アタタカイヤミ 80
11章 アタタカイヤミ
11月の本格的な冬の中。冷徹な冬の寒さが僕たちの体温を浸透させ、僕らの体を悴んでくる。そんないやな季節だが、僕は晴れた日の冬は好きだった。その冷たい寒さと、清潔な朝の光りがあいまった、清純な冬の朝が好きだったのだ。ようやく、この季節が来たな。と僕は思ったのだ。
ただ、現実の世界はこの冬の早朝のように澄んだ空気ではないが。
成田先生に職員室に呼ばれて一週間が過ぎた。先生は何か打開策を考えていたのだろうか?僕はそう考えながら教室のほうへ足を向けた。
ホームルームの時間。みんなは席に着いてある。だが、成田先生と村田はまだ来ていなかった。
いったい、どういうことだろう。多分、彼らは何かをしようと思っているのだろうが、いったい何をしようというのか?
僕はそう思っていた。クラスのみんなも少しづつ騒ぎが大きくなっている。
僕はそれを見て、彼らをゴキブリの集団のように感じた。ちょっと、何かあると逃げ惑い、そして、決して協調をしないゴキブリたちに。
しかし、僕もこの事に対して、正直言って不安だった。何がって、彼らが何をしても、そう簡単にいじめはなくならないと思っていたからだ。
それでもぼくはそれを待った。満潮の時期を待つ蟹のように。
そして、教室のドアが開いた。成田先生と村田だ。成田先生は決意をみなぎらせて、村田は底なし沼の中もがく人のようなその壮絶な悲壮感が顔の周りを貼り付けて(はりつけて)、入ってきた。そして、そのまま成田先生と村田は壇上に上った。
「お前ら、待ったか?今日のホームルームと一限目の授業は無しだ。今日は村田にあることを発表してもらう。その前に一言言っておかなければならんことがある。村田に対するいじめは俺が止めるように勧告したが、残念ながらそれを終わってはいない。これはゆゆしき問題だ。俺は考えるに考えた。この事をどうするか?どうすれば村田の苦しみをみんなに理解してもらえるのか?と言うことを。……………。それで考えた結論はこうだ。今の自分の気持ちを村田に読んだもらうこと。そう言う結論にたどり着いた。さあ、村田。今の自分の気持ちを読んでくれ」
そう、成田先生はいった。その言葉がクラスのみんなに耳に到達したとき、クラスの思考はタンポポの綿毛になった。突然の成田先生の強風を受けてちりぢりに飛んでいったのだ。
そして、それは僕も例外ではなかった。いくら、成田先生が行動的でもまさか、ここまでのことはしないだろう、と思っていたのだが、どうやらそれは違っていたようだ。
僕は考える。これでいいのか?こんな事をしてまた、悪いことが起きないのか?村田がいじめられないのか?と思ったが、少し考えて、それは違うという結論に達した。
村田はもういじめられている。このいじめをなくすというの普通の手段。説教やいじめを止めようというお話ではダメだ。そんなんではいつまでたっても終わらない。ここは強引に突破していくものが必要かも知れない。
そう僕は思い、ちらっと金村をみる。金村は周りの混乱をよそにじっと村田をみていた。
周りのみんなはまだ、飛ばされて浮いていると、また成田先生が手綱をしめる。
「おい、お前ら静かにしろ!いつまでも猿のようにざわざわ言ってるつもりなんだ!静かにするんだ!」
そう、成田先生が一括するとみんなの混乱は下火になっていった。そして、成田先生は村田を壇上に立たせた。鍾乳洞のしずくが落ちる。
村田は顔をうつむかせ顔面を蒼白にして、今にも倒れそうなほどだった。それを見ていると海藻のように見えた、いろんな感情をもつれさす海藻に。
「みんな。私の思いを聞いて下さい。うまく言葉にできなかったけど、でも、今まで考えていたことを言います。聞いて下さい」
そして、村田は持っていた紙を広げてみんなに向かって言った。
「みんな、私はつらい。今、私の思いのあるものはそれだけです。
夜もうまく寝られない。体重も5キロ減りました。
前の私はこんなんじゃあなかった。もっと、楽しいことばかりしていた。
友だちとカラオケに行ったり、恋バナに盛り上がったり、洋服選びで喜んでいたり、そして、波田さんをいじめてたりしていた。
波田さん、これは私が波田さんをいじめた罰なの?
誰か、答えてよ。私が波田さんをいじめたからこうなったの?
もう私はほんとつらい。頭がぼうっとしてて、なにも考えられないし。好きな洋服も全然着て楽しくないし、私は真っ黒な泥沼につかり込んでなにも起き上がれなくて、そのまま沈んでいくような気分だ。
そして、本当に沈み込んで上がれない。
誰か助けてよ。この暗闇から解放して!
でも、その一方私は思う。これは私の罰ではないのだろうか?神様が私に罰を与えたんだ。波田さんをいじめて、その罰を私に与えたんだ。
私はいじめられてからそのことだけが頭を駆け巡っている(かけめぐっている)。もう、私に日の差すときが来ないんだ。このまま死にたい。
でも、死ぬ前にもし、会えるなら波田さんにごめんと言いたい。それが私の唯一の願い」
波田さんは紙をしまい込んだ。その瞳には大粒の涙がぽろりぽろりとほほを伝っていた。
「みんな、これが私の気持ちだよ。そして、もしこんな私をみんなが許してくれるなら、私うれしい。また、みんなと仲良くしたい」
村田はそう言った。そのとき、舌打ちが聞こえた。それは僕のすぐ隣の席に座っていた千早の舌打ちだったのだ。そして、それは小さい音だったので僕以外のだれも聞かない様子だった。千早は自身が昇進しようとしているのに、それを邪魔する人を見るような目つきで村田を見ていた。
僕が千早から目をそらし、村田のほうへまた目を向けたとき、がたんといすが動いた。
見ると金村が立ったのだ。そして、金村はそのとき、村田をまっすぐ見つめ、誰もが予想だにしえないことをいった。
「私のほうこそ、ごめん。里子。いじめたりしてごめんね。私、ちょっとむちゃくちゃしてたから、つい里子をいじめてしまったんだ。今の言葉を聞いて、私すごく後悔してる。また、里子が許してくれるなら、私また、友だち同士に戻りたい。いいかな?」
金村はそう言って、壇上に上った。村田は突然の事に色が白くなったり、黒くなったりしていたが、次第に安定していき、そして喜びの水があふれて、隙間から漏れて(もれて)行くような表情をした。
「うん。いいよ」
そう言って二人は手を取り合って笑った。僕はそれを呆然とした表情で見ていた。
まさか、こんな。
しかし、僕の困惑をよそに早く色素を変化させたものが迅雷のごとく村田達の所に行った。
「ごめん!里子!まさか、うち、ここまで里子が苦しんでいるとは思わなかった。ほんと、ごめん。いじめてしまってごめんね、里子。うちも許してくれる?」
それは千早だった。千早が村田たちのもとに行って、村田の手を握って自身が本当にすまない、すまないと仏様に拝むようにそう言ったのだ。
「ごめん!里子ちゃん!私も本当にすまないことをしたわ。どうか許して!」
「おれもだよ。村田!見て見ぬふりをしてごめん!村田の気持ちを考えるたびに胸が痛かった。どうか、こんな俺でも許してほしい!」
「私もよ。里子ちゃん。私も傍観者だったけど、里子ちゃんを庇ったらいじめられるだろうな。と思って黙っていたの。ほんと、ごめん。里子ちゃん。私も許して欲しいわ。これまでのお詫びを込めて何でもしてあげるから」
そうみんなが里子の周りにやってきた。里子はそのみんなの許して欲しいの大合唱に最初はすごく戸惑っていた。戸惑っていたが、すぐにまばゆかんばかりの笑顔で答える。
「ありがとう、みんな!みんな、全員許してあげる!私、生涯でこんなにうれしい日はないわ!」
そう、彼女はお日様のような笑顔でそう言った。
みんなが許しを請うている。そして一人の少女が彼らの過ちを全て許す。まるで聖女みたいに。
それを僕は見ていた。
これで良かったのか?
そう思って。悪いところはなかった。これで村田のいじめもなくなるだろう。なにも悪いところはなかった。しかし。しかし、僕の中で何かがしっくり来ない。何かが違うような気がする。そう思って、僕はまた彼らの姿をじっと見つめた。そうすると、彼らの姿がホットケーキのかけらに群れる蟻になった。
僕は目をつむって、また見たら、別になにも普通のクラスのみんなになっていた。
今のは何だったんだ?
そう僕は思いながら、やはり僕は釈然としないままそこに立ちすくんでいた。




