アタタカイヤミ 9
僕はそのまま2ーBに入っていく。フレイジャーも一緒に入ったが、僕たちは目を合わせずに入ったのだ。まだ、仲良くする気はない。二人の距離はこれから自然に決まっていくだろう。それはともかく、僕は真ん中の列のまえから2番目の席で、フレイジャーは僕と同じ2番目の席で左側の席に座っていた。その中で周りは千鳥のような黄色いざわめきがあたりを包む。そのざわめきは一つに集約されずにビリヤードの最初の一打のようにばらばらに動き回っていた。
これからどうなるんだろう?
それがおそらくみんなの気持ちだった。その気持ちが動き回っている小鳥のように安心という地に足がつかないのだ。
そのときにがららと扉が開いた。入ってきたのは30ぐらいの若い女性の先生だった。
「皆さん、おはよう」
『おはようございます』
それにみんなが先生に挨拶を返す。みんなといっても全員ではなくて半分ぐらいなものだったが、先生は気にせずに教卓に上がった。
まずは先生からの自己紹介。カタカタと先生はチョークで自分の名前を書いていた。
「はい。ここに注目」
それで先生は黒板の自分の名前を書いてあるところに指さす。
「私の名前は三枝絵里です。皆さん、一年間よろしくお願いします」
—ぱちぱち。
先生の言葉に教室のみんながまあ、だいたい拍手してくる。
「それじゃあ、私の自己紹介をします。私の好きな食べ物は冷や奴です。あの冷たい感触は先生にはたまらないの。それで趣味は槇村さとるの漫画を読むことです」
クラスのみんなはしんとして先生の言葉を聞き、態度を注視している。先生の一挙一動を丹念に注意深く見ているのだ。この人が先生なのか?この人はうちのクラスのリーダーなのか?そういうようにこの人が自分たちを率いることにふさわしい器なのかをみんなは見ているのだ。
この新学期が始まってすぐのこのことに僕はあほらしくなってしょうがなかった。先生になぜそこまで期待をしなくてはならないのだろう。先生はただ、授業をしてくれるだけでいいだろう。いや、先生のみならず、自分たちにも新学期が始まったので、クラスの力関係の格付けが始まるだろう。僕はそんなのをいつも見るたびにあほらしくて仕方ない。気が合う人たちとつきあえばいいだけの話ではないか、なぜ、そこまで格付けが必要なのか理解に苦しむ。
今は高校生の時の話だけど、大学生のときに藤原和博の『新しい道徳』という本を読んだのだが、その本にはこういう力関係の把握はどこの世界でも必要だから、子供達にもそれをさせる必要があると書いていたが、僕はそれは必要なのことだとだいたい頭の中で結論を得ているけど、自分はそんなことはやらないと思う。世界のどんな職場でもそれが必要なら、そこから距離を置くだけ、僕はそう思うのだ。
それはともかく、先生の自己紹介も終わってみんなも自己紹介をしていった。僕もした。そしてフレイジャーさんも。
フレイジャーさんがしたとき。みんなはしーんとしていた。ただ、先生が声をかけて、みんなが拍手をしたのだ。
自己紹介はそれで終わった。さすがにここまでみんながクラスの儀式をしたら少しは不安がなくなっていたようで所々にひまわりの笑顔が見られた。