アタタカイヤミ 94
「帰ってきたわ」
「ええ、そうですね」
僕らはそう会話をしたようだったが、実際には二つの音が同時に派生したようなそんなふうだった。
波田さんのお母さんは玄関に行く。そこでいくつか音が聞こえて、そして、扉を開けて波田さんのお父さんがリビングに入ってきた。
僕は波田さんのお父さんを見た。波田さんのお父さんは疑い深い信者が、しかし、それでも神を信じようと神の像をじっと見つめているような目で僕を見た。その目だけで僕のいろんなものを凝視しようとしいたのだ。
「……………あなたが」
波田さんのお父さんはかすり出すような口調で言い、僕に対して頭を下げた。
僕も頭を下げて、改めて波田さんのお父さんを見る。
そのお父さんは頭は所々はげていて、髪も白髪になっており、顔は楕円形の形に、皺が寄っていたが、しわくちゃではなくて、顔自身には水気があり、全体に深い皺が寄っている顔立ちなのだが、その顔色が前と違っていた。前、波田さんの葬式の時に。そのときは僕たち、学校の参列者を目で射殺すようににらんでいた、その表情が顔の張り出された目のあまりに強力な怒りの表情と、厳つい(いかつい)顔、全体になって現れる鬼神みたいな表情。それが僕にとってあの表情が忘れられない。あの憎い相手を刺し殺そうとする表情が。
しかし、今の表情は確かに目は大きいものの、こちらに対して懇願するような、どうしても知らなくてはならないものを是が非でも教えてほしいと言うような目でこちらを見つめてきたのだ。
波田さんのお父さんはいすに座って僕に向かって、小さく身震い(みぶるい)しながら、彼の中の開けてはならない破滅の箱を、しかし、是が非でも開け、自分で苦しみながら禁断の言葉を言った。
「………………あなたが。…………貴理子のことを知っておられるのですか?」
波田さんのお父さんは最後には涙声になりながらいった。ほほに涙を流し、身が震えていた。お母さんのほうは突っ立ったまま顔を手で覆って静かに、しかし悲痛な嗚咽をした。
「お母さん、座って下さい。これから、波田さんがどうして、死んだのか真相を話します。どうか、心を強くして聞いて下さい」
僕はそう言った。しかし、波田さんのお母さんは立ったままだった。
「こら、お前。座りなさい」
お父さんがお母さんを叱る。しかし、お母さんは涙を流したまま子供のだだをこねるような、しかし、そこにある種の悲痛さがあった。だだをこねざるをえないとの悲痛さが。
「だって、だって。あなた、これは聞けません。……………だって、聞いてしまうのは、怖い。あの子がどんなに苦しんだのか、聞くのが怖い。……………」
それにお父さんが一喝を入れた。
「多佳子!!」
それに多佳子さんがびっくりしてお父さんの方へ向いた。お父さんは多佳子さんに炎の目を向けた。その炎の目にはものを明るく照らし、バチバチと魂を燃やしていた。それをみて多佳子さんはそれで静かにした。
「多佳子、座ろう。そして、貴理子のことを聞こう。あの子の最後なんだ。その真相をこの耳でしかと聞き遂げよう。それが、残された私たちのできる最後のことなんだ」




