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アタタカイヤミ 84

「みんな、ありがとう。この事は俺、絶対忘れないよ」

 長瀬君が子犬を抱きつつ、感に堪えない(かんにたえない)様子でいった。そして、そのことにみんなは困ったときはお互い様だ、という。

 長瀬君の言葉を成田先生が引き取って言う。

「お前ら、良く辛抱してくれた。ありがとう、みんな。先生は今まで30年ぐらい教師をやってきたが、こんなに感動をしたのは始めてかもしれん。みんなありがとう」

 そして、先生は頭を下げた。先生の体がかすかに震えていた。

 そんな先生の様子に金田君がやはり涙声で言う。

「先生、頭を上げて下さい。そんなことを言われると、ぐすっ。俺たちは困るじゃあないですか」

 金田君がそう言うと、周りのみんなもぐずり出して、女子は何人か泣いた。村田も涙目になっていた。

 みんなが感動をしている。しかし、僕の心だけは冷め切った溶岩のようにそこ冷えの状態で固まっていた。そんな覚めた目で僕はみんなを見ていた。そしたら、写真部に所属している、中上君がこんなことを言った。

「みんな!この記念にみんなで集合写真を撮らないか!写真ならここにあるし、この感動をこの場に封じ込めようぜ!」

 そう行って、ポケットから小型のカメラを取り出す、中上君。それを見た成田先生が大きな声を出した。

「こら!中上!カメラは写真部にあるものだけを使え!何だ、ポケットから出して!没収だ、没収!」

 そうして、成田先生は中上が持っていたカメラをひょい、と取った。

「ああ!返して下さいよ!先生!」

「ダメだ、ダメだ。構内のカメラの持ち込みは厳禁だ」

 そうやって、にべもない先生に、周りのみんなから異議の声が次第に広まった。

「先生、ひどいっす。中上はただ、ここで写真を撮ろうとしただけですよ」

「そうそう、中上はみんなのこの感動を取ろうとしただけだと思います。それを取り上げるなんて先生ひどいです」

「そうですよ、先生。いいじゃないですか、ちょっとぐらい。せっかくだから写真を撮りましょうよ。こんなに一致団結した何かに取り組むこと何てそうそうあることではないのですから」

 みんなからそうだ、そうだ、写真を撮ろうという声がどんどん聞こえてきた。それに先生は腕を組んで皺を寄せた。どうやら先生もかなり迷っているようだ。そして、こう言った。

「わかった、わかったからそんなに押すな。よし、今回だけは特別に大目に見よう。お前ら、さっさと並ぶぞ。さっさと写真を撮って帰るんだ」

 そのとき、みんなは日清戦争で勝った日本軍を迎える国民のように歓声を上げた。

 そういう歓声を上げているみんなに僕はひょろりとその場を抜け出した。




「ふぅ。ここまで来れば大丈夫かな?」

 僕は2階に来て言った。あとは教室に置いてきた鞄を取って帰るだけ…………。

「何が大丈夫なの?」

「うわぁ!」

 いきなり後ろから聞こえた声に飛び上がる僕。振り返るとそこに村田が立っていた。

 村田は不思議そうな顔をしてまた聞いてきた。

「ねえ?何が、大丈夫なの?」

「い、いや、それは…………それよりさ!村田はみんなで写真を撮らなかったの?どうして僕の後をつけてきたのさ!」

 僕はそう言ってごまかした。それに村田も、う〜ん、と悩んで言った。

「いや、別に。ただ、笹原君のことが気になっただけ。ねえ、笹原君はどうしてみんなの写真を撮らなかったの?」

 村田は不思議そうな表情でそう言った。それに僕はつと、っと窓を見た。

「村田」

「うん?」

 村田は不思議そうな顔をしてこちらを見つめてきた。その村田に僕はあることを言う。

「村田。これでいいのか?」

 それを聞いていた村田はびっくりした顔をする。

「え?これでいいのか?って?え、いけないの?だって、子犬を発見できて、良かったじゃない。みんなが一生懸命(いっしょうけんめい)探してさ。私、あれを見て感動したよ。本当にこのクラスに入れて良かったな、と思ったんだ。ほんと、ここは居心地のいい場所だよ」

 そう言って村田は春のタンポポが咲くようなほっこりする笑顔を見せた。それに僕は凍った川のような冷ややかな透徹な目で見た。

 どう言えばいい?

 僕はまだ、この段階では考えがまとまらなかった。だが、今回のような状況は何かが違う、ということだけは消化されない異物を飲み込んだ違和感でハッキリわかった。

 僕は村田からきびすを返して教室に向かう。

「!ちょっと!笹原!話は終わってないよ!ほんとどうして、みんなの写真に撮らなかったの!ねえ、答えてよ!」

 僕は足を止めて、村田の方へ振り向いた。

「村田、その問いは、いや、僕がクラスに対する思いはあとで答える。今はいろいろ考えなくちゃ、いけないことがあるんだ」

 それに村田はトゲのある声音を使って言った。

「考えなくちゃいけない事って?それって、必要なことな訳?」

 ………………………。

「ああ、多分、必要だ。ただ……………」

 村田がこちらをのぞき込んでくる。

「ただ?」

 ただ、『みんな』にとって必要なものなのかはわからないが。

 だが、僕はそれを言わず、こう言った。

「いや、そろそろ帰るわ。今は言うべき事じゃないからな。ここで議論は打ち切りだ、村田。それでいいな?」

「あ、うん」

 それに村田も素直に肯いた。そして、僕は(かばん)を持って、きらやかな明かりのある校舎を去っていった。




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