アタタカイヤミ 82
「ええ〜、この件は、長瀬の子犬は職員室で預かることになった。異論は許さん。質問は無しだ。長瀬の子犬は授業が終わったらちゃんと返す。以上!授業に戻るぞ!」
そう、成田先生が言うといくつもの手が上がった。
「質問は無しなはずだ。手を戻せ!」
しかし、その話しを無視して、金村が席を立って質問した。
「休み時間、わんちゃんの所に行ってもいいですか?」
そういったら、やかんが沸騰するがごとく、同じ意見が場に噴き出した。
「お前らやめろ!誰が質問を許した!静まれ!」
成田先生の怒鳴り声に何とかクラスのみんなが静まった。
「ええー。ハッキリ言うが、休み時間に子犬にあうことは禁止だ。もう、質問は許さん。わかったな?」
それにみんなが不満げの甘えたガスを放出させた。
「お前ら、どんなことをいっても授業は続けてもらうからな。それと、これからまだ渋る(しぶる)ものがいたら、正真正銘、内申点に響かせるぞ」
その成田先生の言葉に、クラスのみんなは何とか、場が静まった。そして、そのときに学校の鐘が鳴る。
「もう、時間が来たか。あと、お前らに一言、言っておくが、放課後になっても、今日の授業の続きをするから、そのことをよく覚えておけ」
それに不満のブーイングがそこら中に流れたが、成田先生はさっさと教室から出て行った。そのときのクラスの話題は子犬の話し一色だった。
「それで、1651年に徳川家光が死に、11歳の若さで徳川家綱が4代将軍になった。それを支えたのは会津藩主で叔父の保志雅之だったのだ。ここまでが今日の範囲だ。よく覚えておけよ。みんなご苦労さん」
それで、解散という運びになった。なったのだが、僕達はすでにゾンビになっていた。
「やっと終わった…………」
そういうのがやっとでのろのろと体を動かす。周りのみんなもだいたいそんな感じだった。居間は5時半。やっと、授業が終わってくれた。あとは帰るだけ、今日はなにも考えたくない。
そして、クラスのみんながのろのろと帰り支度をしていると、扉が勢いよく開いた。見るとと40代ぐらいのやせた男性か江原先生がしかめた顔つきで僕達の方へ目を向けていた。いや、違う。
「長瀬、お前に話しがある。ちょっと来い」
成田先生はその瞳を長瀬君に向けていた。長瀬君はびっくりした表情をして、成田先生の方へ向かう。そして、そのときに一つの声が成田先生の方へ撃ち込んできた。
「ちょっと、待ってください!成田先生、それはもしかして、わんちゃんのことですか?わんちゃんに何かあったから長瀬を呼んだのですか?」
その一つの声は金村さんが発したものだった。それに周りのみんなもざわめく。それに成田先生は必至で打ち消す。
「違う、違うぞ。お前らはさっさと帰れ。もう、遅いから親御さんも心配するからな。だから、早く帰れ」
それに周りのみんなは応じず、さらに声を大きくした。
「先生!わんちゃんに何かあったんですか!何があったんですか!?」
「そうですよ。教えて下さい、先生!長瀬の子犬は俺たちにとっても一大事ですから、人ごとではありませんよ!」
「そうよ!わんちゃんに何かあったら、私は夜も寝れません!絶対教えて下さい。なにもありませんよね?」
そのみんなの言葉に、成田先生は口ごもった。先生がそんなにおとなしくなることはあまりに珍しかった。それほど、先生もこの事に揺れているのだろう。
「先生」
そのとき、一人の生徒が成田先生の前へ来た。金田君だ。金田君の後ろ姿しか見えないが、その姿は静かな気迫が静謐に体から出ていくような、どこか内なる覚悟を決めたような姿だった。その金田君がもう一度先生に呼びかける。
「先生、いったい何があったんですか?長瀬の子犬に何があったんですか?先生、俺たちは生徒と教師じゃないですか、それに長瀬は俺たちのクラスメートです。ほっとおけないではないですか。先生、俺たちをもっと信頼して下さい。子犬のことでしたら俺たちが何か手助けをできるかも知れないじゃないですか?」
そう、金田君はいった。成田先生はアンコウが獲物をじっと見るように金田君を、僕らを見ていた。それは一瞬のことだった。一回力を入れると、すぐにその力を弛緩させた。そして、口を開く。
「わかった。お前らに話そう。長瀬の子犬がどうなったかを」
その瞬間、クラスはガラスが割れたような歓声を上げた。そばにいた江原先生が慌てたように成田先生の方向に振り向く。
「成田先生!これは、内密にするのではなかったのですか!」
そう、江原先生が言ったら、成田先生は岩がゆっくり動くように、振り向いた。
「江原先生。ここまで来たら隠すことはできません。それにこの作業は大人数の人が必要ですし、もし、達成できなかったら学校側の責任になります。それに私は生徒たちを信じたいのです。生徒を信頼してこそ真の教師の姿だと思っていますから。もちろん生徒の安全を図るため、生徒たちには校内を探してもらうつもりです。それでいいですか?江原先生?」
それに江原先生は、うっ、と呻いて(うめいて)、こくりと首を縦に振った。
成田先生はそれを見ると、僕らの側に振り向いた。
「みんな、聞いてくれ。実は学校側が預かっていた、長瀬の子犬が行方不明になった。みんなにこれを探すことに協力して欲しい。これは参加しないからと行って内申点には響かないし、帰ってもらっても構わない。子犬探しに参加するものは手をあげてくれ」
それにみんなが黙った。風一つ立たない、湖のように静寂がピンと糸を張るように場を支配していた。そして、ひとしずく落ちるようにぽつりと金田君がその沈黙を打ち破る。
「水くさいぜ先生。俺たちは生徒なんだから、そんな自由参加といわれても困るぜ。みんな!もちろん、これに全員参加だよな!」
『おおー!』
金田君は途中声を大きくしてみんなに向かって叫んだ。そして、それに全員が賛成の叫び声を上げた。
「わかった。みんなの思いはわかった。では、早速取りかかってもらう。みんなに探してもらうのは校内を探してもらう。一歩も外には出るな。もし、外に子犬が発見したら先生に伝えてくれ。そして、二人一組で探すこと。それで遅い時間になったら学校側の命令で解散とすることにする。そうだな、7時まで探してくれ。それ以降は家に帰ること。いいな?」
成田先生の言葉にみんなが肯いた。
「わかった、みんな。それじゃあ早速当たってくれ。それでは散開!」
「おお!」
みんなが気合いを入れて挨拶をしたあと、体から湯気が出るような熱意で、きびきびと移動した。僕は、これからどうしようか?と思った。
別に探してもいいけど、しかし、いま何かすごい違和感が胸の中にある。自分の内にある、ある問いに答えなければならない。だから、どうしようかと迷った。
そうやって逡巡しているとある生徒と目があった。その生徒はつかつかと僕の前にやってくると、顔に笑みを浮かべていった。
「笹原君。一緒に探そ」
それは村田だった。その大きな目で僕を見ながらそう言ったのだ。
「ああ」
僕は一拍してから答えた。自分の問いに迷っているが、参加したら何か発見するものがあるかも知れない、と思ったのだ。
探すとなったら早いほうが言い。僕は村田の隣に立って子犬の探し方について話し合った。
「で?どこから探す?みんなも校庭やら、教室に行ったけど、僕達はどこを探す?」
それに村田がう〜んと手をあごに当てて、唸ったあとこう言った。
「そうだね。私はね……………あそこにいると思うな」
村田が僕の側方に移動して、僕にしか聞こえないように、耳元で話した。
「正気か?」
僕はそう聞いた。ちょっとそこにはいないと思うんだがな。だが、村田は屈託無い表情で言う。
「うん!そこにいると思うな」
「どうだかな。だが、誰も探していない場所だと思うし、僕らが探すしてもいいかもしれない。ちょっと、先生に言ってみよう。それでいいな村田さん?」
「うん!」
村田は元気よく肯いた。村田の長い髪がふわりと、動いた。




