アタタカイヤミ 76
「今日はいろいろ来てくれてありがとう。おかげで笹原のことがいろいろと知れてよかったよ」
「ああ、こっちこそ真部と一緒に入れて楽しかったよ」
日が落ちかける夕暮れ時の赤の世界の下で、僕たちは別れの挨拶をした。
「じゃあ、真部、今日はありがとう。これで失礼するわ」
そう言って僕は手を振って帰ろうとしなかったが、真部は手を振らなかった。のみならず、僕のほうへ来てこんなことを言ってきた。
「なあ、笹原」
「ん?なに?」
真部は少し逡巡していたが、やがてそれをふりきりこう言った。
「なあ、笹原、俺たち名前で呼び合わないか?結構、去年の春からのつきあいな訳だし、なんか、タイミングを外して言えなかったけど、そうしないか?」
そう、真部は言った。僕は驚いた(おどろいた)。まさか友人を名前で呼び合う日が来るなんて考えたことがなかったから、
しかし、僕はすぐに承諾をした。
「ああ、いいよ。そうしよう。友だちを名前で呼ぶなんて今まで一度もないからなんだか恥ずかしいけどね」
それ真部は肯いた。それから僕は自転車を手で押しながら、真部は歩きながらとりとめのない話をした。
「ああ、そうだったな。美春から聞いたよ。何でも美春が初めての友だちだとか。それ聞いたとき、おれびっくりしたよ。いったい15年間友だちができないやつってどんなやつだろう、ってね。でも、美春が言うにはすごく優しい人だって言ってたから、どんなんだろうなと思っていたら、美春が言うようにまともな人だった。それで美春も案外まともなことを言うな、と思ったんだ」
「はは、なにそれ」
そう言って僕たちは笑いあった。それは少しの時間だったが、夕焼けに琥珀色の結晶を透き通らせるような幸福な出来事だった。
しかし、そのとき。僕たちは寺島家の前に来て、寺島家の門の前からある声が聞こえてきた。
「ほら、いくよ。ボア。…………よ〜し、よしよし。いい子だね、ボア。さ、散歩しよ」
そして、その人は僕たちの前に現れた。犬と一緒に散歩しようとしている寺島さんが。
『あ』
二人で同時に黙って、そして寺島さんはぷいっと顔を背けた。
「ほ〜ら、ボア、今日は美しい夕日だね。明日もまたこんなふうに晴れるといいね」
そう言って、寺島さんは飼い犬と共に歩いて行った。僕はその背中を黙ってみることしかできなかった。
そんな僕に真部はぽんと肩をたたいていった。
「気を落とすな、一樹。美春のことは俺からも何度か言ってみる。あいつは結構、お前のことを気に入っていたんだ。だから、また仲良くなれることができるって。この事に耐えれば、また友だち同士になれるから」
「ああ、分かった」
僕はそう、肯いたものの、でも自分の内面は複雑な気持ちだった。確かに友人を失うのは怖かったが、それでも、彼女のしたことを許していいか、というと仲直りするにはためらった。だから、僕はろうそくの火のように揺らめいていた。
「………………………。うん、分かったよ、真部。僕は何とかこれを乗り切ってみるよ。心配させて悪かったね」
一応真部に対してはこう答えた。
「ああ、それが分かっているなら上出来だ」
真部も肯いた。それから僕たちは正真正銘の別れの挨拶をして別れた。
僕は自転車で家路を急ぎつつ、さっきまで赤で染まっていた町並みが、今は少しずつ暗くなっているのに気づく。
僕と寺島さんの関係はこんな風に暗くなるのだろうか?。
そう僕は思った。
僕は家に帰ると早速、2階に行き『人間プロデュース』を聞いてみる。
僕はオーディオにCDを入れ、再生を押した。そうするとまず、爆音が鳴り響く。
僕はびっくりする。こう言うのがロックかと思い、聞いた。最初の曲は『万年の夜』だった。歌声も、歌手もその悲痛な叫びに耳を澄ませつつも、僕はこういうロックに慣れていないのか、どこかしっくりこなかった。しかし、そんな僕にもすごいアーティストというのはすぐに分かる。テレビとかで出ているバンドとは破壊力が違うし、それに破壊力だけにかまけているバンドとは別物だと言うことが分かるのだ。
そして、次の曲を聴く。
今度はダークネスと言うような曲調から始まる曲だった。そして、そのまま、ダークの中でもがきつつ、月の光を探している、そんな曲のように感じた。
これは『ムーンライト』って言う曲か、『万年の夜』より、僕にとっては好感が持てれる曲だな。
そして、次の曲を再生する。『ペスティズム』という曲だ。最初の曲調はまるで何かのひずみがあって、それが大きくなりすぎてはき出しているような曲調だった。それで、何かの屈折した状況に追い込まれ、出口を求めて一気に突破しようとするが、それは無理かも知れない、と言うあきらめの米を食べ諦念という血肉になって自分の体の中に沈殿していくような曲だった。
僕はしばらく、『ペスティズム』の破壊力に心がかき回された。そして、しばらく呆然としていた。これはすさまじい曲だな。なんだか『ペスティズム』の破壊衝動と自分の衝動が一致するような感覚を覚える。これはやみつきになるな。
そう僕は思って、さらに『ペスティズム』を聞こうとしたときに康子さんの声が聞こえて、僕は下に降りていった。




