アタタカイヤミ 91
僕たちは下駄箱の前では邪魔になるので体育館裏に移動して話をすることにした。
僕は成田先生について行く。そして、成田先生は体育館の裏に来て、僕のほうへ振り向いた。
「それで、成田先生、どう、僕を説得するつもりですか?」
僕はそう、単刀直入にいった。先生はそれに口を石のように重くして話した。
「笹原、本当に波田さんのご両親のほうへ行くのか?」
「ええ」
僕はそれに即答した。成田先生の瞳には黄色の光と青色の光がせめぎ合っていた。だが、成田先生は青色の光を勝たせ僕に向かって言った。
「だが、笹原、考えてくれ。もし、この事をご両親に話したとき、ご両親はこの事を教育委員長に直訴をするだろう。そのとき、マスコミがこの事をかぎつけて家の学校にたかってくるだろう。そのとき迷惑するのはみんななんだ。だから、話すのをやめてくれ」
成田先生はそう自身の葛藤を切り捨てた。僕にはそう見えた。僕はそんな決意を胸に秘めた、成田先生を見ながらしかし、引く訳にはいかなかった。ここで引いたら何か、自分を裏切るような気がしたからだ。僕は高鳴る心臓の鼓動を感じながら成田先生の目を見ていった。
「先生。確かにそれはその通りです。成田先生のいうとおり波田さんの両親にいったらそうなる可能性は十分にあります。
しかし、それだからといって、両親に真実を伝えないわけにはいかない。僕たちは両親から波田さんを奪って、なおかつ、まだ真実を奪おうとしているのですから。我々の安楽な暮らしのためにです」
僕がそう言うと、しかし先生はこう言って反対した。
「笹原、別に安楽な暮らしのためとかじゃあなくてだな。ただ、真実を伝えればみんなに迷惑がかかるといいたいんだ。俺は楽な暮らしをしたいからこんなことを言いたい訳じゃないんだ」
僕はその台詞を黙って聞いていた。確かにいいたいこともわかる。しかし、僕はこう言って反論をした。
「安楽な暮らしをしたいわけではないと先生はいいましたね。しかし、先生が反対していたのはマスコミが来て学校の秩序がみんなの安心が著しく損なうから反対ではないのですか?
だから、反対しているのでは?僕は正義のためには一つのみんなが持っている安心を一度は破壊した方がいいのではないかと思うんです。波田さんの両親こそ、そういう安心がもうないのですから、彼らに真実を告げる代わりに我々の安心が壊れても構わないと思います。
確かに、これはどちらかに肩入れすれば、どちらかが犠牲になります。しかし、僕は波田さんの両親に肩入れします。なぜなら、そちらのほうがより正義に近いと考えるためです。正義は多数派の安穏とした暮らしを守るためだけにある訳じゃない。多数派を守る正義もあってもいいけど、この場合なにに非があるかというと、真実を伝えないことに非があります。だから、僕は両親に真実を伝えます」
それに先生が顔を真っ赤にしながら突っ立っていた。どうやら何も言えないようだった。
「じゃあ、いいたいことがないのなら僕は先に行きますね。
そう言って僕が先生に背を向けると、後方から走る音がした。先生が回り込んで、僕の正面に立って土下座をしていった。
「どうか、笹原、やめてくれ!この事が知られたら学校が壊れてしまう。どうか、お願いだから、やめてくれ!この身はどうなってもいい!だから、生徒のためにやめてくれ!」
そう言って、先生は頭を下げたが、僕はそんな先生に冷静な口調でこう言った。
「先生、土下座をしましたね。確かにこの僕の行いは今、やめれば止められます。でも、波田さんは土下座をしても戻らないんです。先生は土下座をする前にそのことをよく考えることが大事じゃないかと思います。それじゃあ、失礼します。決して波田さんは戻らないけど、僕らのできることはあると思うので」
そう言って、僕は先生の元から去った。先生はずっとそこで土下座をしているのだと、なぜか見向きもしないのにわかった。




