アタタカイヤミ 97
僕が波田さんの家に行ってから三日たった。その間に特に変わったことはなかった。
まあ、三日しかたっていないから当然か。
そんなことを思いながら、僕は自転車を学校の駐輪場に止めて、教室に向かって歩いて行く。
曇天とした雲が今にも雨を降らせようとしている。雨になることはないと思うけど、でも覚悟はしてこう。
そう思いながら僕は下駄箱を履き替え、廊下に出た。この学校は下駄箱から一直線に向かった先に職員室があるのだが、その職員室の近くで、成田先生と金村の姿が、ふと見た気がした。
ただ、僕はあまり気にせずにすぐ横手にある階段を上って教室へ向かった。
日本史の授業の前の休み時間。とは言ってももうすぐ始まるのだが、僕は普通に座って日本史の授業を待っていると、予定の予鈴が鳴り成田先生が少し遅れて教室に入ってきた。
「すまんな、遅れてしまって。実はみんな、これからやらなくてはならない予定があるんだ。だから、今日の授業は自習だ。プリントを配るからそれをやってくれ、以上だ」
先生がそういった瞬間何人かの男子が歓声の声を上げた。そのクラスの反応に僕はあれ?っと思った。
人数が少ないのだ。本来なら、もっとたくさんの男子がお祭り騒ぎのような騒ぎ方をするのに、今は数人の男子が歓声の声を上げるだけで、まるでぱんぱんがしを配る屋台で菓子をもらっている子供のような騒ぎ方しかしなかった。
「それじゃあ、これをしろよ。じゃあな」
そう言って、成田先生は教室を出た。僕はプリントを見る、4枚のプリントでこれまでの授業の復習編みたいなプリントだった。
僕はそれを見ていたが、やがて、クラスの空気が変わったことを感じた。冷気が肌を侵入してくるような、その感覚を覚えた。だから振り返ってみると僕の周りを囲むようにみんなが立っていた。さっき、歓声を上げなかったひと達だ。
ぼくも立って、その円の外にいて、一目でリーダーとわかる人に向かって言った。
「これはなんだ、金村?」
金村は僕を虫でも見るように見た。みんなはその金村の姿勢にじわり僕に近づいた気がした。
「これはあんたの最後だわ」
金村はそう言ったら、包囲網がまた一つじわりと場を狭めた。
僕は後ろに下がろうとしたが、後ろにも人がいた。そして、ぼくはその場で立ちつくしたとき、金田が言った。
「かかれ!」
そのとき、洪水のような圧倒的な気配が僕の体を押し流し、激流が僕の体を奪う!それは一瞬のことだった。
僕は近藤君に押し込まれて首に近藤君の腕が絡んできた。そのまま教室に突っ伏される。そんな僕を金村は見下ろしたまま言った。
「あんたに聞きたいことがある、笹原。もし、答えなかったら…………」
金村はくい、とあごをあげる。そのとき、近藤君の腕が僕の首を締め付けた。
「!!」
頭に火花が満開したようなすさまじい激痛が僕の首に走った。それはすぐのことだったが、僕はむせかえるように息を吸った。
「こうなることなのよ」
そう、金村は言った。その瞳にはゲームを楽しむ子供の充実した表情があった。そして、周りのみんなも祭りを楽しむ子供のようなささやきが随所に漏れ出していた。
何も変わらない。
僕はすぐにそう思った。この人達は何も変わっていない。みんなはあくまでもみんなだった。
「さあ、さっさと答えてもらおうか。質問、その一、波田さんの家にあんたは行った?」
金村は本人は敵のスパイを追い詰める拷問係のような冷静な口調で言ったつもりだったろうが、その通気口から、この役に乗っている、という空気が随所に漏れだしていた。
僕はそんな金村の様子を見つつ、それはそれで金村の質問を考えた。というより、囲まれたときからこの事を考えていたのだが、今、思いついたので言った。
「行った」
ざわ。
周りの空気が一つの有機加工物が水を受けて加水分割するように、みんなの統率が揺れた。いや、みんなには統率というものはないかも知れない。その場の空気だけで自分の行動の指針を決める人たちだから、各個人が自立してその場の集団の秩序に貢献するという考えではないから、どのように取り繕っても彼らは烏合の衆でしかないのだ。
「な!?」
驚く、金村に僕は続けて言葉を言った。
「いじめのことは全部話した。両親はまだこの事を教育委員会に話すか決めかねているけど、今日僕に起きたことが知れ渡ったら、言うかも知れない。ちなみにこの事はほかのクラスの真部光と寺島美春に全てを話している。もし僕に何かあったら、どうなるか、わかっているな?」
僕は金村の目を見てハッキリと言った。金村はその瞳にハッキリとした動揺と僕の言葉を否定する精神があったが、それさえもその動揺を裏付ける一つの憶測が、それが膨らみ確信に近いのもつとなって彼女の心にずしりと重みをつけさせた。
「うそよ!うそ!みんな信じないで!!」
金村はそう慌てた口調で言ったが、その混乱した口調がみんなの足下を液状化していく。
あと、少しだな。
そう僕は思ってこう言った。
「今はいじめをしたのは村田と金村だけだけどな、もし僕にいじめをしたら、みんながいじめをしたと言うことになるぞ?僕に何かあったら波田さんの両親に届くことはさっき話したばかりだからな」
場の空気が変質する。赤から黒、そして青になり白になっていく。
近藤君が僕を放した。それに周りのみんなも別にとがめる雰囲気にはならなかった。
「ちょっと、近藤君!なんで放すの!!」
そのとき、金村は気づいた。さっきまで僕に向かっていた冷気が金村に向かっているということを。
「何?何みんな、どうしたの?どうして私はそんなふうに見るの?」
金村が顔にあるニキビを神経質そうな調子で掻く(かく)。みんなはそんな金村にあくまでも冷たい視線をみんなで一致団結するように一斉にじっと見つめる。
「私、いつも金村さんのことをおかしいと思っていた」
ぽつりと一人の女子生徒、三草清美が行った。この少女は波田さんが心で初めてのホームルームの時、波田さんのことで泣いていて、成田先生のいじめ根絶の授業の時、『うそー』と言って笑っていたのを成田先生に叱られて、今もついほんの前までは僕が近藤君に捕まれていたとき、楽しそうに笑っていたことを僕はよく覚えている。その少女が言う。
「金村さん、おかしいよ。どうして、そんなに人をいじめてうれしそうに笑っていられるの?私には信じられない。波田さんの時だって、私、影ながら、波田さんのことがかわいそうでならなかったわ。どうして、そんな残酷なことできるの?あなた、心の大事なところが欠落しているんじゃないの?」
そうそう、という声が女子が同調した。アメーバは同調しやすい、のでこのようなことも当然行われる。
「金村さん、私もあなたのことどうかな、と思っていた。そんなに人をいじめていて楽しい?いつも行動していておかしいと思っていたよ」
「そうそう、それにあんた、いつもちょろちょろと行動していてさ、陰気だよ。そういうやつがいじめをするのかねぇ」
里見と千早がそう言った。この人達も金村と一緒に村田をいじめていた人たちだ。
「え、だって、…………え?」
みんなが冷たい視線を浴びせつつ、自分の席に戻っていく。僕も自分の席に戻った。あとには立ちすくむ金村だけがぽつんと一人立っていた。




