゃない。いじめで自殺をしたんだ」
その瞬間、一つの水が落ち、湖に波紋が何層も広がったように静かになった。そして、その波紋が無くなった頃、美春は立ち上がった。
「ええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
甲高い声を美春は出した。何事かと、店内にいる人たちはこちらを見る。僕は彼らに会釈をして、三春に言った。
「静かに!」
「だって、だって……………」
美春はおろおろとした仕草を目を行ったり来たりさせる。光はそのことがわかっていたのか肯いて、言った。
「やはりか」
「ええ!!光、わかってたの!!」
「静かに!」
僕は再度、美春に警告する。それに、美春はしゅんとした。
光を僕のほうに顔を向けていった。
「笹原、それは本当なのか?」
僕は肯く。そうすると光は、そうか、といった。
「いろいろと紆余曲折があったんだけど、学校側はいじめを黙殺しようとしている。僕はそれに逆らって、波田さんの両親に全てを話したんだ。それで、また学校側は先生を使って生徒に僕をいじめさせようとしたんだ。一応、僕に何かあったら、光、美春。波田さんの両親に伝えてくれ、波田さんの家の電話番号はこれだから」
そう言って、僕は携帯を出して、二人に見せた。光はそれを自分の携帯に登録していたが、美春はまだ、うろちょろと混乱をしていた。
僕は光が登録しているならいいか、と思って、携帯を回収する。美春は混乱のまっただ中にいるようだったから。
「それで、これからどうするつもりだ?一樹」
光の目は黒の沈殿で僕の瞳に入り込むような瞳をしていた。
「まずは波田さんの両親次第だよ。ご両親が迷っているようだから、今は何もしない。僕はあの人達が行動を決意するまで待っているんだ、だから、光達もこの事を黙ってほしい。ご両親が行動を決意するま……………」
そのとき、携帯が鳴った。僕は携帯を取る。発信先は『波田貞』と書かれてあった。
「はい、もしもし」
『笹原君か?』
「はい、そうです」
波田さんは黙っていたが、やがてこう言った。
『決心したよ。あのことを話す。私たちは教育委員長に話すから、君はマスコミへの文書を送ってくれ。簡単にこんなことを言いたくないが』
そう言って貞さんは一つ区切って話した。
『いろいろと話してくれてよかったよ。聞いているときはつらかったけど、やはり、私たちには真実が必要だったから。私たちはこのいじめを認知してくれるまで戦い続けるよ。改めて、お礼を言う。ありがとう笹原君』
「いえ、こちらも人として当然なことをしたまでです。僕もそちらのお手伝いをできる限りしたいと思います」
貞さんは、ああ、ありがとう、といって、電話を切った。
僕は携帯をしまい、みんなを見渡していった。
「さっき、波田さんのお父さんから電話があった。いじめを話す決意をしたようだ。僕にもマスコミに対して文書を送ってほしいと言うことを頼んできた。みんな、この事に協力してほしい」
僕がそう言うと、光が顔を引き締め、美春はあまりの展開に混乱して、フレイジャーは遠目で僕を見ていた。
「みんな、協力してくれるか?」
重ねて言うと、まず光が手をあげた。
「ああ、協力する。美春はどうだ?」
美春は自分に水を向けられると驚いた(おどろいた)顔をしたが、あわてて肯定をした。
「う、うん。いいよ」
僕は最後にフレイジャーの方を向いた。
「フレイジャーはどうだ?」
フレイジャーはじっと僕の瞳を氷山に吹く風のように入り込み去っていった。
「私はしないわ」
それが、答えだった。
「よし、わかった。じゃあ、美春、光。今から僕の家に行って文章を作るけどそれでいいかな?」
それに二人が肯いたので僕たちはコーヒーを慌ててのんで立ち上がった。
僕たちが僕の家に行くために自転車置き場に行くと、その前にフレイジャーが僕を呼び止めた。
「ちょっと、笹原。いいかしら?」
「ああ、いいけど」
そうして僕はフレイジャーのそばに来た。フレイジャーは店の西側に移動した。フレイジャーは呼び出しておいてしばらく僕に背中を見せて黙っていたが、やがて振り向いてこう言った。
「ささいなことなんだけど、私たちも名前で呼び合わない?」
そうフレイジャーは言った。やはりその瞳は氷山の頂を授かっているように冷たかった。
「ああ、別にいいけど、しかしなんでこの時に?」
僕は当然な疑問を言う。フレイジャーはその瞳に少しのノイズが入ったかのように小さく眉をしかめた。
「う〜ん。まあ、あなたが変わったから、かな?名前で呼び合う理由は。それに美春と光が名前で呼んでいるのに、私だけが名字で呼ぶのは少し面倒になってきた。だから名前で呼んでおきたいの」
そう、フレイジャー。いや、キャサリンが言った。僕もそういうことならと肯いて言う。
「ああ、いいよ。キャサリン」
僕がそう言うとキャサリンは冷たい寒波の中の小春日和のようなかすかな輝きを瞳に見せていった。
「じゃあ、握手をしましょう」
そう言ってキャサリンが手を差し出す。僕もその手を握って上下に動かした。
「一応、名前で呼び合うからには私たちは友だちということいきましょう。そんなに深い仲を目指しているわけではないけど、一応長いつきあいだからね、そうしましょう。これでいいかしら?」
「ああ、わかったよ」
それに僕も肯いた。これで僕とキャサリンは名前で呼ぶこととなった。12月の曇天とした空で起きたことだった。




